第十話:禁断症状の地獄と、心の灯火
龍の指摘によって明かされた「短命の呪い」の正体――それは、里で代々「秘薬」と崇められてきた強烈な薬物による自家中毒だった。
真実を知り、薬を断った里を待っていたのは、呪いよりもなお凄惨な、依存からの脱却という名の地獄だった。
本来の身体増強というメリットを遥かに凌駕する、破滅的なデメリット。
それはもはや「人間を卒業」しなければ耐えられないほどの苦痛となって、里のタヌキたちを襲った。
蝕まれる感覚
全身を無数の虫が這い回るような不快感。一睡もできず、水さえも喉を通らなくなるほどの拒絶反応。
感覚が異常に過敏になり、皮膚はそよ風が吹くだけで全身に激痛が走る「凶器」へと変貌した。
里のあちこちで、よだれを垂らし、あらぬ方向を見つめて幻覚に悶える者たちが続出した。
「……マカロニ、やめろ! その包丁を向けるな! 落ち着くんだ、マカロニ!」
広場の中央で、ユウサクは必死にマカロニをなだめていた。
かつて可愛らしかった少女の面影はどこにもない。マカロニの目は上天し、口からは白い泡を吹き、止まらないよだれで巫女装束を濡らしている。その手には、震える包丁が握られていた。
痛みの抱擁と、聖剣の忠告
「大丈夫だ、マカロニ……俺が、俺が受け止めてやるから……!」
ユウサクは覚悟を決め、包丁を振り回すマカロニを正面から抱きしめた。
――グサリ。
マカロニの手にした包丁が、ユウサクの腹部へと深々と突き刺さる。しかし、ユウサクは血を吐きながらも、彼女を離さなかった。
そんな惨状を冷徹に見つめていた聖剣デュランダルが、ユウサクの腰で重々しく口を開いた。
デュランダル「……おいユウサク。無茶をするな。この狂態は、急に薬を絶ったからだ。この地獄を止めるには、皮肉にもあの毒を薄めて与え直すしかないぞ。徐々に、徐々に抜かなきゃならんのだ」
聖剣のリハビリ計画と、深夜の対話
その日から、聖剣デュランダル主導による「計画的な薬物脱却リハビリ」が開始された。広場の中央、地面に深く突き立てられた聖剣は、里の司令塔となった。
リハビリが始まって一ヶ月。禁断症状の波が引き、少しずつ理性が戻り始めたマカロニは、毎夜、広場の聖剣の元を訪れるようになった。
マカロニ「……どうして、私なんかに構うのですか。私は、あなたたちを騙して、釜に放り込んで……殺そうとしたのに」
月明かりの下、地面に突き刺さったままのデュランダルが、静かに答える。
デュランダル「……俺はな、数百年の間、数えきれないほどの『愚か者』を見てきた。己の弱さを隠すために嘘をつき、誰かを犠牲にして延命を図る……そんな奴らばかりだ。お前もその一人に過ぎん。……だが、お前は生きている。その痛みは、呪いという名の薬に頼らず、自分の足で立つ痛みだ。逃げるな。俺様が、お前が自分の足で歩けるようになるまで、時間を数えてやる」
聖剣の、突き放すようでいて芯まで温かい言葉に、マカロニは初めて、薬物の高揚感ではない本物の涙を流した。
三ヶ月後の夜明け
聖剣の細やかな、時に厳しい指導。ネネが調合する希釈液、ユウサクの献身的な介護、そして何よりデュランダルとの対話を経て、里は変わっていった。
三ヶ月後。
隠れ里を覆っていた霧は完全に晴れた。
かつてよだれを垂らし、虚空を睨んでいたタヌキたちは、今や畑を耕し、自分たちの足で大地を踏みしめている。
聖剣の決断
出発の朝。ヴァレリアが広場の中央に歩み寄り、愛剣デュランダルを地面から引き抜こうとした。だが、その手は聖剣の意思による「拒絶」の霊気に弾かれた。
ヴァレリア「……え? 師匠、どうしたの?」
地面に突き刺さったまま、デュランダルは重々しく口を開いた。
デュランダル「……ヴァレリア。俺はこのまま、この里に残ることにした」
ヴァレリア「な、何言ってるのよ! 私を置いていく気!? 師匠がいなきゃ、私の剣は……!」
デュランダル「落ち着け、馬鹿弟子。三ヶ月でようやく『普通』に戻ったが、こいつらの魂に染み付いた毒を完全に洗い流すには、まだ時間が足りん。このまま俺たちが去れば、こいつらはまた別の『何か』に依存し始める。……あと最低でも一年は、計画的なリハビリと俺のカウンセリングが必要だ」
聖剣の言葉には、揺るぎない覚悟が宿っていた。
デュランダル「マカロニも、里の連中も、まだ危うい。俺様が最後まで責任を持って、こいつらを叩き直してやる。……ヴァレリア、お前はもう一人で歩けるはずだ。不器用で、阿呆で、すぐに拳を出すがな」
ヴァレリア「う、うわあああああん!! 師匠ぉぉぉ!!」
広場にヴァレリアの号泣が響き渡る。それを一瞥し、デュランダルはユウサクとネネにも言葉をかけた。
デュランダル「ユウサク、ネネ。こいつを頼むぞ。……一年後、またここへ迎えに来い。その時には、この里を世界で一番『健康』な場所にしてみせる。……じゃあな、ヴァレリア。達者でな」
賢者の溜息
里の入り口にある石碑に腰をかけ、相棒を失って泣きじゃくるヴァレリアと、地面に突き刺さったままのマッチョな聖剣を遠い目で見つめていたネネは、ふと深い溜息とともに独り言を漏らした。
ネネ「……私たちは、一体この数か月、何をやってたのかしら」
世界を救う旅の途中で、まさか聖剣を依存症更生施設の院長として失うことになるとは。
不毛で、けれど皮肉にも多くの命を救ってしまった季節。
一年後の再会を約束し、一行は相棒のいない、どこか静かすぎる旅路へと再び足を踏み出すのだった。
(第十四章 第十話 終了)




