第二話:既視感の狂気と、翡翠の代償
泡を吹いて倒れた奥さんの絶叫は、オアシスの静寂を完全に切り裂いた。
だが、それは序の口に過ぎなかった。ユウサクが街の隅へと視線を向けると、そこにはドーム状の美しい屋根が並ぶ街並みとは対極の、吐き気を催すような光景が広がっていた。
退廃の路地裏
路地の隅々では、ドワーフたちが地べたをゾンビのようにはいずり回り、泥の中でごろごろと転がっていた。
ある者は全身を狂ったようにかきむしり、すでに出血しているにもかかわらず、その指先を止めない。肉を剥ぎ、露出した白い「骨」が見えてもなお、執拗に何かを引き抜こうとするその姿は、正視に耐えないものだった。
「……あ、あは……抜かなきゃ……中に入り込んでる『根っこ』を, 抜かなきゃ……!!」
彼らが口にする「根っこ」。それは目に見える寄生虫ではなく、脳を蝕む幻覚。かつてユウサクが「忍者の隠れ里」で見た、あの忌まわしい薬物汚染の光景そのものだった。
忍者の隠れ里の記憶
ユウサクの脳裏で、薬に溺れた忍たちの無惨な姿がフラッシュバックする。
(……間違いない。この狂い方、あの隠れ里を壊滅させた魔法の薬物と同じだ。なんでこんなところで、あの『タヌキ』の悪夢が繰り返されてるんだ……)
名工ゴロが、震える声で事の末路を話し始めた。
この街では魔法の「元気が出る薬」として若者の間で流行りだし、やがて街全体へ広がった。薬の代金は、この街の宝である『ヒスイ(ジェイド)』。中毒の恐ろしさに気づいた街が薬の禁止を決めると、今度は卑劣な「報復」が始まった。
街の周囲には兵士たちが目を光らせ、誰一人として外へ出られないよう封鎖。さらに、地下のカナート(水路)を細工され、井戸や川を完全に枯らされてしまった。
「水が欲しければ、ヒスイを掘れ」――それが、ドワーフたちに突きつけられた条件だった。
総大将マカロニ:再来せし「化かしの獣」
静まり返った街に、突如としてジャリ、ジャリという不快な足音が響き始めた。
武装した兵士たちの隊列。その中心で、一際異彩を放つ奇妙な姿の『指揮官』が指揮を執っていた。
不自然に丸く膨らんだ腹をゆすり、ぶかぶかの軍服を纏ったその姿。兜の隙間からは、毛むくじゃらの「三角形の耳」が突き出している。
「……あ、あは。みなさーん、お仕事(ヒスイ掘り)の時間ですよぉ。薬が欲しいでしょお? 水が飲みたいでしょお?」
その、粘りつくような、女とも子供ともつかぬ、人を食ったような声。
彼女が顔を上げた瞬間、ユウサクの全身に寒気が走った。
「……マカロニ……。お前、こんなところで何をやってるんだ」
ユウサクの問いかけに、マカロニを名乗る怪物は「んふっ、お久しぶりですねぇ」と、下卑た笑みを浮かべて答えた。
「いやー、里の再建に資金が必要でしてねぇ。そしたら『聖剣先生』が、薬を売って街から吸い上げろって教えてくれたんですよ。それに、先日里の外交官がこの街の住人に非情にも殺されまして……。その賠償金を徴収しに来たんですよぉ」
化かし、奪い、再び人間を薬物で家畜に変えようとする最悪の獣。マカロニという名のタヌキは、かつて以上の邪悪な笑みを浮かべ、オアシスの支配を正当化した。




