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今度こそ、その先へ



「……嘘だろ」


 私は、手にした松明の明かりを前方へと掲げた。

 暗闇の中に浮かび上がったのは、頑丈な鉄格子の扉と見慣れた石造りのアーチ。


 その脇には、おびただしい数の傷跡が刻まれた古ぼけた看板が立っている。



 

【これより先、地下迷宮『奈落の底』】


 

「おいおい……。なんでダンジョンの最下層に、ダンジョンの入り口があるんだよ」


 乾いた笑いが口から漏れた。


 

 私はこの三年間、前人未到と言われた地下100階層の超巨大ダンジョンに挑み続けてきた。

 立ちはだかる猛獣を斬り伏せ、即死の罠を掻い潜り、さっきようやく、第百階層のボスである『冥府の番犬』を討伐したばかりだ。


 ボスの部屋の奥にあった、唯一の扉。

 それを開けた先がまさか——三年前に自分が意気揚々と潜った『地上の入り口』に繋がっているなんて、誰が信じるだろうか。



「……夢でも見ているのか?」


 私は恐る恐るアーチをくぐり、鉄格子の扉を押した。

 ギィ、と嫌な音が響く。

 

 扉の先は、外の明るい世界——ではなく。

 ただ暗く、どこまでも続く下り階段だった。


 紛れもない、第一階層の光景だ。

 


 ふと足元を見ると、何かが落ちている。

 それは、ひどく汚れた一冊の革のノートだった。


 私は眉をひそめてそれを拾い上げ、ページをめくった。

 すると驚いたことに、そこには殴り書きのような汚い文字が並んでいた。


 

『1周目:最下層の奥に入り口を発見。意味が分からない。地上の街に戻る道がない。パンが尽きそうだ。もう一度潜るしかない』

 

『2周目:第50階層の罠が少し変わっていた。ボスの位置も違う。強くなっている気がする』

 

『12周目:もう自分の名前を忘れた。ただ、剣を振るスピードだけが上がっていく』

 

『55周目:今回こそ、外に出られると信じて』


 


「……私の、日記?」


 背中に、冷たい汗が伝う。

 文字は間違いなく自分のものだ。

 だが、自分にはこんなノートを書いた記憶は一切ない。


 私の記憶では、ここに来たのは「初めて」のはず——。


 

 ガサリ、と後ろで音がした。


 弾かれたように振り返ると、そこには一人の『少女』が立っていた。

 全身が淡く発光している——おそらく、人間ではない。


 ダンジョンの意志か、あるいは精霊か。

 


「——また、戻ってきちゃったね」


 少女は悲しそうな、それでいて諦めを含んだ声で言った。


「お前は誰だ! ここは一体どうなっている!? 出口はどこだ!」


 私が剣を抜き突きつけると、少女は静かに首を振った。


 

「出口なんて、最初から無いのよ。ここは世界の『終わりの場所』——この世界に満ちた澱みを浄化するために、最も強い魂を閉じ込めて何度も何度も戦わせるための永久機関なの」

 


 少女の瞳に、私の姿が映る。

 その姿は、三年前にダンジョンに入ったばかりの若者のものではなかった。


 服はボロボロ、肌は無数の傷に覆われ、その肉体はギガントゴーレムをも一撃で両断できるほどにビルドアップされている。

 


「あなたはもう、世界で一番強くなってしまった。だから、もう外の世界(あちら側)のシステムには戻れないの——あなたが最下層のボスを倒すたびに、ダンジョンはあなたの強さに合わせてリセットされる」


「ふざけるな……!」


 私は絶望に歯を食いしばった。

 名誉のため、富のために潜り続けた結果が——この終わらない檻だというのか。


「ねえ、レイス」


 三年振りに聞いた俺の名前。

 少女は優しく微笑み、地下へ続く階段を指差した。


 

「でもね、悪いことばかりじゃないよ。あなたの今回の周回の記録、前回のあなたよりも二日も早かったの……次は、もっとうまく潜れるんじゃないかな?」


 私は手の中のノートを見つめた。

 文字が勝手に書き換わり、新しいページに『56周目:』という文字が浮かび上がっていく。


 その瞬間、頭が、急速にぼんやりとしていった。

 故郷の街の風景や、家族の顔が、霧の向こうに消えていく。


 代わりに、私の頭の中に鮮明に残ったのは――完璧に身体が記憶している、第1階層から第100階層までの最短攻略ルートのステップだけだった。

 


「……ハハ」


 私は自嘲気味に笑うと、剣を鞘に収めノートをポケットに仕舞った。

 

 不思議と、もう恐怖はなかった。

 あるのは、脳を焼き尽くすような奇妙な高揚感だけだ。


 

「——タイムアタック、か。悪くない」


 私は松明を掲げ直し、見慣れた——しかし少しだけ配置の変わった第1階層の闇の中へと、力強く足を踏み出した。

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