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小野にとってはいつもの事で慣れたものなのだろうが、目の前から人が何の痕跡も残さず消えてしまった事に対して私は不安に似たような感情を抱いていた。何故なのかは分からないし、不安という表現で本当に合っているのかも分からない。ただいつものように“そういうものだから”では済ませる事が出来そうになかった。
「千歳ちゃん?」
気づけば駐車を終え車はエンジンを切られていた。少年の居たシートに目をやる私の様子を気にしたのか助手席から振り返って小野が声をかけていた。ルームミラーからは雄真の視線も感じられる。
「ああ、すみません…」
「どうしたの?大丈夫?」
素通り出来ない何かがある気がして、しかし自分でもそれが何なのか分からない。
「なんか、あっけなくて。さよならも言えなかった…」
「俺らが会った転移者達はみんな、最後の瞬間ってのがあったもんな」
そうだ、これまではちゃんとお別れの瞬間があった。でも少年はただ消えてしまった。共に過ごしたのはほんの少しの時間で思い入れは少ない。そのはずなのにお別れが言えない事がこんなにも引っかかるなんて。
「ちゃんと、さよならが言えるお別ればかりじゃないよ。むしろそう言う別れの方が世の中には多くない?例えば事故や災害とか」
「そう、ですね…」
心の準備が出来てから迎える別れなんてのは確かに少ない。これまでに出会った転移者達とはまた会えるかもしれないなんて希望を、自分に残してその寂しさを紛らわせた。でも、ほんのひと時を共にしただけの少年にさえ唐突な別れの衝撃を受ける私は、もし身近な誰かを突然失った時正気でいられるのか。
「小野さんも、消えちゃうの?晴翔君を見つけたらその瞬間に…?」
今消えてしまった少年のように小野も消えてしまうかもしれない。別れの言葉を交わす事も出来ずに。それが無意識に想像されて私は辛かったのかもしれない。
「多分ね…」
多分と言う小野の言葉に胸が締め付けられる。心の準備はもう始めなくてはいけないのかもしれないが、したからと言ってきちんと心を整えられるものだろうか。
「だからさ、今のうちに沢山話そうね!」
ニカっと笑う小野に釣られて私も表情が緩んで力が抜けた。小野の笑顔は何故か安心感を与えてくれる。
私が頷くと「よし!」と言って助手席のドアに手を掛けた。私も雄真も外に出ようとシートベルトを外しに掛かる。
「二人もね。いつでも言えるなんて思ってたらダメだよ」
小野は出がけにそう残して助手席のドアを閉めるとさっさと行ってしまった。小野の言葉に車を出るタイミングを逃してしまったのは私だけじゃない。ルームミラーに目をやると雄真も動けずにこちらに視線を寄越していた。続く沈黙が気まずい。
「あのさ…」
意を決したように雄真が口を開くが、前方に小さくなった小野の様子がおかしくて私はそっちに気を取られてしまった。
「小野さん?」
「え?」
雄真も視線を前方へ戻すと小野の様子に気がついたようだ。走り出したと思ったら立ち止まったり、キョロキョロと周りを見渡したりと挙動がおかしい。
「行ってみよう」
素早く車を降りると私も雄真も小野の元に駆け寄った。




