第九話:ガマの里、種族の境界線
トカゲ族の切実な願いに応じ、一行が降り立ったのは、敵の本拠地「ガマの里」であった。
辺りには粘つく霧が立ち込め、巨大な両生類たちの不気味な鳴き声が響き渡る。
その異様な光景を前に、ユウサク一行は言いようのない「種」としての壁を感じていた。
「……ヴァレリアさん、これって本当に『勇者の務め』なんですかね?」
ユウサクは、巨大なガマたちが蠢く里の深部を見つめ、虚しそうに呟いた。
「これ、もう生存本能からして僕ら哺乳類とは全然違うんじゃないですか。卵を産むだの、苗床にするだの……」
「住む世界も理も違いすぎる。だとすれば、僕たちがこれ以上肩入れする意味なんて、ないんじゃないかな……」
その言葉に、ボロ雑巾のようになりながらも一行に付き従っていたトカゲのリーダーが、必死の形相で縋り付いた。
「そ、そんなこと言わないでください……! 繁殖できないなら、我々は生きる意味を失うのです! 卵を繋ぐことこそが、我々の世界のすべてなのです!」
だが、その悲痛な叫びを遮ったのは、ヴァレリアから放たれた、人のものとは思えぬ低く冷徹な声だった。
「……意味など、どうでもいい」
ヴァレリアが振り返る。
その肌はいまだに「補給」による妖しい艶を放ち、手にする大剣からは黒い思念がどろりと溢れ出していた。
「争いが、私を求めるのだ。もはや理屈ではない。そこに戦場があるならば、私はただ往き、蹂躙する。それだけだ」
戦うためだけに存在する獣のようなその言葉に、ユウサクはあっけにとられ、背筋に寒いものを感じた。
「……ヴァレリアさん……」
これ以上、この狂戦士を野放しにはできない。ユウサクは隣のネネに視線を送った。
「ユウサク……ネネ、なんとかしてくれ!」
「ええ、そうね……。少し休んでもらいましょうか」
ネネが指先で魔法を編み、短い呪文を唱える。
――ドサリ。
凄まじい闘気を放っていたヴァレリアが、糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。
「ZZZZ……」
地面を揺らすような寝息を立て始めるヴァレリア。
狂戦士の思念ごと、深い眠りに落とされたようだった。
「……ああ、やっぱり最初から荷車を用意しておけばよかった……」
動かなくなった「鋼鉄の肉塊」を見下ろし、ユウサクは後の祭りの後悔に肩を落とした。
妥協の解決と撤収
里の奥からは、トカゲとカエルの特徴が入り混じった不気味なハーフたちが這い出し、一行を物珍しそうに眺めている。
ユウサクは溜息を吐きながら、ガマ族に掛け合って荷車と牽引役の牛を買い取った。
そして、意識を失ったままのヴァレリアとあの大剣を、数人がかりで無理やり荷台へと積み込んだ。
出発の際、ユウサクはまだ呆然としているトカゲに向き直った。
「いいか。もう無理やり襲うなんて不毛な真似はやめろ」
「ちゃんと話し合って、産まれた卵に『かけて』させてもらえ。それが一番平和的な解決法だぞ」
ユウサクはそれだけ言い残すと、ドナドナと揺られる荷車と共に、生物的な困惑を残したままの里をあとにするのであった。
オアシスへの一時帰還
一行は、里をあとにすると再びオアシスへと向かった。
そこで一行は、オアシスの退廃的な様子を再度目にすることになった。
ネネはマカロニにその有様をわざと見せつけ、「おまえ、よく街を観察して反省しろ」と厳しく言っていた。
マカロニはいたたまれなさそうに縮こまるしかなかった。
オアシスがあるドワーフ族の村に一時的にまいもどったのは、他でもない、剣の黒い呪いの相談だった。
ユウサクは「大剣を捨てようか」とみんなで相談したが、ヴァレリアが剣を失ったときの反動をかんがえると、捨てることもできなかった。
一行は名工ゴロの元を訪れ、剣を改めて鑑定してもらうことにした。
ゴロは神妙な面持ちで剣を見つめると、こう切り出した。
「……黒いのを追い出す? そんなことしたら著作け……じゃなくて、追い出された黒いなにかが、やっと住まいをみつけたのに、きっとあばれるぞ」
「使用者をのろいころすかもしれない」
その言葉に、マカロニが自信ありげに答える。
「のろいはまかせて。化かしのプロとして、その黒いのとやらを上手く手懐けてみせますよぉ」




