第五話:ネネの懸念と、不気味な空白
アナトリアの城壁の上。朝の光が差し込む中、魔王軍の軍勢が刻一刻と迫っていた。城門の前では機械兵たちが朝日にそのボディをぎらつかせ、トロール族の戦士たちが重い足音を立てて迎撃の準備を整えている。
そんな喧騒の中、ネネは隣にいるユウサクをじっと見つめて考え込んでいた。
ユウサクには、あまりにも主体性がなさすぎる。これまでの行動を振り返っても一貫性がなく、その本質は「何もない」というのが正解なのだろう。周りに振り回され、流される。外堀を埋められれば、たとえ相手が男であってもそのまま付き合ってしまうような、ダメな奴だ。
だが、ネネが危惧しているのはそこではない。彼は「正義」にも「悪」にも、いとも容易く染まってしまう危うさがある。そして、彼自身が強いのか強くないのかはっきりしない、底知れない不気味さがあった。もし敵に回せば、取り返しのつかないことが起きそうだ。ヴァレリアのような生真面目な者の側で常に生活させ、監視しておかなければ、この世界そのものがとんでもないことになってしまう――。
ユウサク自身、自分がかつて「魔王」であったことなど、微塵も知らないままだった。
異形の軍勢と、冥界の凱旋
そんなネネの思考を、ヴァレリアの声が遮った。
「おい、あほ男。準備はいいか?」
「あほじゃない……たぶん」
ユウサクは情けない返事をしながら、軍から支給された装備品をぎゅっと握りしめた。
城門の向こう、遠方に見える魔王軍の軍勢は異様だった。巨大な木や草が意思を持って歩き、空には人型の巨大な昆虫たちが不気味な羽音を立てて飛来している。まるでおとぎ話に出てきそうな独創的な風景だが、それは同時に最悪の悪い夢を見ているかのようでもあった。
その時、ネネが静かに、そして禍々しい詠唱を始めた。
「――死の門よ開け。冥界の底、忘却の淵より這い出よ。我が命に集い、生ける者の理を喰らい尽くせ。……『冥府招来・万死의 凱旋』!」
突如として地面から黒い霧が立ち込め、土の下から無数の亡霊や骸骨が這い出してきた。腐った肉の断片を滴らせ、泥を噛んだままの指先が石畳を掴む。生者への呪いを撒き散らしながら、泥まみれの剣を引き抜く死者の群れ。味方の兵士たちからも「ひっ……!」「なんだこれ、味方の中に化け物がいるぞ!?」と悲鳴が上がる。
ユウサクは、平然と物騒なものを呼び出すネネの姿に、本能的な恐怖を感じていた。
四天王レアの飛来と、覇者の名乗り
そこへ、薄緑色の肌と神秘的な光沢を放つ四枚の羽を持つ娘が突然、アナトリア城門前に飛来した。彼女は圧倒的なスピードで、四枚の羽を細かく震わせて急制動をかけ、ネネの呼び出した死せる軍勢を蹴散らしながら、ユウサクたちの目の前に降り立つ。
レア「がたくたを アツメても やくに たたない」
冷たい視線で彼女は言い放つ。
レア「わたしは レア。 まおうの むすめ。 してんのう。……おまえたち みんな ボロボロにする」
高らかに蹂躙を宣言するレアに対し、ヴァレリアが剣を天空に突き上げた。
ヴァレリア「我は人類の希望、世界の希望、破壊の希望、そしてこの世の覇者、美少女戦士ヴァレリアだ!!」
そのあまりに痛々しい口上に、ユウサクは顔を真っ赤にしてうつむいた。魔王軍との戦場だというのに、味方の恥ずかしさで死にそうになっていた。
レアは勇者の名乗りを聞くと、ユウサクを一度だけじっと一瞥した。そして、何も言わずに背中の四枚の羽を強く羽ばたかせると、はるか後方に控える自軍の陣営へと、悠々と戻っていった。
レア「……もどる」
一体、なんだったのか……。
名乗りのポーズを決めたまま固まっているヴァレリアと、羞恥で顔を真っ赤にしているユウサク。圧倒的な力を見せつけた四天王の少女が、ユウサクを一瞥しただけで自軍へと引き揚げていくという、何とも言えない気まずい沈黙だけが、アナトリアの城門前に漂っていた。
(第十三話 第五話 終了)




