第三話:脱出の夜と、脱走の果ての激突
深夜の静寂を切り裂くように、牢獄の重い扉が静かに開いた。
ユウサクはマカロニから受け取った鍵を使い、天井から逆さ吊りにされていたヴァレリアとネネを素早くおろした。
ネネ「……う、うう。頭に血が上って死ぬかと思ったわよ……」
ヴァレリア「面目ない……。勇者が、中身を出し切るまで待たれるなどという屈辱……」
二人はフラフラになりながらも、マカロニに導かれて暗い地下通路を走り出した。
案内するのは、先ほどまで一行をハメて食料にしようとした、あのタヌキの少女だ。
罵声と逃走
四人で野盗の拠点を抜け、深い森の中へと逃げ込む。だが、ネネの怒りは収まる気配がなかった。
彼女は前を走るマカロニのふさふさとした尻尾を睨みつけ、容赦のない言葉を浴びせる。
ネネ「ちょっと、そこの人食いタヌキ! いい加減にしてよね! よくも私たちを刺身にしようとしてくれたわね! 今度変な真似したら、あんたを毛皮にして、私が食ってやるんだから!!」
マカロニ「ひ、ひぇぇっ! ごめんなさい、ごめんなさいぃ……! 命令だったんですぅ……!」
涙目で怯えるマカロニの様子に、ユウサクがたまりかねて口を挟んだ。
ユウサク「いいじゃないかネネ様、こうして助けてくれたんだ。あそこで生き残るには、彼女だってああするしかなかったんだよ」
ネネ「……あんた、まだそのタヌキに感情移入してんの? 本当におめでたいわね」
ユウサクの言葉にもネネは鼻を鳴らす。
一ヶ月の地獄を知るユウサクにとって、生存本能で動くマカロニの姿は、どうしても他人事には思えなかった。
牙と爪、そして意固地な勇者
そんな険悪なやり取りを続けながら、一行が険しい斜面を駆け上がっていた、その時だった。
――ビタンッ!
乾いた音と共に、先頭を走っていたマカロニが糸が切れた人形のように地面に倒れ伏した。
マカロニ「ふぇーっ! いたい、いたいですぅ……!」
マカロニが情けない声を上げて転がった直後、背後の闇から鋭い殺気と共に、人型の狼が姿を現した。
ヴァレリアは素早く駆け寄り、マカロニを助け起こしながら、迫りくる獣を鋭く見据えた。
ヴァレリア「追いついてきたか。……さすがだな、狼なだけはある」
ヴァレリアは不敵に笑い、腰の聖剣の柄に手をかけた。
ヴァレリア「ふふ、犬っころ。そんなに私たちの肉が食いたいか? ならば、この聖剣が貴様の喉笛を代わりに裂いてやろう!」
狼の亜人は返事の代わりに、走りながら腰の湾刀を抜き放った。
一気に間合いを詰めた狼が、ヴァレリアの首を狙って鋭い横一閃を放つ。
ヴァレリア「――せいッ!」
カキンッ!!
剣と剣が激しく交錯し、火花が散る。だが、体勢の悪かったヴァレリアは、何度か倒れては起き上がりを繰り返し、泥まみれになりながらどうにか立ち上がった。
デュランダル「……おいおい。もう何度目だ? さっきからずっと尻餅ついてるじゃないか」
腰の聖剣デュランダルが、呆れたように、しかし的確な指摘を飛ばす。
デュランダル「ヴァレリア、お前いい加減に認めろよ。お前は素手で戦え。お前に剣は向いていない。その手は殴るためにあるんだ」
ヴァレリア「うるさい! 勇者は剣で戦うものだと決まっているのよ! 私は、絶対に剣で……!」
意固地になって再び剣を構え直すヴァレリア。
だが、その死角からもう一つの影――兎の亜人が音もなく跳躍した。兎は足に仕込んだ隠し刃を剥き出しにし、ヴァレリアの無防備な首筋をめがけて、必殺の蹴りを放つ。
「死ねッ!」
――バチィィィィィィンッ!!!
鼓膜を震わせるような激しい衝撃音が、森の静寂を粉砕した。
だが、飛ばされたのはヴァレリアではなかった。
首筋を狙った兎の蹴りに対し、ヴァレリアは無意識のうちに――あるいは本能的な反応で、聖剣を握ったまま、それを上回る速度のハイキックを叩き込んでいたのだ。
兎亜人「ぎ、ぎゃあああああああッ!?」
顎を砕かれた兎の亜人は、錐揉み回転しながら遥か後方の木々へと吸い込まれていった。
ユウサク「…………」
デュランダル「…………」
見事な「足技」で敵を粉砕したヴァレリアは、まだ剣を正しく構えることに必死で、自分が何をしたのか半分も理解していない様子だ。
デュランダル「……ほらな」
ユウサク「ほら、言わんこっちゃない。完全に格闘家じゃないですか……」
二人の深い溜息が重なる中、ヴァレリアだけは「今の私の剣技、見たか!?」と、的外れな自信を深めるのだった。
矛盾の覚醒、右の直撃
デュランダル「気を抜くな!!」
聖剣の叫びと共に、狼の亜人による凄まじい追撃が始まった。
仲間を飛ばされた怒りに狂い、狼は低く鋭い姿勢でヴァレリアの懐へ潜り込もうとする。その速さは、先ほどまでの比ではない。
絶体絶命の瞬間、ヴァレリアの脳内で何かが弾けた。
ヴァレリア「……そうか! 剣で受けながら、殴ればいいのね!!」
不器用な者が、あろうことか間合いも使い方も全く違う「剣」と「拳」という二つの攻撃を同時に扱うという、常人には到底不可能な……神がかり的と言えば聞こえはいいが、無茶苦茶な手法。
デュランダル・ユウサク「(あーあ……)」
案の定、ヴァレリアは重い聖剣に振り回され、独楽のようにフラフラと足取りを乱した。
だが、その予測不能な「ぐらつき」こそが、狼の亜人を困惑させた。
狼亜人「な、なんだ!? なんの動きだ……それはッ!!」
狼が狼狽し、一瞬だけ反応が遅れたその瞬間。
ヴァレリアの腰の入った右ストレートが、まさに一点の曇りもなく狼の顔面にめり込んだ。
――ドォォォォン!!
肉が潰れる生々しい音と共に、狼の巨体は文字通り吹き飛び、闇の向こうへと消えていった。




