第四話:追放者の野営と、失われた美少女の皮
有機的な曲線美を誇った「フンデルト」の街から、物理的にも社会的にも弾き出された優作一行は、街外れの森の空き地で野営を余儀なくされていた。
パチパチと爆ぜる焚き火の上で、巨大なイノシシの肉が炙られている。
「んふーー……. ついに、ついにこの魔剣を御したぞ。見ていろ、今の私なら魔王軍の軍勢など、この一振りで塵芥にできるわ」
ヴァレリアは、傍らに置いた二百キロの「鉄塊」を満足げに見つめながら、鼻を鳴らした。
その姿は、一か月前までの「引きずりババア」の面影こそ消えているものの、別の意味で取り返しのつかない領域に踏み込んでいた。
勇者の食卓と寄生虫
「……おい、ヴァレリア. まだ手をつけちゃダメだぞ。イノシシの肉はちゃんと焼かないと寄生虫がいるんだからな。そんなに生で食いたきゃ、馬を食え。……お前、馬刺しって知ってるか?」
ユウサクが、キャンプの火の番をしながら呆れたように忠告する.
だが、ヴァレリアの耳に、衛生管理や美食の知識といった文明的な言葉は届かない。
「誰が生で食うか! 私は……私はただ、生命のエネルギーを求めているだけだ!」
そう叫びながらも、彼女は表面が少し色づいた程度の、中身は真っ赤な生焼けの肉にガブリと食らいついた。
滴る肉汁と血を拭いもせず、獣のような勢いで咀嚼する.
その様子を眺めながら、ユウサクは深い、深い溜息を吐いた。
(……おかしい。最初に出会った頃のヴァレリアは、もっとこう、清楚な感じのする美少女だったはずなのに。今や、美少女の皮をかぶった「おじさんマッチョ」そのものじゃないか)
鎧の下から覗く筋肉のラインは、もはや女性のしなやかさではなく、荒々しい戦士のそれへと変質している。
ユウサクは、変わり果てた仲間の姿に、世界の理が崩れ去ったような絶望感を覚えていた。
漂う異臭と乙女心
ネネは、焚き火から一番離れた風上に座り、鼻を押さえながら冷たく言い放った。
「ヴァレリア。いい加減、お風呂に入りなさい。明日、そこの川で全部洗い流すのよ。……本当に、臭いわ」
ストレートすぎるネネの指摘に、ヴァレリアは肉を飲み込むと、豪快に笑い飛ばした。
「がははは! またまた、ネネはおもしろくない冗談を言うのだな! これでも私は女だぞ? 身だしなみにだって気は遣っているさ!」
そう言いながら、彼女は一か月洗っていない(そして数軒の家屋を粉砕した際の土埃を吸い込んだ)鎧をバシバシと叩いた。
そこから舞い上がるのは、熟成された獣の臭いと、鉄錆の混じった不穏な霧だ。
(……どこが気を遣ってるんだよ)
ユウサクは心の中でだけ激しく突っ込んだ。
もはや「美少女」という概念は存在しない。
あるのは、鉄塊を自在に振るうための異常な執念と、それを支えるための強靭すぎる胃袋だけだった。
「んふーー……. 明日も、朝から素振り一万回だわ!」
夜の森に、勇者(自称)の力強い鼻息が空虚に響き渡っていた。
鋼の三時間と、華やかな勇者たち
――さらに時が経ち、ヴァレリアがあの二百キロの鉄塊を「三時間で一万回」ほど振ることができるようになった頃のことだ。
「……ねえ、ヴァレリアさん。もうそのへんで山籠もりのトレーニングはやめにして、そろそろ次の街に行こうよ。」
ユウサクが提案する。
優作自身にとっても、ネネにとっても、山での生活はこたえる。そして、長期にわたる野宿なのだから。
その時、ユウサクたちが野営している森のすぐ横の街道を、フンデルトの街から出てきた一団が通りかかった。
それはアルメリアが言っていた、神託によって集められた「勇者一行」だった。
彼らは清潔で光り輝く鎧を纏い、威勢よく魔王軍討伐のスローガンを叫びながら、意気揚々と進軍していた。
ユウサクが、街道を行く華やかな勇者たちを指差しながら、ヴァレリアに声をかけたそばだった。




