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私は雄真の車の後部座席に少年と並んで座っている。小野は助手席に乗り込んであのガラケーの画面を見つめていた。
「それで、どこに向かえば良いんですか?」
車のエンジンを掛けて雄真が小野に問う。
「うーんと、この近くに天文台あったっけ?方角や大体の位置は分かるんだけどそこって天文台だったかなぁ」
「あるっすよ。もうずっと前に西公園から移転して今はこっちにあるんですよ」
「そうなんだ?いーなー。僕の世界じゃ取り壊しだったんだよ」
「え!?マジっすか!?あ、取り敢えずそこ向かいますね」
「うん。よろしく」
この少年の帰還の地は天文台のある場所らしい。
「今日の最後に行こうと思ってたから丁度良かったっす」
「そうだったの?」
今日の最後の目的地について話す雄真と小野の会話には混ざらず、私は少しでも気を紛らわせてあげようと少年に話しかける。
「何歳なのかな?」
「…八歳」
「兄弟はいる?」
「妹」
「お兄ちゃんなんだね、仲良い?」
「別に。まだ小さいからすぐ泣くし」
他愛無いやり取りだがこちらの問いかけにしっかりと答えてくれる。
「自分だってさっき泣きべそかいてたくせに」
「ちょっと雄真!」
小野と話していたと思ったのにこちらの会話に雄真が茶々を入れてくる。これで子供好きなやつだから気にはなるんだろうが、さっきのやり取りのせいですっかり嫌われてしまったようだ。再び私の腕に縋って身を隠すようにしながらルームミラーを少年は睨み返す。
「全然怖くねーぞ?」
「もう、やめなさいってば!ごめんね、相手にしなくて良いからね」
しかし少年はまた警戒心を強くしてしまった。せっかく小野とも違う世界線から来た子と少しの時間とは言え過ごせるというのに。どうせなら楽しく過ごしてもらいたい私は、彼の妹との話題を再び振ってみる。
「妹ちゃんはまだ小さいんだっけ?一緒に遊んだりはまだ出来ないの?」
「テレビ見たり、人形で遊んでやったりする」
前方の二人を警戒しつつも、身内の話題に少年は口を開いてくれた。
「優しいのね。テレビは何を一緒に見るの?」
「妹の好きなやつ。じゃないと泣くから。あんまんマンとか」
「あんまん?あんぱんじゃなくて?」
「あんぱん?そんなんじゃ弱いじゃん。熱々のあんまんだから強いんだよ」
確かにあんまんの餡を侮ってはいけない。何度舌を火傷しかけたことか。しかしあんまんマンなんて聞いた事がない。あんぱんの世界のキャラクターの一人なのか?
「それってどんな話なの?」
「知らないの?嘘でしょ?」
彼の世界線ではきっと誰もが知る国民的作品なのだろう。我が国のあんぱんヒーローのように。
「コンビニのレジ横、ホットスナックワールドのトップの座を狙う奴らと中華まんが戦う話だよ」
意外にも答えたのは小野だった。
「小野さん知ってるんですか?」
「うん。僕の世界でも最近流行ってたはずだよー。あんぱんのアニメの方が歴史もあって不動の人気だけどね」
小野の世界にはあんぱんヒーローもあんまんマンも居るらしい。今ここには私と雄真の世界線、小野の世界線、少年の世界線と三つの異なる世界が顔を合わせている事を実感してとても不思議な感じがした。
「へえ。そのアニメ面白いんですか?」
「面白いよ!!」
レジ横を巡る攻防戦なんて想像するととてもシュールだ。そんなアニメが人気になるのかと疑問を投げ掛ければ少年がムキになってその面白さを熱弁し出した。
「悪役のチキンはクールでかっこいいんだから!中立のポテトも可愛いし、一度負けを認めて去ったドーナッツ軍の再来はあんまんマンとの共闘で凄かったんだから!」
「あー、あれねー。確かに「オフシーズンは頼んだ」ってあんまんが言うのは泣けたかも」
「だよね!だよね!」
「その時のチキンの去り際の潔さがまたかっこいいんだよ」
「そう!そう!」
知らないアニメの話で異世界人達が盛り上がり始めた。でも聞いていてもどこが面白いのかやはり全然分からない。しかし妹に付き合って見てると言う割には少年の勢いは好きが隠し切れてなくて可愛かった。
しばらくすると天文台が見えてきた。駐車場に雄真がハンドルを切ると反動で隣の少年の体重が掛かってきたがふっと軽くなる。すっかり小野と打ち解けて熱くアニメ談義を繰り広げていたのにそれも一瞬で静かになった。
「あれ?」
隣に目をやると少年が居ない。一瞬、タクシー運転手がよく語る怪談話が頭に浮かぶが、彼が座っていたシートは濡れたりはしていないし何の痕跡も残っていなかった。
「帰ったんだね」
「いつもこんな感じなんですか?」
「そうだよ。こんなに話が盛り上がるのは稀だけどね」
「この世界に縛り付けられてなかったら、この時点で小野さんも本来は帰還する?」
「そう」
人が忽然と姿を消すなんて、目の前で起こった事なのに信じられない。これまでの転移者達の帰還はどれも派手だったから何か今回もそう言う演出のようなものがあると思っていたのに、少年は音もなく消えた。まるでゲームの強制ログアウトみたいだ。




