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車内には人が沢山乗っているのに異様な静けさが広がっていた。私達以外の誰も身動きをせず、眠っているというより時間が止まっているみたいだった。
何のアナウンスもなく電車のドアが開く。その向こうはドアの所にだけ照明が当てられているようで周りには深い闇が広がっているようで少し不気味だった。
「よいしょっと」
小野は掛け声を掛けて立ち上がると対面に大人しく座っていた晴翔君に近づき手を取った。晴翔君は不思議そうにしながらも素直に小野に従ってドアの方へ向かう。私と雄真もその後ろに続いて成り行きを見守った。
ドアの前には作業服の少し恰幅の良い男が立っていた。小野は電車から降りる事なくドア越しにその男と対峙する。
「あなたでしたか。お久しぶりですね」
「ああ、あんただったのか。最近会わねえなと思ってたが、縛られてたんか」
「分かりますか?」
「ああ、なんか匂いが違えからな」
そんな会話を交わしてから小野は繋いだ晴翔君の手を作業服の男性へと差し出す。
「お待たせしました。この子を頼みます」
男は晴翔君の手を取るかに見えた。だが瞬間的に小野の腕を強く掴むと暫く俯いて動かない。それから絞り出す様に呟いた。
「…ありがとう、、」
その声は震えていた。こんな異様な空間でどうする事も出来ずに、このまま家族の元に帰れないかもしれないという恐怖はどれ程のものだっただろう。作業服の男の様子から相当の恐怖だったに違いないと思えた。
男は袖口で目元を拭うと顔を上げて晴翔君の手を取った。晴翔君も抵抗する事もなく男の手に従って足を出す。ドアの外に出る直前で偽りの両親を振り返ると「パパ!ママ!」と叫ぶ。しかし二人は意識を失っていて答えられない。
「もう泣いちゃメよ!!がんばえ!」
晴翔君は気にせずに大声で言うとドアからぴょんと飛び出した。
「じゃあ、また何処かでな」
「僕はクビかもしれませんからまたは無いかも」
「馬鹿が。そう簡単に解放されるかよ」
「そうなんですか?」
「知るか!」
男は小野とのやり取りを終えると晴翔君と共に歩き出した。後ろ手に手を振る男の横で晴翔君もこちらを振り返り小さな手をにぎにぎとしながら「バイバイ」と口が動く。私達は彼らが闇の向こうに消えて見えなくなるまで手を振って見送った。




