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私が話を聞く体制をとるとまずは自己紹介でもしようと小野は言う。
「僕は小野優吾。何度かここで見かけた事はあるから初めましてってのはおかしいけどよろしくね」
「雄真に聞いてるかもですけど、佐藤千歳です。美容師やってます」
「お店も経営してるんだって?凄いよね」
「小さい個人店ですけど。それで小野さんは刑事さんで、たまに異世界にも行かれてると?」
「そうなんだけど、千歳ちゃんの思ってるのとはちょっと違うかな」
「違う?」
自己紹介してすぐの‘ちゃん’付けは違和感があったが、佐藤という苗字だと名前で呼ばれる事の方が多いしまあいいかと触れずにおく。
「うん。僕がこの世界から異世界に行って、役目を果たしたらこの世界に帰ってきてると思ってるでしょう?」
「そうじゃないんですか?」
だってさっき飛ばされてって言ってたし、ここに居るのなら行きっぱなしではなく帰ってきているという事だと思うんだが?
「起点が違うね。ここは僕にとっては異世界で、帰るべき世界が別にあるんだよ」
「待って、ここが異世界?どう見たって小野さんは現代人じゃないですか」
転移者は大抵時代錯誤な格好をしていた。それに比べて目の前の男はネクタイこそ外しているがスーツを着こなし、携帯だって所持している。ド派手なステッカーが貼られたガラケーを使って会計を済ませているのをこれまでに何度も見ている。こことは異なる世界から来て、当然のようにこの世界の文明に順応するなんて簡単な事ではない。
「こことほぼ同じ世界から来てるからね。世界線が違う地球って言って通じるかな?」
「ええ、何となく。パラレルワールドって言われるやつですよね?」
「そうそう。さすが異世界に精通しているだけはあるね。話が早くて助かるよ」
いやいや、全然まだ何も分かっていないんだけど。しかも異世界に精通してるって、雄真がきっとオタクとかって紹介でもしてたんだ、恥ずかしい。
「こことは違う世界線の地球が僕の世界。そこは今のここより五年進んでる」
「進んでるって、二〇二九年って事?それって異世界って言うんじゃなくてタイムスリップなんじゃ?」
「そう思うよね。でも時間を遡ってるのとは違うんだよ。時間を遡っているのなら僕の世界に五年以上前から建ってる建物は当然ここにもあるはずだよね?」
「そうですね」
「でも僕の世界ではここは珈琲屋じゃなくて、写真館が二十年近く店を構えているんだよ」
「うそ、、」
未来に「珈琲屋」がない?しかも潰れたとかじゃなくてそもそも「ない」?それじゃあ雄真は一体どこにいるというのか。
「身近な物が例えには良いかと思ったんだけど友達の店だもんね、無いなんてショックだよね。ごめん」
私があまりにも信じられないという表情をしていたからか小野は申し訳なさそうにする。
「でも他にもね、僕の世界にはあってこの世界には無いものがたくさんあるんだよ。その逆もね。パラレルワールドの概念を知ってるなら、この一瞬にも無数に枝分かれした世界が生まれてるのは分かるよね?」
私はただ首を縦に振る。人生とは選択の積み重ねだ。ここに来る事を私は選択したが、来られなかった可能性も同時に存在する。ここに来れなかったとしたらその理由もいくらでもあって、今の自分は数えきれない程の可能性の一つにすぎない。
「つまり、違う枝上に存在してるこの地球の別の地球から来てるってこと。タイムスリップじゃなくてね」
「でも、それならなぜそちらが少し未来になるんです?同時並行に存在するのがパラレルワールドでしょ?」
「うーん、全て教えられてる訳じゃないし物理は得意じゃないんだよなあ。時間の流れは常に一定じゃないらしいんだよ。同時期に分岐した道であってもその分岐に至る選択によって二つの道は異なるスピードで進むんだって」
よく分からないよねって苦笑いを浮かべる小野に私は素直に頷く。でもこれはいつものあれだ、‘そう言うものだから’。私は物理学や量子力学という分野には残念ながら精通していない。そこの理解から始めていては話は一向に進まないから、ここはその一言で済ませてしまった方が良いと思う。専門の分野はその専門家に任せるに限る。
「正直よく分からないですけど、そう言うものって事で良いです。小野さんは別の世界線の二〇二九年の地球から来てるんですね。そこでは普通に刑事をやってて、たまにここに飛ばされて迷い込んだ転移者を帰してる?」
「そう。飛ばされるのはいつもここって訳じゃないけど」
小野はそこからは時空のおっさんの仕事について語っていった。




