第十一話:最強の定義、死してなお止まぬ研鑽
大剣から噴き出した黒い影は、工房の戸を蹴破り、荒涼としたドワーフの村の広場へと逃れ出た。
風に舞う砂塵の中、実体化した骸骨剣士は、マカロニが投げた無用の長物――風に流されたお札を踏みにじり、青白い炎を宿した眼窩をゆっくりと動かして、追ってきた一人の女戦士を捉えた。
「……ほう。貴様が、我が一時を預けた宿主か」
骸骨剣士は、黒く煤けた長剣の先を、月明かりの下に立つヴァレリアへと向けた。カタカタと顎を鳴らすその音は、蔑むような笑い声となって夜の静寂に響く。
「我の力が抜けた途端、随分と弱々しくなったものよな。我の力という支えがなければ、ただの泣き虫の小娘に過ぎぬ貴様が……。我を宿していた間だけ味わった万能感に酔い、さも己の力であるかのように振る舞っていたとは。滑稽よ」
かつて狂戦士の影に呑まれていた時のヴァレリアを知るからこそ、その言葉には実体化した亡霊にしか出せぬ重みがあった。
ヴァレリアの反撃
しかし、ヴァレリアは気圧されるどころか、広場の中心で鼻で笑い飛ばした。
彼女はゆっくりと歩を進め、剥き出しの肉体に宿る確かな筋力を誇示するように、一歩前へ踏み出す。
「……勝手なことを言っていろ、骨の随まで腐り落ちた亡霊風情が。私がいなければ実体すら保てず、剣の一振りもできぬ寄生虫だったのは、どこの誰だ?」
ヴァレリアの瞳に、影ではない、彼女自身の闘志が宿る。
「私がいなければ、貴様はただ剣の中に閉じ込められた惨めな残留思念だ。剣士として存在することさえ、私の肉体があって初めて叶ったことだろうに。恩を忘れたか?」
死してなお止まぬ研鑽
骸骨剣士の纏うプレッシャーが、より鋭く、冷たく研ぎ澄まされる。
「貴公とは、根底からして違うのだ。……努力もせず、『勇者になりたい』などという空虚な妄言を繰り返し、己を偽り続ける軟弱な貴公らとはな」
骸骨剣士は、盾を構え直し、剣を上段へと掲げた。
「最強を目指すには、人の命はあまりに短い。肉体という制約がある限り、真の極致へは届かぬ。……私は死してなお、この骨に研鑽を刻み込んできた。死を越え、数多の時を経て完成に近づいた我の剣……」
広場を囲む建物が震えるほどの殺気が渦巻く。
「受けよ。これが、魂を削り、無窮の闇の中で磨き上げた一撃だ」
規格外の暴力
骸骨剣士の絶対的な自信を前に、ヴァレリアは不敵に唇の端を吊り上げた。
「……お前は、考え方が古いのだ」
ヴァレリアは無造作に大剣を手に取ると、その切っ先をあえて身体の背後へと向ける、異様な構えを取った。広々とした屋外では、剣の長さを隠し、間合いを測らせないこの構えがより威力を発揮する。
「行くぞ」
爆発的な踏み込み。ヴァレリアは弾丸のような速度で突進し、骸骨剣士との間合いがゼロになる直前、急停止した。
――「慣性の法則」と「遠心力」。
自身の肉体を強固な軸とし、背後に隠していた大剣を一気に薙ぎ払う。
ゴォォォォン!!
広場の砂塵を巻き上げ、暴風を伴う破壊的な圧力が骸骨剣士を襲う。骸骨剣士は瞬時に大盾を構えてそれを受け止めた。
「ふん……貴様のパワーなど、人相手には無用なほど過剰なだけよ。我の盾を抜くことなど――」
言いかけた骸骨剣士の腕が、メキメキと悲鳴を上げた。二〇〇キロ近い鉄塊が、物理演算を無視した加速で叩きつけられているのだ。
バキン!!
激しい音と共に、亡霊の盾が粉々に砕け散った。骸骨剣士は辛うじて身体を縮ませ、自身の頭上を轟音と共に過ぎ去る大剣の軌道から逃れる。
「……馬鹿め! 大振りの後は隙だらけよ!」
骸骨剣士は盾の破片を捨て、即座にカウンターの突きを放とうとした。
だが、その予想は再び裏切られる。ヴァレリアは振り抜いた大剣の凄まじい重みを、筋肉の力だけで強引に制御し、そのまま追撃の横薙ぎへと転じた。
「なっ……!?」
骸骨剣士は驚愕し、大きく跳んで間合いを外した。
「……規格外だ。あの大剣、二〇〇キロ近くあるのだぞ……!?」
ヴァレリアは、本来なら大人数で運ぶべきその鉄塊を、まるで羽ペンでも振るうかのように軽々と、左右に振り回している。
「毎秒一回転させるだけでも、その腕には八〇〇キロもの負荷がかかっているはずだ……! 貴公、その身体はどうなっているのだ……!?」
蹂躙の打撃:本質の欠如
「だがしかし……スピードと技術には勝てぬ!」
骸骨剣士は叫び、超高速の跳躍で夜の闇にその姿を消した。
だが、ヴァレリアは剣を振るうことさえしなかった。
突如として背後に現れた骸骨に対し、彼女は最短距離での前蹴りを叩き込んだ。
――ドゴォッ!!
さらに、怯んだ骸骨の顎へ容赦のない右ストレート、そして電光石火のワンツー。
「が、はっ……!?」
仕上げに、ヴァレリアは跳躍し、全体重を乗せた「飛び膝蹴り」を骸骨剣士の胸板に沈めた。ひび割れた甲冑が砕け、骸骨の全身に蜘蛛の巣のような亀裂が走る。
「……な、何なのだこれは……! 剣の対決ではないのか……!」
無惨に石畳を転がる骸骨剣士が、怨嗟の声を漏らす。
「……倒せればいい。私はその境地に達したのだ。ふふふ……」
ヴァレリアは不敵に、そして狂気を感じさせる高笑いを上げた。
「貴様は技術に溺れ、剣に固執したあまり、闘争の本質を見ていない。だからいつまでも未練を捨てられず、惨めな亡霊になったのだ。はははっ、はーっはっは!」
ヴァレリアは笑いながら、よろめき立つ骸骨の首筋を強引に掴み、「首相撲」の形に持ち込んだ。逃げ場を失った骸骨の腹部へ、無慈悲な膝蹴りを連打で叩き込む。
――バキッ! メキッ! ――
もはや抵抗する力も残っていない骸骨剣士を、ヴァレリアは地面へと叩き伏せた。そのまま馬乗りになり、拳に全ての筋力を込めて、その頭蓋へと「パウンド」を叩き込み続ける。
数分後。
オアシスの冷たい大地に残されていたのは、かつて最強を求めた剣士の残滓――ただの白い骨粉と化した亡霊の成れの果てだった。
「……哀れだな」
ヴァレリアは返り血ならぬ骨の粉を払い、静かに立ち上がった。その背中は、月明かりの下で一人の完成された戦士として、異様な威圧感を放っていた。
マカロニの「マッチポンプ」
「パチパチパチパチ……! いやぁ、お見事ですぅ! ヴァレリア様、もはや剣士というより破壊神ですねぇ!」
その凄惨な対決の様子を、影から特等席で見守っていたマカロニが、能天気に手を叩きながら躍り出てきた。彼女は砕け散った骨粉を見下ろすと、何かを閃いたように下卑た笑みを浮かべた。
「……決めましたぁ。この街、オアシスの再生計画案・第二弾ですぅ!」
「……嫌な予感しかしないんだが」
ユウサクが引き気味に呟くが、マカロニの妄想は止まらない。
「ここに『薬物リハビリテーションセンター』を作りましょう! 私がばら撒いた薬の怖さを、私が治療してあげるんですぅ。もちろん、実務は全部ここの現地人にやらせて、私は管理費と治療費だけを徴収する……。ぐふ、ぐふふふふ……!」
自分の不祥事をビジネスに変えようとする、救いようのないタヌキの笑い声が、夜の広場に響き渡った。




