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『カオスノイズ:東京拠点化計画~拠点を東京に移し、自分を殺せる勇者の育成に励むことにしました~』  作者: 猫寿司
第9章 黒い剣士

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第八話:燃える絨毯の上の舞踏、そして成就せし神託

「星の教会」が粉々に砕け散る轟音が、夜のフンデルトに響き渡った。

 瓦礫の山から這い出そうとするヘラクレスに対し、ヴァレリアは燃え盛るような怒りの表情で、街の中へと突進を開始した。


「よくも……よくも街の象徴を狙ったわね! 卑怯者め、逃がさないわよ!!」


 その背中を見送りながら、ユウサクとネネは呆然と立ち尽くすしかなかった。


「……ネネ、あいつ自分が投げ飛ばしたって自覚、一ミリもないよな?」

「お手上げね。あそこまで『思い込み』が強固だと、真実の方が歪んで見えるんでしょうね」


拳と外殻


 ヴァレリアは、ヘラクレスが立ち上がるよりも早く距離を詰めた。

 二百キロの鉄塊をあえて地面に突き刺したまま、彼女は「素手」でヘラクレスの顔面に左フックを叩き込んだ。


 ――パキンッ!!


 鋼鉄以上の硬度を誇るカブトムシ型の外殻に、蜘蛛の巣状の亀裂が走る。

 ヘラクレスは、脳を直接揺さぶられたような衝撃に「ぐふぅっ!?」と悶絶した。


「んふーー……! 次はここよ!」


 ヴァレリアの容容赦ない追撃が続く。

 彼女はヘラクレスの腹部、甲殻の継ぎ目である急所を見抜くと、そこへ全体重を乗せた蹴りを見舞った。


「ぐふぅ……ぁ、がはっ……!!」


 あまりの衝撃に、ヘラクレスの口腔から緑色の体液が噴き出す。

 しかし、魔王軍の幹部としての意地か、彼は残った中腕と上腕を使い、ヴァレリアの体に力任せに抱きついた。


「……し、死なば……もろともだ、人間……ッ!」


決戦のバックドロップ


 だが、ヴァレリアは怯むどころか、不敵な笑みを浮かべてヘラクレスの体を抱き返した。


「んふっ、そう……。私から逃げないなんて、感心だわ!」


 ヴァレリアの全身に、どす黒い血管が浮き出る。

 彼女はヘラクレスの巨体を背後から抱え上げると、凄まじい脚力で地面を蹴り、大きく反り返った。


「ふんがぁぁぁぁぁーーーーっ!!!」


 夜空を背景に、美しい放物線を描く二人。

 次の瞬間、ヘラクレスの頭部が垂直に、フンデルトの石畳へと突き刺さった。


 ドォォォォォォン!!!


 衝撃波が広がり、周囲の瓦礫がさらに細かく粉砕される。

 ユウサクは、その光景を信じられないものを見る目で眺めていた。


「……すげー。殺し合いの最中にバックドロップする奴、初めてみたわ……」

「……こんなのはじめて。勇者の戦いっていうより、ただの解体作業じゃない」


 ネネもまた、震える声でそう呟くしかなかった。


予言の成就と、止まらぬ破壊衝動


 ヘラクレスが逆さまに地面に突き刺さり、ピクピクと足を震わせている横で、ヴァレリアはゆっくりと立ち上がった。

 あたりには、主を失ってなお押し寄せようとする虫の軍勢がいたが、ヴァレリアはもはや剣を取ることすらしない。


「……まとめて、これで十分だわ!!」


 そこからは、もはや戦いとは呼べない蹂躙だった。

 迫りくる虫たちを、彼女はただ拳で砕き、引きちぎり、踏み潰していく。

 ユウサクは、その光景にただ溜息をついた。


「……結局、最後はこぶしですか……」


 気がつけば、戦場には静寂が訪れていた。

 あたり一面、虫たちの緑色の体液と、ヴァレリアが事前に浴びていた馬の赤い返り血が混ざり合い、どす黒い異様な色に染まっていた。

 その死骸の山は、月光に照らされて、まるで燃える黒い絨毯のように広がっている。


 その中心に、ただ一人、血に塗れた「バケモノ」――ヴァレリアが立っていた。

 それを見ていたアルメリアが、震える唇で呟いた。


「……『赤き衣を纏いし者が、燃える絨毯の上にて舞い、死せる異形の緑なる獣を屠らん。さすれば、終末の危機は回避されるであろう』……」


 神託の通りだった。だが、ヴァレリアの破壊衝動はまだ収まってはいなかった。


「んふーー! まだよ! まだそこに卑怯な気配が……!!」


 敵がいなくなったにも関わらず、ヴァレリアは血走った目で周囲の無事な建物をなぎ倒し始めた。

 このままでは魔王軍が去った後の更地が完成してしまう。


「……もう、いい加減になさい」


 ネネが呆れ果てたように呪文を唱えると、ヴァレリアの巨体が丸太のようにドサリと倒れ込んだ。睡眠魔法による強制終了。

 辺りには、生き残った住民たちの怨嗟の声、驚嘆、および消え入りそうな賞賛の声が入り混じる、極めて微妙な空気が漂っていた。


月下の百合:魔王軍幹部アナスタシア


 その沈黙を切り裂くように、空から一条の光と共に甘い香りが降り注いだ。


 漆黒の空から静かに降り立つその姿は、プラチナブロンドをなびかせつつも、百合の花を模した幻想的な異形の姿そのものであった。未熟な肢体をなめらかに包み込むのは、純白の花弁を思わせる生体繊維。足元からは甘い香りと共に微かな花粉が燐光となって舞い、未熟さと妖艶さが同居する美しき毒花のような佇まいを見せている。


「はぁ……。魔王様の思慮、および先を見通すお姿。なんと素晴らしいのでしょう……」


 彼女はうっとりと、瓦礫の山となったフンデルトを見下ろした。


「一方的な蹂躙に意味はないと……。ハラハラドキドキを楽しむため、ここまで異形なものを育て上げるとは。……『楽しむ』とは、こういうことなのですね」


 ユウサクとネネが身構える中、彼女は優雅に会釈をした。


「遅れました。私はアナスタシアと申します。……現在は中原にて国を構えました。ぜひ、遊びにいらしてください」


 それだけを言い残すと、彼女は花の香りを残したまま、夜霧に溶けるように消えていった。

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