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翌朝はいつも通り私達は「珈琲屋」に集まった。二人とも近場のカフェでモーニングでもしようと気を遣ってくれたがそれでは迷い転移者の話が思うように出来ない。ストーカー男が居た空間と思うと気分は良くは無いが、「珈琲屋」は私にとって転移者達と過ごしてきた大切な場所である事は変わらない。
「おはよー千歳ちゃん!」
「おはよーさん」
店内に入るといつも通り二人はカウンターの中から迎えてくれた。珈琲の良い香りが漂っている。
「おはようございます。今日の珈琲の出来はどうですか?」
恐いと言う気持ちがないわけじゃない。昨日の事を引きずっていないわけでもない。きっと二人もそれは分かってくれていてそれでも私のために日常を送らせようとしてくれている。私もそれがありがたいのだから、努めて普段通りを心掛けた。
「今日はなかなか良い線行ってると思うよ」
「十分上手なんだけどな。湯の太さがたまにブレるから小野さん」
「えー、今日は良かったでしょ?」
「うん。悪くなかったっす」
これまでも小野の淹れる珈琲を味見してきたがどれもちゃんと美味しかった。それでもプロの雄真と比べれば初日は香りが弱かったし昨日は少し酸味が強かった。
「昨日も一昨日も美味しかったですよ」
「でも雄真君の味じゃないでしょ?」
「まあ」
「同じ味を出したいんだよー」
「レシピは頭に入ってるみたいだから後は練習あるのみっす」
頑張る、と言う小野の意気込みは本物だ。ここに居る内にマスター出来ますようにと心の中で祈っておく。
「そう言えば、昨日妙な噂話を聞いたんすよ」
朝食を始めると雄真が思い出したように口を開いた。
「噂話?」
「ああ。朝によく来てる爺さん居るだろう?」
「うん」
「紅茶派のあの人かな?」
「そうっす。もう現役を引退した人なんですけど、少し前にたまたま同僚にあった時に聞いたって」
「珈琲屋」にも定められた営業時間はある。だが常連達は店内に雄真の姿を見つければ開店時間前だろうと閉店時間を過ぎていようと看板に明かりがついている内はお構いなしに上がり込む。雄真もそれで良いというスタンスだから問題ないのだが、そもそもそう言う風習を作ったのが今の話に出てきたお爺さんだ。確か現役の頃は雄真と同じように世界を飛び回って紅茶の買い付けを行うバイヤーだったと聞いた事がある。
「その人の同僚の取引先の下請けの社員が以前勤めていた会社の社員の話らしいんですけど」
「何よその都市伝説みたいな話し方」
言っていてそう言えば私も似たような言い回しを最近聞いたばかりだなと思い出す。
「仕方ないだろ、そう言われたんだから」
「それで?」
小野に促されて雄真は気を取り直して話始めた。
「なんでもその以前勤めていたって言う会社、けっこう有名なブラック企業らしいんですけど一緒に働いてた奴の事ずっと心配してたみたいで。自分は辞められたから良いけどその残った社員ってのが結構無茶な働き方してていつ倒れてもおかしくないと思っていたそうです」
「会社に残った社員さんは辞めさせてもらえない状況だったのかしら」
自分は辞められたっていう事は残された社員さんはそうじゃなかったように聞こえる。
「いや、辞める気がない感じだったみたいだ。なんでも離婚して小さかった子供は奥さんの方に引き取られたって。休みもないような会社で奥さんが愛想尽かしたんだとか。それでも子煩悩なその人は月一の面会だけは必ず休んで子供に会ってたらしい。養育費の支払いもしっかりしてたって」
「奥さんは不満だったのかもしれないけど、その人は家族のためにただ必死に日夜働いていたのかもしれないね」
「はい。離婚後も子供と奥さんの生活のためにより一層残業とか頑張ってたようっすね。月に一度の有給をもぎ取るために休みもほとんど返上してて、会社側もそれを良いことに都合よくその人を使ってたって。だからずっとその人を心配してたらしいんですけど、ある平日にたまたまその社員を街で見かけたそうなんです。しかも私服で子供と一緒に居たみたいで」
「子供との面会の日だったのかしら?」
「いや、面会は土日のどちらかだったらしいんだよ」
「ついに仕事辞めたとかかな。奥さんの都合かなんかでその日はたまたま預かってたとか」
「それが、別れた奥さんも居たそうなんですよ。それはもう仲良さそうに」
「よりを戻したってことなんじゃない?それで離婚の理由になった会社も辞めて平日も休める仕事に転職したとか」
「それなら良いんだけどさ、おかしいのはそこに子供が居ることなんだよ」
「何で?二人の間には子供が居たんだからおかしくないじゃない」
「それが、、」
雄真は勿体振るようにそこで一呼吸入れる。まるで有名な怪談師みたいだ。
「その子は数週間前に亡くなってるはずなんだってよ」
まさかの怪談的展開だった。
「目撃した元同僚さんの見間違いなんじゃない?それか記憶違いとか」
私も小野の考えに同感だった。まさか死人が蘇る訳じゃあるまいし。
「でも、分かる範囲で時系列を整理してみたら晴翔君の失踪の時期とその元同僚の目撃した時期が一致してると思うんだよな」
まさかその目撃された子供を晴翔君ではないかと疑って考えていたとは思いもよらなかった。私も小野も顔を見合わせて必死にその可能性に思考を巡らせた。




