第六話:招かれざる神と、供物の正体
ユウサクと聖剣を飲み込んだ釜が消え去り、静寂が訪れるかと思われたその時、隠れ里の広場に再び異変が起きた。
先ほど釜を持ち去ったはずの「空間の裂け目」が、不気味な音を立てて再び開き始めたのだ。
こぼれ出る暗黒の霧の中から、まず一本の巨大な『足』が突き出された。
続いて、節くれ立った細長い『腕』が空間の縁を掴み、無理やりこじ開けるようにして『頭』が、鳴り響く空間 の歪みから這い出してきた。
「ひ、ひぃぃ……っ!」
里にひしめくタヌキ族の忍たちが、一斉に後退り、地面に平伏した。
そこに現れたのは、身長二メートルを超える、異様に細身で長身の一つ目の鬼であった。その単眼には、人知を超えた叡智と、それ以上に深い「困惑」と「怒り」が煮えたぎっていた。
神の激怒
召喚された一つ目の鬼は、膝をついてハァハァと荒い息をつくと、巫女姿でトランス状態にあったマカロニを、その大きな一つ目で射抜くように睨みつけた。
「おい……おいマカロニ! 貴様、なんてものを捧げやがったんだ!!」
神の、あまりにも世俗的で切実な怒鳴り声が広場に響き渡った。
マカロニ「……ぱちんっ!」
マカロニは指を鳴らされたような衝撃と共に、意識を現世へと戻した。目の前に現れた先祖代々の守護神の姿に、彼女は当初、歓喜の表情を浮かべようとしたが――相手の剣幕があまりに異常だった。
マカロニ「え……!?」
一つ目の鬼「『え』じゃない! どうするんだこれ! この状況をどうやって収束させる気だ、このバカ娘!! ユウサク……あいつが寝ているうちに、今のうちに謝れ! さもなくば、里ごと消えるぞバカ野郎!!」
一つ目の鬼は、もはや威厳などかなぐり捨て、ガタガタと震えながらマカロニに詰め寄った。
盟約と供物の論争
しかし、里の長としての誇りを持つマカロニも、意を決して言い返した。
マカロニ「……先祖の神が、何を仰るのですか! 私は古の召喚儀式に則り、正式に手順を踏みました! 我らタヌキ族が手に入れた、類まれなる『強大な力』を持つ器を捧げたのです! 神は盟約に従い、その供物を受け取る代わりに、我らに従属し、力を貸す義務があるはずです!」
一つ目の鬼「従属だぁ!? 貴様、あの男が何者か分かって言っているのか!! 激昂するな、話を聞け!! 宇宙には、捧げていいものと、絶対に捧げてはいけないものがあるんだ!!」
一つ目の鬼の単眼が、恐怖で血走る。
マカロニ「神ともあろうお方が、一度受け取ったものを返すなど、それこそ盟約違反です! 私は里を守るために、あの最強の盾を捧げたのです!!」
一つ目の鬼「盾じゃない! あれはただの『歩く終末』だ!!」
そこから、里の中央広場で、召喚された神と巫女による、世にも稀な「供物の受取拒否」を巡る言い争いが始まった。
「受け取れ」「いらん」「契約だ」「無理なものは無理だ」
タヌキたちが呆然と見守る中、その神学的なようでいて極めて次元の低い口論は、優に三十分以上も続き、里の空気は次第に微妙なものへと変わっていった。
聖母の覚醒、次元の和解
そんな収集のつかない言い争いの最中、放置されていた釜の中から、むくりと一つの影が起き上がった。
ユウサクである。
彼は寝ぼけ眼をこすりながら釜から這い出すと、ふらふらとした足取りで激しい口論を続けるマカロニと一つ目の鬼の間に割って入った。
ユウサク「……だめじゃないか。喧嘩しちゃ」
ユウサクは、驚きで固まった二人の手を、有無を言わせぬ力強さでガシッと掴んだ。そして、聖母のような……あるいは深い絶望を経てどこか壊れてしまった者のような、どこまでも澄んだ瞳で微笑みながら、互いの手を力任せに握手させた。
ユウサク「ほら、仲良くして。喧嘩は心の傷になるんだよ。ね?」
一つ目の鬼「…………ッ!?」
一つ目の鬼は、至近距離で浴びせられたユウサクの底知れないオーラと、握られた手の不気味な熱量に、本能的な恐怖で身をすくませた。この男とこれ以上関わってはならない。神としての直感が、全力で警報を鳴らしていた。
一つ目の鬼「……じゃあ、な。俺は帰るぞ」
鬼はそれだけを絞り出すように言い残すと、ユウサクの手を振りほどくようにして、開いた空間の裂け目の中へと逃げるように消えていった。




