第八話:因果の外、狂戦士の残滓
温泉宿の一室。
白濁した粘液を洗い流し、ようやく人心地ついたネネとマカロニは、布団の上にへたり込みながら、今日起きた出来事をぶちまけていた。
「……信じられない。あんな不潔なトカゲたちに、あんな……あんな……」
ネネは顔を赤らめ、言葉を詰まらせる。その瞳には、いまだに抗えぬ本能がもたらした、最高の体験の余韻が残っていた。
「本当ですよぉ! タヌキに向かって卵を産めだなんて、どんな生物学的エラーですか! あんな屈辱、人権団体に訴えてやりたいですぅ!」
マカロニもわめき散らすが、その声にはいつもの覇気がない。
トカゲより恐ろしいもの
だが、二人の脳裏を占めている恐怖は、トカゲたちの生理的な蹂躙だけではなかった。
「……ねえ、マカロニ。正直に言って、トカゲより『ヴァレリア』の方が怖くなかった?」
ネネの問いに、マカロニは目に見えて震え上がった。
「言わないでください、思い出したくないですぅ……! あの、一糸まとわぬ姿でトカゲを両断するヴァレリア様……。羞恥心のかけらもなく、ただ『強さ』だけを体現したような、あの異様な気迫。今の彼女、完全に人を超えてますぅ……」
二人の脳裏には、全裸で胡坐をかき、震えるゲマを剛腕で捕らえたヴァレリアの姿が焼き付いている。取り残されたゲマが、今ごろどんな目に遭っているのか。想像しただけで、二人は背筋に氷を突っ込まれたような寒気を感じ、考えるのをやめた。
剣に潜む「黒い影」
そんな中、ふとした拍子にマカロニの表情が険しくなった。
「そういえば……ネネ様。気がつきましたか? ヴァレリア様が担いでいた、あの大剣」
「大剣? あんな巨大なものを温泉にまで持ってきてたこと?」
「いえ、そうじゃなくて。……あの剣の表面にまとわりついていた、どろりとした『黒い影』ですよ。私は見ちゃったんです」
マカロニは、隠れ里の忍として培われた「目」で捉えた真実を口にした。
「あれは、冥界の因果律の外にいる者……かつて世界を絶望に陥れたという『黒い剣士』の思念体です。ただひたすらに、ただ狂おしいほどに強さだけを求め、己の肉体を限界まで追い込み続ける狂戦士の残留思念……」
ネネは息を呑んだ。
「思念体……。じゃあ、ヴァレリアのあの極端な変貌も、筋肉への異常な執着も……」
「ええ、きっとそのせいです。あの思念がヴァレリア様の肉体に呼応し、彼女を『ただ強さを求めるだけの獣』へと書き換えてしまっている。今のヴァレリア様は、半分はその狂戦士の意志で動いているようなものなんですぅ……」
食堂の再会と、一日の「奉仕」
翌日の昼頃、ユウサク一行は約束通り、村の角にある食堂を訪れた。
しばらくして、入り口の扉が乱暴に開け放たれる。そこに現れたのは、あの日から丸一日、ゲマを「連行」していたヴァレリアだった。
「待たせたな。……細かい話を詰めようか」
現れたヴァレリアを見て、一行は絶句した。
彼女の露出した肌は、昨日とは比べ物にならないほど瑞々しく、内側から発光するような妖しい艶を放っている。それは、丸一日に及ぶ徹底的な奉仕を終えた直後の、生命力が溢れ出すような色香を纏っていた。
だが、その足元で引きずられている光景はあまりに凄惨だった。彼女は左手でゲマをずるずると引きずり、右手にはあの大剣を携えている。
「ひ、ひぎぃ……! 舌が、舌がもう限界だ……ちぎれるぅ……!」
ゲマは力なく呻き、二股に分かれた長い舌をだらりと垂らしていた。
ヴァレリアが彼を連れ去ってからの一日、彼女はゲマに何をさせたのか。爬虫類特有の、執拗に絡みつく舌を使い、己の全身の隅々までを愛撫させ、その生命力を余すことなく吸い尽くしたのだ。ヴァレリアの肌の輝きは、まさにその「精力」を補給した証であった。
ヴァレリアは食堂の中央まで来ると、ふと思い出したように、引きずっていたゲマを右手に、大剣を左手へと持ち替えた。
「……筋肉への配慮を欠かしては、良き戦士とは言えんからな。定期的に負荷を左右で入れ替えねば、バランスが崩れる」
大剣という重量物と、奉仕を終えたゲマという肉塊。それらを均等な『重り』として交互に持ち替えながら、ヴァレリアは満足げに鼻を鳴らした。
潤いに満ちたヴァレリアの肌と、舌を使い果たしてボロ雑巾のようになったゲマ。そのあまりにも一方的な支配関係を前に、ユウサクはただ黙って、冷めた飲み物を口に運ぶしかなかった。




