第二話:トロールの街と、盗んだバイクで走り出したい夜
城から逃げるように街へと繰り出した一行だったが、そこにあるのは安らぎではなく、さらなる絶望の延長線上だった。
「うっ……ううっ……。俺の、俺の尊厳が……」
路地裏のベンチで、ユウサクは顔を覆ってボロボロと涙を流していた。あの晩餐会での出来事、トロール王女の不潔な口づけと口腔内への蹂躙が、フラッシュバックのように彼の脳裏を駆け巡る。
ヴァレリア「……よしよし、災難だったわね、ユウサク。あんなに泣くなんて、本当にかわいそうに……」
普段はユウサクに振り回されてばかりのヴァレリアだったが、今日ばかりは母性本能をくすぐられたのか、珍しく彼の背中を優しくさすって慰めていた。その手つきは、どこか怯えた小動物をあやすかのようだった。
ネネ「……ふん、当然の報いよ。普段から人を騙したりしているから、神様がバチを当てたのよ。自業自得ね」
ネネは冷めた目で二人を見下ろし、一口啜った。彼女にとって、ユウサクの受難は単なる「自業自得の喜劇」でしかないようだった。
機械と人間、そしてトロールの圧力
この都市国家アナトリアは、表向きは魔法と機械が調和した理想郷とされている。
街を行き交う人間たちは、旧時代の遺物であるバイクや車を器用に整備し、自律歩行するアンドロイドと共に、また別のアンドロイドを修理するという、奇妙に洗練された光景を作り出していた。
しかし、その平和な風景の至るところに、トロール族の影があった。
二メートルを超える巨躯の彼らは、その豪快すぎる気質で街の空気を支配している。人間たちは、彼らと「手を取り合っている」と言えば聞こえはいいが、実際にはその圧倒的なパワーと美的センスに押され気味に生活していた。
つい先ほども、街を歩いていたユウサクは、買い物帰りのトロールの奥様方に囲まれ、もみくちゃにされたばかりだった。
「あら、なんてかわいい坊やなの!」と脂ぎった手で頬を引っ張られ、巨大な胸に抱きしめられ、挙句の果てには生臭い魚の頭を握らされた。ユウサクにとって、それは親切心の皮を被った暴力だった。
自由を求めて、夜の帳へ
ユウサクはガタガタと震えながら立ち上がり、遠くに見える鉄の城郭を恨めしげに見上げた。
ユウサク「……怖い。この街が、トロールたちが、全部怖い……。もう、あんな魔窟には帰りたくない……」
ヴァレリア「but、帰らないわけにはいかないわよ? 王様が待ってるし……」
ユウサク「嫌だ! 僕は自由になりたいんだ! ……今すぐ、そこらへんにある盗んだバイクで走り出したい気分だよ……」
ユウサクはうつむき、どこかで聞いたようなフレーズを力なく呟き始めた。
ユウサク「……夜のトバリの中へ消えたいんだ。誰も俺を知らない、誰も俺の股間を掴まない、誰も肉汁混じりのキスをしてこない場所へ。……盗んだバイクで……」
「……あーあ。バイク、盗んじゃダメだよ?」
唐突に上から降ってきた涼やかな声に、ユウサクは顔を上げた。
そこには、整備用のレンチを肩に担いだ、ポニーテールの赤毛の少女が立っていた。油汚れさえも飾りにしてしまうような、ハツラツとした可愛らしい人間族の少女だ。
赤毛の少女「そんな悲しそうな顔して犯罪予告なんて、アナトリアの治安も焼きが回ったもんね。ねえ、あんた。バイクなら盗まなくても、あたしが直したやつを安く貸してあげようか?」
トロールたちの肉厚な暴力に晒され続けていたユウサクにとって、その「普通の人間」の少女の存在は、暗闇に差し込んだ一条の光のように見えた。
ユウサク「……天使だ。天使が、レンチを持って立っている……」
ネネ「……あんた、本当に末期ね」
絶望の底で出会った赤毛の整備士。
この出会いが、ユウサクの「自由への逃走」を加速させるのか、それとも新たな騒動の引き金となるのか。
(第十三章 第二話 終了)




