第二話:熱狂の罠と、再度の投獄
マカロニに導かれて辿り着いた村は、不気味なほどに活気付いていた。
一行が村の入り口をくぐった途端、なぜだろう、異様なまでの歓迎を受けたのだ。
村の中央広場には、急造とは思えない立派な野外ステージが組まれていた。そこでは次々と出し物が披露され、なまめかしい踊りや音楽の生演奏、さらには風刺の効いた演劇や漫談まで、多種多様なエンターテインメントが一行の目を楽しませる。
村人たちは、飲めや歌えのどんちゃん騒ぎを繰り広げている。
これまでの旅で酒に酔って失敗するという苦い経験を何度も積み重ねてきた一行は、差し出される酒を警戒し、当初は一切手を付けずにいたのだが……。
マカロニは、その幼い顔立ちに似合わぬ艶かしい手つきで、ユウサクの腕に自分の胸をぐいぐいと押し付けながら、甘い声でお酌を迫った。
アナトリアでの一ヶ月、女性(と信じていたもの)に散々な目に遭わされていたユウサクは、久しぶりの「本物の美少女」からの露骨な誘惑に、あっさりと我を忘れてしまった。
ユウサクが飲み始めると、それにつられるようにネネもヴァレリアも, 次々に杯を煽り始めてしまった。
――そして。
数分後には、三人は糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちて眠り込んでしまった。
喰らう者、変異の影
ユウサクがかすむ視界の中、ゆっくりと目をあけると、そこには見たこともない異様な光景が広がっていた。
鼻をつく獣の臭い。
ユウサクが顔を上げると、目の前に狼の頭を持った二足歩行の亜人が立っていた。そいつは獰猛な顔をユウサクの至近距離まで近づけると、首筋のあたりをクンクンと執拗に嗅ぎまわった。
狼亜人は顔をしかめると、唾を吐き捨てて仲間の兎亜人に声をかけた。
「この男、やっぱり臭えな。脂も回ってねえし、今すぐ食うのは無理だ。燻製か何かにして、冬場の保存食にでも回しておけ」
ユウサクが「保存食」という不名誉な扱いに絶望していると、兎寄りの亜人が鉄格子を掴み、中を覗き込むようにしてヴァレリアとネネを凝視した。
「女の方はいいわね……。肌も白いし、肉も柔らかそうだわ。ねえ、この二人は『刺身』にしましょうよ。新鮮なうちに塩だけ振って、薄く捌いて食べるのが一番よ」
狼亜人が頷く。だが、兎亜人はさらに恐ろしい手順を付け加えた。
「でも、まだよ。まずは中を綺麗にしないと。一日吊るして、排泄が全部終わるのを待つの。お腹の掃除が済んでから捌くのが、一番肉に臭みがなくて美味しいんだから。うふふ、楽しみねぇ」
事態を把握し始めたユウサクの視界で、狼の亜人が足元に転がっていた赤い毛玉のようなものを力任せに蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされた赤い毛玉が短い悲鳴を上げて転がり、その正体を現す。
それは、ユウサクが鼻の下を伸ばして助けたはずの少女、マカロニだった。
彼女の尻からはふさふさとした茶色い尻尾が生え、その顔つきは人間に化けきれていない獣の面影を色濃く残している。
ユウサク「(……タヌキ? マカロニ、お前タヌキだったのか……?)」
ネネが言っていた亜人種の変異体とは、食欲に支配され、人間に化けて獲物を誘い込むこの化け物たちのことだったのだ。
ユウサク「(……タヌキ。そうか、タヌキだったのか。タヌキといえば、古来より人を化かしつつも、最後には人間に狩られる悲劇の象釈……。わかる、わかるぞ。お前もそうやって、この過酷な世界で生きるために必死に化けていたんだな)」
何をトランス状態に入ったのか、ユウサクは檻の隙間からマカロニを見つめ、まるで生き別れた戦友と再会したかのような、深い慈愛と共感の入り混じった瞳でボロボロと涙を流し始めた。
ネネ「……ちょ、ちょっと。あんた……」
ネネの至極真っ当なドン引きも、今のユウサクには届かない。
自分たちが吊るされ、中身を出し切るまで待たれた後に刺身にされるという恐怖の調理法を提案されている最中だというのに。
ユウサクは檻の中でただただ嗚咽を漏らすしかなかった。
深夜の邂逅
夜中のことだった。
静まり返った石造りの牢獄に、ガサゴソという微かな物音が響いた。
その奇妙な音で、ユウサクはふと目を覚ました。重い瞼を上げ、ぼやける視界を鉄格子の外へ向ける。
そこには、先ほど手酷く蹴り飛ばされていた、あの赤い毛玉――タヌキのマカロニがいた。
彼女は周囲を怯えたように警戒しながら、小さな手で器用に鍵束を操っている。
カチャリ、という小さな金属音。それは、マカロニが内密に牢獄の鍵を開けてくれている音だった。




