第一話:鉄塊の重みと、遅すぎた出陣
聖剣デュランダルを「依存症更生施設の院長」として隠れ里に残し、一行が再び歩き始めてから数週間。
一行の目の前に現れたのは、これまでの「森」や「村」の概念を根底から覆す、異様な、それでいて圧倒的に美しい光景だった。
曲線が支配する街「フンデルト」
「……何よ、これ。建物が……生きてるみたい」
ヴァレリアが呆然と呟く。
そこは、エルフの居住区であり、同時に高名な錬金術師たちが集う研究都市「フンデルト」だった。
特筆すべきは、その建築様式だ。この街には「直線」が一つも存在しない。
建物の壁は波打ち、窓の大きさは一つひとつ異なり、屋上やベダンタからは豊かな木々が溢れ出している。カラフルなタイルが螺旋状に壁を彩り、建物と植物が完全に一体化していた。
まるで、巨大な生き物の体内に迷い込んだかのような、有機的で幻想的な街並み。
「フンデルトヴァッサー……じゃなくて、フンデルト, ですか。自然との調和を極めた結果がこれなら、エルフの美的センスもなかなかのものね」
ネネが冷静に分析する横で、ユウサクはひどく落ち着かない様子で周囲を見渡していた。
「なあ、ネネ。この街、地面まで波打ってないか? 酔いそうなんだけど……」
予感と待ち伏せ
ユウサクが千鳥足で広場へと足を踏み入れた、その時だった。
「――来たわね。予定より三日と四時間、遅かったけれど」
広場の中央、噴水(それさえも歪な彫刻のようだ)の前に、一団のエルフたちが整列していた。
中心に立つのは、一際長い耳と、知性を湛えた翡翠色の瞳を持つ美しいエルフの女性だ。彼女は手にした羊皮紙を丸めると、不敵な笑みをユウサクに向けた。
ユウサク「……え? 俺のこと知ってるんですか?」
「この町は星読みの技術が発展している街です。お待ちしていました、勇者様」
美しいエルフは、握手をしようとユウサクが差し出した手を鮮やかにすり抜け、その後ろにいたヴァレリアの手をがっしりと握りしめて言った。
彼女はそのままヴァレリアに顔を近づけ、優雅に一礼した。
「ようこそ、曲線と緑の聖域へ。私はこの街の管理代行、アルメリア。……さあ、中へ入って。あなたがここへ来る理由、そして私たちがあなたを待ち構えていた理由を、ゆっくりとお話ししましょう」
巫女の神託と、終末の予言
「うふふっ、ふふ……。このフンデルトは、星々の瞬きを読み解く巫女が町の運命を決める地。そこで神託を授かりました」
アルメリアは、ヴァレリアの手を握ったまま、朗々と伝承を語るような口調で言葉を紡ぐ。
「数日の後、魔王軍がこの聖域へと攻め入るでしょう。街は戦火に包まれ、静寂は失われる……。しかし、星は救いの兆しをも示しました。『赤き衣を纏いし者が、燃える絨毯の上にて舞い、死せる異形の緑なる獣を屠らん。さすれば、終末の危機は回避されるであろう』と」
その言葉を聞いたユウサクが、周囲の服装を見渡しながら、冷静に、かつ困惑気味に口を挟む。
ユウサク「ああ……あのさ、ネネは今、赤いワンピースを着て、カーディガンを羽織ってるよね。で、俺はこれ……薄汚れた旅人の服。完全に既製品、たぶんうにクロ製だ。んで、ヴァレリアは青い鎧だ。……今の予言、どう聞いても俺たちには関係なさそうというか、人違いじゃないですかね?」
しかし、アルメリアの表情は微塵も揺るがない。彼女はヴァレリアの手を握る力を強め、熱い眼差しを向けた。
アルメリア「いいえ、人違いではありませんわ。予言にある『あなたの騎士』が、必ずや魔王軍を討伐してくださると神託にありました。それに、詩の内容だけで決まるものではありません。到着した時刻、そして『女二人、男一人』という三人組の構成……すべてがぴったりです。そして何より、勇者様――ヴァレリア様。その胸元のメダルで、一目で分かりましたわ」
アルメリアの熱烈な視線に射抜かれ、ヴァレリアは頬を微かに染めながらも、不敵な笑みを浮かべた。
ヴァレリア「んふー……。まあ、当然ね。私の卓越した武勇が星にまで届いていたというわけか」
彼女は得意げに鼻を鳴らすと、腰の内に手をかけ、今にも獲物を抜こうかという勢いで胸を張った。
アルメリア「ええ、逃がしませんわよ、勇者様」
ネネ「……諦めなさい、ユウサクさん. どうやらここでは、ヴァレリアさんが主役のようよ」
星の絶対領域と「押し売り」の螺旋
アルメリアに案内され、一行が歪な螺旋を描く街路を進み始めたときだった。
軒を連ねる奇妙な商店の陰から、一人のエルフの女性店員が飛び出してきた。
「お待ちください! 今日の星は、そこを行く『女二人組』がこの靴を買わなければいけないと出ています!」
問答無用で差し出されたのは、建物のデザインに似た極彩色のブーツだった。
ヴァレリア「な、何!? 星が決めたというのなら……断るわけにはいかないわね」
誇り高き勇者(自称)は、財布を差し出し、流れるように靴を買い取らされる。
だが、それは序の口だった。
「今日の星は、美しい女性がこのバッグを、この宝石を、このネックレスを身に着けるべきだと囁いています!」
次から次へと現れる店員たち。その熱量に押され、ヴァレリアは「勇者様」とおだてられるまま、大量の物品を買い込まされていく。
その様子を後ろから眺めていたユウサクが、顔を引きつらせてアルメリアに尋ねる。
ユウサク「……あの、アルメリアさん。いくらなんでもそれ、ただの押し売りじゃありません? そんなこと、普通あります?」
アルメリア「ええ、星は絶対ですわ」
アルメリアの涼しげな笑顔に、ネネはひどく怪訝な顔をして眉をひそめていた。
そしてこの街のすべては、星の教会で下される「運命の神託」によって決まるらしい。
運命の神託と「ショッピング特典」
やがて一行は、街の中央にそびえ立つ「星の教会」へと足を踏み入れた。
そこは、この街のあらゆる神託が下される中枢。教会に入った瞬間、居合わせたエルフたちが一様に頭を下げた。
「アルメリア様、おかえりなさいませ」
「神託の案内をありがとうございます」
口々に敬意を表する信徒たちに対し、アルメリアは満足げに頷くと、抱えきれないほどの買い物袋でパンパンになったヴァレリアを振り返った。
アルメリア「皆様、お聞きなさい! 今、勇者様の『お買い物ポイント』がMAXになりました! 特別な特典がございます。さあ、こちらからお選びください!」
突如として、教会の天井から高らかなファンファーレが鳴り響く。
ヴァレリアは、重みで今にも潰れそうな買い物袋を地面に置き、荒い息をつきながら、震える指で正面の祭壇に飾られた「それ」を指差した。
そこに鎮座していたのは、もはや武器の範疇を超えた何かだった。
「それは剣と言うにはあまりにも大きすぎた。大きく、ぶ厚く、重く、そして大雑把すぎた。それは正に、鉄塊だった」
漆黒の威容を誇るその大剣――ドラゴンスレイヤー。
ユウサク「……っ!? ちょっと待て、それ出したらダメなやつだろ! もっとこう、シリアスでかっこいい主人公が使うやつだろ、それは!」
ユウサクの愕然とした突っ込みを、アルメリアはあっさりと受け流す。
アルメリア「うーん、これ、展示品なんだけど……。まあ、星がそう望むならいいか。勇者様、どうぞ」
ヴァレリア「んふーーーっ! 素晴らしい! これぞ私に相応しい『鉄塊』だわ!」
だが、その歓喜を切り裂くように、一人のエルフが血相を変えて教会へとなだれ込んできた。
「アルメリア様! 大変です! 街の外れに……虫のような、悍ましいヒトガタの異形がたった一匹出現し、守備隊をなぎ倒してこちらへ向かっています!!」




