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翌日は少し早めに朝食を済ませ「珈琲屋」を後にした。どんよりとした空模様のせいか日差しのあった昨日に比べると風の冷たさが身に染みる。
「なんか初雪でも降りそうだねー。それなのに今日も用意されてたのスーツだけなんだよ!信じられないよね」
「昨日のうちに防寒が手に入って良かったですね」
「本当、千歳ちゃんと雄真君様様だよー」
そう言って小野は本当に拝むように両手を擦り合わせる。擦り合わされる手は手袋を着けない素手だ。それもなんか寒そうで、手袋も後で買っておこうかと考える。
利用駅に到着すると始発駅に向かうためいつもとは反対のホームに待機する。電車が来るまでに反対ホームには始発駅から来た電車が一つあったためそれに社畜さんの姿がないかも確認した。残念ながらその車内には発見できず予定通り次に来た電車で始発駅を目指した。
始発駅のホームは通勤、通学の時間帯という事もあって人が多くホームに電車が滑り込むと次々と人を飲み込んでいく。数台分の乗客を確認すると小野に促され職場に向けて電車に乗り込んだ。
「社畜さん居ませんでしたね。まだ時間には余裕あるからもう少し粘っても良かったんですよ?」
「あまり長時間電車に乗らないでいると怪しまれちゃうからね。職質なんかされでもしたら僕の場合は面倒そうだし」
それに通勤客の数も落ち着いてきてたからもうこれ以上は見込みがないと判断したんだとか。刑事がそう言うのだから私に言える事はない。それに身分証を持たない小野と職質なんかを受ける事になれば確かに厄介だろうし、鉄道職員達に目を付けられたりしても今後の社畜さん探しにも影響するかもしれない。小野なりにあらゆる事を見極めて判断したのだろうと思えたから私も納得出来た。
「千歳ちゃんまだ時間に余裕があるんならさ、僕の髪切ってくれない?」
いつもより早く出てきたし思ったよりも張り込み時間も短く済んだから店を開けるまでにはまだ時間がある。特に急ぎで片付けたい作業もなかったし小野のお願いはかえって良い時間潰しになりそうだ。
「ああ、別に良いですよ」
「やったー!ちゃんとお支払いはするから安心して」
小野はあの端末を得意そうに振って見せるが私は丁重にお断りする。
「支払いはいいですって、身内枠って事で。これまではどうしてたんですか?」
「ああ、それはー、車内ではちょっと言いずらいからまた後でね」
通勤ラッシュは落ち着きつつあるとはいえ車内に人は多い。私の大した事のない質問に対して意味深に濁すのは他の人には聞かせられない転移者ならではの事情でもあるのかもしれない。私はそこでは深く追求せずにただ頷くだけで済ませた。
いつもの駅で下車すると店へ向けて歩きながら、人通りの減ったタイミングで小野はようやく口を開く。
「さっきはごめんねー。昨日と違って時間も早いせいか人が多かったからさ」
「いえこちらこそ。人が居て答えに困るような質問だとは思わなくて」
「実はこの世界では髪一度も切ってないんだよね」
確かもう二年近くこの世界に小野は居るはず。それで一度も髪を切ってないとはとても信じられなかった。小野はいつみても清潔感がありこざっぱりとしていて、髪も長髪と言える長さに達していたことなどなかった。現に目の前の小野の髪はそこまで長くはない。髪の伸びる速度は人によって様々だがいくらそれが遅い人であっても流石に二年も伸ばせば肩に届く程には伸びているはずだ。
「髭も剃ったことがないし、爪も切ってないんだよ」
「それじゃまるで時間が止まっているみたい」
「多分そうなんだよね。だから本来は食事も必要ない。なのに食べちゃったからかな、お腹だけは空くようになっちゃった。でも体型は変わらないし、髪も伸びない。一体摂った栄養はどこに行ってるんだろうね」
小野は自分の体ごと転移する者だ。帰還する時はいつも転移が発生した時点に戻ると言っていたから、異世界で行動した分だけ体も成長、と言うか老化が進んでしまうとその期間によっては戻った時に問題が発生してしまう可能性がある。
「例えば迷い転移者を帰すのに五年掛かったとして、僕の体も普通に五年分経過したとする。任務を終えて転移の瞬間に五年後の体で戻ったら周りにびっくりされちゃうよね。そうならないようにって配慮されているのかな」
普通、数年単位で迷い転移者を帰せないなんて事はないらしいが。でも、もし彼が今回のように帰還のチャンスを得られていなかったらどうなっていたのだろう。言わば不老不死状態の彼にとってこの世界は終わる事のない牢獄のようじゃないか。それは何処かにいる晴翔君も同じだ。四歳のままずっと成長出来ないのかもしれない。
「まーた千歳ちゃんってば思い詰めちゃって」
私が思考に囚われて黙ってしまうと小野は軽い調子で話しかけてきて、意識を今に戻された。
「すみません。もし帰れなかったら小野さんも晴翔君もその、、大変と言うか、、」
何て言っていいか分からない。私だったらと思うととても怖くて、でもそれを口にするのは無神経な気もする。
「良いんだよ、そんなに思い詰めなくて。だって僕達の帰還に最後まで協力してくれるんでしょ?」
正直役に立ててるか分からない。でも絶対手掛かりを見つけて小野さん達を帰す、揺るがないこの想いを込めて私はしっかりと返事をした。
「勿論です!」
私の答えは分かってるという感じの小野は優しく笑った。




