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花火大会(1)

第二章となります…!

新キャラクターも登場します。

よろしくお願いいたします。


なつめの導きによって外へ出られた日から、いくばくかの時が流れた。

けれど結奈は、まだ学校へ行く勇気を出せないまま、夏休みのお知らせを受け取っていた。


また何もできなかった…

そう思って俯いた結奈に、母は言った。

「車はいきなり猛スピードを出せないし、鳥だって、生まれてすぐには飛べないよ」

その言葉に、結奈はうつむいたまま小さく頷いた。

母には、言わなくてもきっとわかるのだろう。

結奈の中で、何かがゆっくりと動き始めていることを。


そのきっかけとなった少女なつめは、あの日を境にとんと姿を見せなくなった。

どこからともなく現れ、図書館からの帰路の途中、挨拶もなしにいつの間にか消えた子。

あの子は本当に存在していたのか――。

あの風の日が、ただの夢だったのではないかと思うこともある。


昔どこかで会ったことのある友達だったかもしれないと幼稚園のアルバムを漁った。しかし、小学校の卒業アルバムにも、中学のクラス名簿にも同様に彼女の名前はなかった。

それでも結奈は、夏の新芽のような少女を探し続けていた。


そうしているうちに、季節は、初夏から盛夏へと移り変わっていく。


――


「結奈、今日みっちゃんのお見舞いに行かない?」


母の言葉に、箸の先でつまんでいた目玉焼きが皿に落ちた。

「……お見舞い?」

「そう。お出かけの練習も兼ねて。みっちゃん、結奈のこと心配してるの」


外の世界はまだ怖い。

けれど叔母…みっちゃんのもとへ行くなら――あのときより少しだけ、勇気を持てそうな気がした。


「うん、行ってみる」

「よーし。じゃあ、みっちゃんに連絡しとくね」


先の予定があることが、少し嬉しかった。

けれど、その嬉しさの奥に、微かな不安がひそんでいる。


結奈には、約束を守れなかった友達がいる。

彩音――不登校になったばかりの頃、

「いつになったら学校くる?」と何度も家まで来てくれた。

莉子に嫌がらせされて塞いでいた時も遊びに誘ってくれた大事な友人だ。


そんな彼女に“明日には”と答えた明日は、いつの間にか“来週”になり、

“来週”は“そのうち”に変わっていた。


顔を合わせるのが怖くなって、

母に「しばらく学校には行けない」と伝えてもらった。

そのときの彩音の顔はどんな顔をしていたのだろうか。

思い浮かべるたび、自分で大切なものを壊してしまったような気がして、胸が痛んだ。


けれど叔母は違う。

血のつながった家族なら、行けなくても、また会える。

その安心感が、結奈の背中を押してくれた。


「ねぇ、お母さん。みっちゃんに鶴、折って行こうかな」

「え、いまから千羽は無理でしょ」

母が笑いながらも、物置きにしまっていた折り紙を出してくれた。


数十羽の鶴を小箱に詰めて、週末、ふたりは出かけた。



__


久しぶりに乗る母の軽自動車は、思ったより広く感じた。

窓を開ければ、夏の風が流れ込んでくる。

頬をなでるたびに、心の奥の固まったものが少しずつ溶けていくようだった。


「みっちゃん、きっと喜ぶよ」

母はハンドルを握りながら、いつもより明るい声を出した。


「ねぇ、結奈。見て。花火大会、来週やるんだって」

道端の掲示板には、夜空に咲く花火のポスター。

「ふうん」

結奈は短く答え、窓の外を見つめた。


―なつめがいたら、行けたかな。


叔母は自宅で療養中だった。

車の音を聞きつけた叔父の茂がアパートの玄関から顔を出す。

「結奈ちゃん、久しぶり!元気そうでよかった」

その屈託のない笑顔が、夏の光みたいにまぶしかった。


部屋に入ると、ベッドに座る叔母は少しやつれていたが、

結奈の姿を見て嬉しそうに笑った。


「結奈、来てくれてありがとう」

「これ、折り紙の鶴。千羽いないけど」

「ほんと?うれしい……ありがとうね」


叔母は結奈が差し出した小箱を両手で受け取り、箱を開けてふっと目を細めた。

それから結奈をまっすぐ見た。

「結奈に報告があるの」

そう言うと、叔母は結奈の手を取り、自分のお腹にそっとあてた。

「みっちゃんね、実は…お腹に赤ちゃんがいるの」


__その瞬間。


ドクン、と胸の奥が跳ねた。

耳の奥で、何かが揺れる。

風のような振動。音でも声でもない。


『結奈』


誰かが呼んだ。

懐かしくて、優しい響きだった。


『自分の内側から湧き立つ風を感じて』


(……なつめ?)


問いかけた心に、鼓動が応える。

ドクン、ドクン――。


『夏芽じゃない。私は――弥葉(やつは)


その名が静かに胸の奥に沈む。

それは音ではなく、ぬくもりのようだった。


『私は、いつも内側にいるから。

風を忘れたとき、思い出させるためにいるんだよ』


やがて暖かな不思議な感覚は消え失せ、現実の音が戻る。

叔母が微笑みながら言った。

「どうしたの?びっくりした?」


「…あ、うん……すごい。すごいよ、みっちゃん。おめでとう」

祝福の言葉を口にしながらも、胸の奥にはまだ小さな風が吹いているような気がした。


声はやつはと言った。

またしても結奈にとって

馴染みのない名前であった。







花火大会、行ってみようかな

その日の夜、両親との食卓の席でほろりと結奈は言った。


父はグラスに注いでいたビールをこぼし、

母は優しく微笑んだ。


「電車は混むし、ちょっと怖いから。自転車でパッと行けばいいかな」

「自転車のライト、壊れてたろ。危なくないか?」

母が手渡した布巾を受け取りながら父が言う。

「あ、そっか。壊れてたんだっけ…」

「車出そうか?終わりの時間に迎えに行くよ」

結奈は母の提案に大きく頷いた。


『楽しみだね、結奈』


そんなことを弥葉に言われたような気がした。




その夜は夏芽の夢を見た。


青い浴衣を着た夏芽に手を引かれ、結奈は花火会場の土手を歩いていた。

周りには人がたくさんいたけど、結奈は少しも怖くなかった。

「何食べるー?チョコバナナにかき氷、あ!タピオカもあるよー」

「ちょっと、夏芽ってば、あまいものばかりじゃ虫歯になるよ」

「たまにはいいじゃない。結奈ちゃんも食べよう!」

カラフルな屋台の間をふたりで駆ける。

ただそれだけなのにとても楽しい。

不意に、夏芽が足を止めた。

「弥葉も一緒に見れたらいいのに。花火」


『私はいつもここにいるよ』


後ろから声がした。結奈は振り返る。

夏芽と色違いの緑の浴衣を着た少女がいた。

少女は少し辛そうに笑う。


『例え、誰にも気づかれなくても…

私はふたりのそばにいるからね』


「結奈どうしたの?なにか美味しそうなのあった?」

「え?」

あの子、見えないの?と結奈は言いたかったが



そこで目が覚めた。


もうひとりの子…

あれは誰だったんだろう。

いや、多分あれは.…

「…弥葉?」


その声に弥葉が答えることはなく。

結奈の部屋にはクーラーの音が静かに聞こえるだけだった。



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