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『カオスノイズ:東京拠点化計画~拠点を東京に移し、自分を殺せる勇者の育成に励むことにしました~』  作者: 猫寿司
第9章 黒い剣士

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第三話:筋肉の糧と、引きずり妖怪の誕生

太陽が天高く昇り、街の曲線美が最も鮮やかに照らされる昼下がり。

 宿屋の二階から、再びあの地獄のような金属音が響き始めた。


「……うんとこしょ、どっこいしょ。……んふ、お腹が、空いたわ……」


 ヴァレリアが起きたのだ。

 昨夜、命を削るような思いで運び込んだドラゴンスレイヤーを、彼女は再び執念で引きずり、一階の食堂へと向かっていた。


勇者の栄養学


 食堂にたどり着いたヴァレリアは、空いているテーブルの横に轟音と共に鉄塊を置くと(床は等分にひび割れた)、すぐさま注文を開始した。


「鶏肉、脂抜きの料理……それを、十人前持ってきてちょうだい!」


 運ばれてきた料理を前に、彼女はかつて聖剣デュランダル――今は隠れ里で『依存症更生施設の院長』をしているあのアドバイスを思い出していた。


『いいかヴァレリア。筋肉を育てるのは気合ではない、栄養だ。高タンパク、そして炭水化物をバランスよく。ビタミンも忘れるな。それが真の勇者への第一歩だ』


 院長の厳格な声を脳内で再生しながら、彼女はうわごとのように呟く。


「……高タンパク。炭水化物。バランス……ビタミン……んふーっ!」


 そこからの光景は、食事というよりは「燃料投下」だった。

 上品なエルフたちの料理を、家畜が餌を喰らうかのような勢いでかっこむ。もはや味など二の次。ただ、この二百キロの鉄塊を振り回すための「出力」を求めて、彼女はただひたすら咀嚼し続ける。


 その異様な食べっぷりを目撃した宿の客たちは、顔を引きつらせて囁き合う。


「……ねえ、見て。あそこに巨大な牛が紛れ込んで食い荒らしているわ……」

「しっ、見ちゃいけません。あれはきっと、飢えに狂った異世界の魔物よ」


徘徊する妖怪「引きずりババア」


 腹をパンパンに膨らませ、エネルギーを充填したヴァレリアは、満足げに鼻を鳴らすと立ち上がった。


「よし。少し……街を、歩いてくるわ……。うんとこしょ、どっこいしょ」


 再び始まる、石畳との摩擦音。

 彼女は鉄塊を引きずりながら、複雑な曲線を描くフンデルトの街を徘徊し始めた。昨日の疲れが完全に取れていないのか、その足取りは重く、背中は丸まり、手には血の滲んだ包帯が巻かれている。


 その姿を見た街の子供たちが、指を差して叫んだ。


「あ! 出た! 引きずりババアだ!」

「夜中に石を削る音がしてたの、あいつだよ! 妖怪だ、妖怪が歩いてる!」


 勇者としての威厳はどこへやら。

 美しい曲線美を誇るこの街で、鉄塊をズルズルと引きずりながら低く唸るヴァレリアは、住民たちにとって不気味な都市伝説となりつつあった。


ユウサク「……ネネ、やっぱり止めてきたほうがいいかな、あれ」


ネネ「放っておきなさい。あれはもう、自分の筋肉と会話している領域よ。私たちが声をかけても、返ってくるのは『どっこいしょ』だけだわ」


忘我の修練と、漂い始める異臭


 ――それから、一週間が経った頃からだった。

 フンデルトの住人たちを騒音被害のどん底に叩き落としていた「引きずりババア」が、剣を引きずらなくなったのは。


 だが、事態が好転したわけではなかった。

 ……臭いのだ。とにかく、ヴァレリアが通り過ぎた後には、獣の檻のような、あるいは熟成しすぎたチーズのような、鼻を突く異臭が濃厚に漂うようになっていた。


 ヴァレリアは今、己のリソースのすべてを「食べる」「剣のトレーニング」「眠る」という三点のみに注ぎ込み、それ以外の一切を切り捨てていた。

 風呂に入る時間があるなら肉を食い、服を洗濯する暇があるなら鉄塊を振る。

 「んふーー……」という鼻息と共に、一週間洗っていない鎧の下で、彼女の筋肉は着実に、そして驚異的に不衛生な進化を遂げつつあった。


螺旋の悲劇:善意による蹂躙


 しかし、ここからが本当の悲劇だった。

 不衛生な進化を遂げたヴァレリアだったが、まだ「ドラゴンスレイヤー」という二百キロの鉄塊を完全に制御できているわけではなかった。


「……んんっ、うぉぉぉりゃあぁぁ!」


 素振りをすれば、剣の遠心力に身体が持っていかれ、よたた、とよろめく。そのたびに、巨大な鉄の板がエルフたちが丹精込めて作り上げた「曲線美の家」の壁を無残に削り取り、石畳を粉々に粉砕した。


 ドーン! バゴーン!


 静寂が売りの高級住宅街に、建築現場のような破壊音が鳴り響く。

 ある時は民家の壁が崩落し、またある時は広場の美しい噴水が鉄塊の直撃を受けて崩壊した。

 もはや街の住民たちは戦々恐々としていたが、当のヴァレリアに注意できる者は誰もいなかった。彼女の意識は「あっちの世界」の筋線維の向こう側に行ってしまっており、いかなるクレームも彼女の耳には届かない。


 それはまるで、異界の住人が平和なこの世を蹂躙しているかのようだった。


 管理代行のアルメリアも、意を決してクレームを入れようと彼女の元を訪れるのだが。

「剣を振るう」「飯を喰らう」「死んだように眠る」……その三動作のループの間に、付け入る隙が一切ない。限界まで追い込まれたヴァレリアの殺気に満ちた背中に、声をかけることすらできなかった。


 ――そして、ある日のこと。


 ヴァレリアはついに、剣に振り回されることなく、その超質量を自在に「振り回す」ことができるようになっていた。

 その時までに、フンデルトの数軒の家屋が完全に倒壊し、被害額は算出不能なレベルに達していた。


「善意による街の破壊」は、結果として「悪意による街の破壊」とさほどかわらない惨状をフンデルトに刻んでいたのである。


宣告:追放される美少女戦士


 瓦礫の山となった広場で、ようやく鉄塊を羽のように軽々と振り回す境地に至ったヴァレリアの前に、ついにアルメリアが立った。


「勇者ヴァレリア様。……いえ、破壊神バケモノ様。もう限界ですわ」


 アルメリアは氷のように冷たい微笑みを浮かべ、街の出口を指差した。


「今すぐ、この街から出ていってください。魔王軍が来るより先に、あなたの『トレーニング』で街が滅びます。……はっきり申し上げて、迷惑ですわ」


 感謝も、歓待も、報奨金もない。

 あるのは、積み上がった損害賠償と、冷徹な拒絶。

 こうして、史上稀に見る「不潔で強力な美少女戦士」による勇者追放物語が、唐突に幕を開けたのである。

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