第四話:温泉郷の更生、あるいは保護者という名の呪縛
狂気のデジタル・テーマパークと化した『電脳隠れ里・コードガクレ』と、観光資源に成り下がった聖剣をあとに残し、ユウサク一行は大陸の中原――『中原』へと向かっていた。
その隊列の最後尾には、不服そうに唇を尖らせたマカロニの姿がある。
彼女をこのまま野放しにすれば、今度はどこでどんな「近代的な地獄」を作り出すか分かったものではない。そう判断したユウサクたちによって、彼女は半ば強引に連行されていた。
湯煙の休息
一行が立ち寄ったのは、険しい山間の道中に突如として現れる、温泉で有名な古びた村だった。
コードガクレのギラギラしたネオンや石畳とは対照的な、立ち上る白い湯気と硫黄の香り。ユウサクは村の茶屋の軒先で、蒸したての温泉まんじゅうを口に運びながら、ぼーっと遠くの山を眺めていた。
「……ふぅ。やっぱ、こういうのが落ち着くわ……」
激動の数日間を忘れ、脳を休めるユウサク。だが、その横ではマカロニがキャンキャンと高い声で抗議を続けていた。
「納得いきませんぅ! なんで私がこんな目に遭わなきゃならないんですか! 翡翠を掘らせたのも、薬を売ったのも、すべては里の再建……ひいては村のみんなのためにやったことなのにぃ!」
ユウサクは、まんじゅうを咀嚼したまま隣のネネをチラリと見た。
「……ネネ、また言ってるよ、こいつ」
「本当、懲りないわね……」
ネネは呆れたように溜息をつくと、慣れた手つきでマカロニの三角形の耳をひょいとつまみ上げた。
「あいたたた! 耳、耳はやめてってばぁ!」
聖剣の「適性」
「だから、あんたが元凶だからでしょ!」
ネネは耳を離さず、逃げようとするマカロニを真正面から見据えてお説教を再開した。
「いい? 聖剣を持っていた私たちだって、それなりに修羅場はくぐってきたけど、少なくともあんたほど『効率的で胸糞悪い悪行』はしてこなかったわ。あんたが聖剣を持つと、とんでもない事態になる……それだけで連行する理由は十分なのよ!」
その言葉を聞いていたヴァレリアが、ふと自分の過去を思い返す。
(……待てよ。結構、私も酷いことしてきたような気がするんだが。村一つ分くらいの損害を出したことも……いや、今は黙っておこう)
筋骨隆々となった己の腕を見つめ、ヴァレリアはそっと視線を逸らした。
保護者宣言
マカロニは涙目で、なおも自分の正当性を訴えようとする。
「本人の意思はどうなるんですかぁ! 私は、私の道を生きたいだけなのにぃ!」
そこでユウサクが、最後の一口のまんじゅうを飲み込み、静かに立ち上がった。
「マカロニ。お前のその『悪知恵』を、誰も見ていないところで暴走させるわけにはいかないんだ。だから――」
ユウサクは、マカロニの頭にポンと手を置いた。
「今日から、俺たちが俺たちの監視下でお前の『保護者』になることに決めた」
その瞬間、マカロニの時が止まった。
「……そんな――――っ!? 人権は!? 本人の意思は!? 自由な経済活動の権利はどうなっちゃうんですかぁあああ!!」
マカロニは地面に突っ伏し、ボロボロと大粒の涙を流して絶叫した。
温泉は、戦場なり
絶望に打ちひしがれるマカロニの横で、ヴァレリアが突如として立ち上がった。その瞳には、かつての騎士としての闘志を遥かに上回る、野性的な輝きが宿っている。
「よし、温泉か。……絶好の『修行』の場だな」
ヴァレリアは傍らに立てかけていた、人間一人を容易に両断できる巨大な大剣をひょいと肩に担いだ。
「えっ、ちょっとヴァレリア、何言ってるの? 温泉よ? お風呂に入って疲れを癒やす場所なのよ?」
ネネが驚いて制止するが、ヴァレリアは真剣な面持ちで首を振った。
「甘いぞネネ。高熱の湯、立ち込める硫黄成分……これは肉体を極限まで追い込み、呼吸法を鍛えるための天然の試練だ。この大剣を担いだまま百数えるまで湯船に浸かれば、私の筋肉はさらに一段階上のステージへ到達できる」
ヴァレリアは鎧を脱ぎ捨てるのももどかしいと言わんばかりに、大剣を担いだまま悠然と男湯の暖簾をくぐろうとした。
「温泉なのに修行ぉ!? 意味わかんない、ただの筋肉バカになってるじゃないのよ!」
ネネの悲鳴に近いツッコミが響く中、ユウサクは二つ目のまんじゅうに手を伸ばした。
女湯の不穏な休息
結局、大剣を持ったまま男湯に突入しようとしたヴァレリアは、宿の主人とネネに全力で阻止され、しぶしぶと女湯へ向かうことになった。
【洗い場:筋肉の背中】
カラン、と桶の音が響く洗い場。ネネは呆れ顔で、ヴァレリアの岩のように硬い背中に石鹸を泡立てたタオルを当て、ゴシゴシと流してやる。
ヴァレリアは、その鍛え抜かれた広背筋を誇示するように肩を回し、不服そうに鼻を鳴らした。
「……ふん。リラックスだの何だのと。こんな弱っちいやつらと一緒の湯に浸かると、弱さがうつりそうでいかんな」
「何言ってるのよ。たまには筋肉のスイッチをオフにしなさいよ」
ネネがタオルを滑らせるが、その下にあるのはもはや女性のしなやかさではなく、鋼鉄の板のような質感だった。
「いい、ヴァレリア? 強さは別に筋肉だけじゃないわよ。私みたいな魔力だって、立派な強さのうちなんだから」
【浴槽:歪な議論と湯気の怪異】
その後、三人は白濁した湯が満ちる石造りの浴槽へと移動した。
ヴァレリアは首まで湯に浸かりながらも、その鋭い眼光は修行のそれであった。湯船の隅では、マカロニがぷかぷかと浮きながら口を開く。
「そうですよぉ。財力だって、それを動かす知恵だって立派な強さのうちですぅ。私の『コードガクレ』の繁栄を見れば、筋肉より知能指数の方が上だって分かるでしょう?」
一瞬、女性陣の間に、それぞれの「強さの定義」が衝突するような、ピリついた不穏な空気が流れる。
だが、その静寂を破ったのは、ネネの短い悲鳴だった。
「――っ!? ちょっと、誰!?」
ネネが弾かれたように振り返る。
今、確かな感触があった。湯船の中で、白濁した湯に紛れた何者かの手が、ネネのお尻を執拗にまさぐり、そして素早く逃げていった感覚だ。
ヴァレリアは鋭い目つきで周囲を見渡し、マカロニも耳をピンと立てて警戒する。しかし、視界の届く範囲に怪しい影はなく、立ち上る湯気の向こうには誰もいない。
「……いない。誰も、いないわよ……」
三人は顔を見合わせ、背筋に走るそこはかとない気持ち悪さを感じていた。
平穏なはずの温泉郷。だが、彼女たちの背後には、湯気に紛れた「何か」が確かに存在していた。




