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見慣れた自宅までの道を僕は歩いてた。二年間異世界で生活していたのに自分の世界線での直前の記憶までしっかり鮮明に蘇るんだから不思議だ。僕は今仕事の帰り道を自宅に向けて歩いている所だった。この世界線の僕は人に迷惑を掛けない程度に無気力にただ生きていて、普段何処かに寄り道なんかしない。
この日も当然そのつもりだった。ただ真っ直ぐ家に帰って酒を飲んで寝る、それだけの夜のはずだった。でも異世界から帰還を果たした僕は遠回りとなる道に進路を変える。大手カフェチェーンの店舗が確かそっちにあったはずだから。
店舗に入ると珈琲の良い香りが広がっていた。オーダー待ちの列が出来ているがその横をすり抜け商品の陳列がされてる一角に向かう。必要そうな物を一通りと深煎りの豆を手に取ると列の最後尾に並んだ。会計の順番が来ると対応する黒いエプロンの店員は僕の選んだ豆について製法や特徴を話しながら手早く処理を進めてくれる。大手チェーンなのに客との会話を大事にしてると聞いたことがあるが本当のようで、人と関わるのも悪くないと思えるようになった僕はこの対応が心地良かった。
店を出ると足早に自宅を目指す。地元の写真館が見えるとすぐ隣のマンションが僕の住処だ。一人では少し広いと思うのだがどうしても引っ越す気にはなれずずっとここで生活をしている。
鍵を取り出すと懐かしい鈴の音を響かせて開錠する。中に入るとそこは当然記憶のままの室内。二年の時が過ぎているのは自分だけだから変に荒れたり埃が積もったりもしていなかった。
キッチンへ向かうと買ってきた物を広げ洗う必要のある物をとにかく洗っていく。湯を沸かし、その間にスケールで豆を軽量し挽き目を調整したミルで豆を丁寧に挽いていく。湯が沸くとサーバーと二つのカップに注いで温め、サーバーの湯はドリップポットへ移す。
「これで温度が丁度良くなるんだったよな」
サーバーの温めの際、リンスと言ってフィルターとドリッパーにも湯を通す人も多いらしいが、僕の師匠はリンス無し派だからそれも忠実に守る。
サーバーの上にドリッパー、フィルターをセットしミルから珈琲粉を移す。湯の太さ、速度に注意しながらドリップを進めた。湯を注ぐとガスによって粉が膨らむが、その様子からなかなか鮮度の良い豆を購入出来た事が分かって気分が上がる。
珈琲が落ち切る前にドリッパーを外し、サーバーを回して珈琲液の濃度を整える。多分特訓した通りに淹れられたと思う。二つのカップの湯を捨て珈琲を注ぐと、片方に口をつけ味を見る。
「うん、良い感じだ」
両手にカップを持つとキッチンから居間に移動して仏壇代わりの棚の前に立つと片方のカップを笑顔の写真の前に供える。
「ただいま、千歳ちゃん。雄真君の珈琲、飲みたがってたでしょ?教えて貰って来たんだ。なかなか上手に淹れられたと思うんだけどどうかな?」
綺麗に笑う写真の妻は何も答えない。でも、語りかければ届くんだって同じ顔した子が言っていたからこれで良いんだ。
「なかなか帰って来なくてごめんね。今回は二年も異世界に行ってたんだ。こう言う話好きでしょ?今まで話してあげられなくてごめんね。これからゆっくり話していくから聞いてくれる?」
こう言う話が好きな人だったのに、今まで僕はこうして向き合えなかったから話してない事が沢山ある。よく似たあの子もとても楽しそうに聞いてくれたっけ。
しかし、異世界人の転移を楽しんじゃうんだから本当に変わってる子達だった。きっと魔王なんかが転移してきても動じないんだろうな。
「異世界での話、きっと君も楽しんでくれると思うんだ。それから雄真君のお墓参りにも行こう、一緒に」
写真を持って明日は雄真君にも会いに行こう。もしかしたら、あの世で一緒に居るのかもしれないね。異世界で会った二人のように仲良くしてくれてていいんだからね。
「そうだ!雄真君にも珈琲持って行こう!合格点貰えるといいな」
僕はカップに口を付ける。うん、美味しい。きっと大丈夫だ。
「あ、この髪型どう?お任せしたんだけど、久々に君に切って貰ったみたいで嬉しかったなー。本当、別の世界でも千歳ちゃんと雄真君ってば良い子なんだよ。この手袋もね、、」
それから僕はこれまでの異世界転移体験談や、出会った人達、懐かしい思い出を一つ一つゆっくりと語っていった。




