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第四巻 第六章 (知恵、知識は他人に定義として説明できるはずである)(知識と知恵の関係)(知識と能力の関係)

 第四巻 第六章 (知恵、知識は他人に定義として説明できるはずである)(信心深さの定義)(正しい人の定義)(知識と知恵の関係)(勇気の定義)(知識と能力の関係)(統治形態について)(本来の出発点から議論しなさい)(意見が一致している、ある物事から他の物事へ意見を一致させていって議論しなさい)


 ここで、ソクラテスが、どのような方法で、ソクラテスの親しい友人達の中の「議論して真理に到達する」能力を、より大いに成長させたのかを、私クセノフォンは説明しようと努めるつもりである。

 ソクラテスは、「人は、『それぞれの事実が何であるか?』を知っているならば、その知っている知識を他人に説明できる」という意見を固持していた。

 (ソクラテスは、「何らかのものの性質について知っている人は全て、他人をその秘密に入門させる事ができる」と信じていた。※別の版)

 (ソクラテスは、)逆に、「『それぞれの事実が何であるか?』についての知識の所有ができていないと、人は自らつまずいて失敗してしまったり、他人もつまずかせて失敗させてしまったりしても、驚くべきではない」(という意見を固持していた)。

 そのため、ソクラテスは、ソクラテスと共にいた友人達と共に、存在するものの真の性質について調べるのを決してやめなかった。

 (「諸物のうち、このものは何であるか?」と「このものの定義は何であるか?」というような常に質問をくり返されている問題への答えをソクラテスは探求した。※別の版)

 ソクラテスが到達した定義の全てを詳細に見ていくのは、確実に長大な作業に成るであろう。

 そのため、ソクラテスの(、ものの定義に到達した)手順、方法を説明するのに役立つような(、いくつかの)実例(だけを説明する事)に、私クセノフォンは自ら、とどめるつもりである。


 第一の実例として、私クセノフォンは、信心深さについて、という問題を取り上げるつもりである。

 次に示すように、(定義を)調べる方法は、多分、正しかった。


 (次のようにソクラテスは話した。)

「教えてください、エウテュデモスよ。あなたは、信心深さとは、どのような種類の事であると思うのですか?」

 (次のように、他方のエウテュデモスは答えた。)

「疑い無く、『信心深さとは、最も正しい優れた何かである』(と思います)」

 次のようにソクラテスは話した。

「では、『どのような種類の人が、信心深い人であるのか?』をあなたエウテュデモスは私ソクラテスに教えてくれますか?」

(「では、『信心深い人』の定義をあなたエウテュデモスは私ソクラテスに教えてくれますか?」※別の版)

 (次のようにエウテュデモスは答えた。)

「『(信心深い人とは、)神々を敬礼する人である』と私エウテュデモスは思います」

 次のようにソクラテスは話した。

「では、人が好き勝手に、どのような方法ででも、神々を敬礼するのは、許されますか?」

 次のようにエウテュデモスは話した。

「いいえ、許されません」

「(神々を敬礼する時の)法が存在していて、(神々を敬礼する時の)法に従って人は神々を敬礼する必要が有ります」

 次のようにソクラテスは話した。

「では、神々を敬礼する時の法を知っている人は、『どのように神々を敬礼する必要が有るか?』を知っていますよね?」

 (次のようにエウテュデモスは答えた。)

「『そうである』と私エウテュデモスは思います」

 次のようにソクラテスは話した。

「では、『どのように神々を敬礼する必要が有るか?』を知っている人は、『知っている方法以外で神々を敬礼するべきではない』と思考しますよね? そうではありませんか?」

 次のようにエウテュデモスは話した。

「それは、そうですね」

 次のようにソクラテスは話した。

「では、誰が『そうするべきである』と思う方法以外で神々を敬礼するというのでしょうか? 誰も『そうするべきである』と思う方法以外で神々を敬礼しない!」

 (次のようにエウテュデモスは答えた。)

「『そうである』と私エウテュデモスも思います」

 次のようにソクラテスは話した。

「では、次のような結論に至りますね」

「『神々に関して法が何を命じているのか?』を知っている人は、法に従った方法で神々を敬礼しますよね?」

 次のようにエウテュデモスは話した。

「確かに、そうです」

 次のようにソクラテスは話した。

「では、法に従って神々を敬礼する人は、するべき(方法)通りに神々を敬礼しますよね?」

 次のようにエウテュデモスは話した。

「『それしか無い』と私エウテュデモスは思います」

 次のようにソクラテスは話した。

「では、するべき(方法)通りに神々を敬礼する人は、信心深い人ですよね?」

 次のようにエウテュデモスは話した。

「確かに」

 次のようにソクラテスは話した。

「『神々に関して法が何を命じているのか?』を知っている人を『信心深い人』として正しく定義できると思います。これが我々の定義ですよね?」

 (次のようにエウテュデモスは応えた。)

「とにかく『そうである』と私エウテュデモスは思います」


 次のようにソクラテスは話した。

「さて、人に関しては、ある人が、好き勝手に、どのような方法ででも、他人を扱っても許されるでしょうか?」

 次のようにエウテュデモスは話した。

「いいえ、許されません」

「(神に関してと)同様に、人に関しても、『人に関して、どのような事が法に従っている事に成るのか?』を知っている人は、法に従っている人に成れますし、法に従っている相互の扱い合い方を実践する必要が有ります」

 次のようにソクラテスは話した。

「では、法に従っている方法で相互に扱い合う人達は、そうするべき(方法)通りに相互に扱い合いますよね?」

 (次のようにエウテュデモスは答えた。)

「もちろんです」

 次のようにソクラテスは話した。

「では、そうするべき(方法)通りに相互に扱い合う人達は、正しく思いやり深く気高く他人をもてなしますよね。そうではありませんか?」

 (次のようにエウテュデモスは答えた。)

「確かに」

 次のようにソクラテスは話した。

「では、他人を正しく思いやり深く気高くもてなす人達は、人にとっての物事に関して、善行を行う人達ですよね?」

 (次のようにエウテュデモスは応えた。)

「『当然、そう成る』と思います」

 次のようにソクラテスは話した。

「私ソクラテスが思うに、法に従っている人は、正しい事を行いますよね?」

 (次のようにエウテュデモスは答えた。)

「疑い無く、そうです」

 次のようにソクラテスは話した。

「では、『正しい事』という言葉によって、『どのような種類の事を意味しているのか?』をあなたエウテュデモスは分かりますか?」

 (次のようにエウテュデモスは答えた。)

「『法が命じている事』(が、『正しい事』)です」

 次のようにソクラテスは話した。

「『法が命じている事を行う人達は、正しい事と、行うべき事の、両方を行う事に当然、成る』と思いますよね?」

 次のようにエウテュデモスは話した。

「『それしか無い』と私エウテュデモスは思います」

 次のようにソクラテスは話した。

「では、正しい事を行う人は、正しい人ですよね?」

 (次のようにエウテュデモスは答えた。)

「『そうである』と私エウテュデモス自身も思います」

 次のようにソクラテスは話した。

「では、『誰かは、法が命じている事を知らないで法に従う事ができる』と思うべきでしょうか?」

 (次のようにエウテュデモスは答えた。)

「思うべきではありません」

 次のようにソクラテスは話した。

「では、『行うべき事は何であるか? を知っている誰かが、自分は行うべき事を行うべきではない、と思う』と、あなたエウテュデモスは思いますか?」

 (次のようにエウテュデモスは答えた。)

「いいえ、私エウテュデモスは、そうは思いません」

 次のようにソクラテスは話した。

「では、行うべきであると思う事以外を行う誰かをあなたエウテュデモスは知っていますか?」

 (次のようにエウテュデモスは答えた。)

「いいえ、私エウテュデモスは、知りません」

 次のようにソクラテスは話した。

「『(神に関してと)同様に、人に関して、どのような事が法に従っているか? を知っている人は、正しい事を行う』と思いますよね?」

 (次のようにエウテュデモスは答えた。)

「疑い無く、そう思います」

 次のようにソクラテスは話した。

「では、正しい事を行う人は、正しい人ですよね?」

 (次のようにエウテュデモスは応えた。)

「そうでなければ、他に、誰が、正しい人であるというのですか?」

 次のようにソクラテスは話した。

「では、『(神に関してと)同様に、人に関して、法に適う事について知っている人達は、正しい人達である』と我々が定義するならば、我々は正しい定義に到達している、と思いますよね?」

 (次のようにエウテュデモスは答えた。)

「それが、私エウテュデモスの意見でもあります」


 次のようにソクラテスは話した。

「では、『知恵とは、どのような物である』と思いましょうか?」

「私ソクラテスに教えてください。『賢者は賢者が知っている物事について賢い』と、あなたエウテュデモスは思いますか? それとも、知らない物事について賢い誰かなんて存在するというのでしょうか?」

 次のようにエウテュデモスは話した。

「明らかに、賢者達は、知っている物事について賢いです」

「なぜなら、どうして、人に、知らない物事についての知恵が有るというのでしょうか?」

 次のようにソクラテスは話した。

「では、実際、『賢者は知っている知識について賢い』のですよね?」

 次のようにエウテュデモスは話した。

「どうして、知っている事ではなく、知らない事について賢い人なんて存在するというのでしょうか?」

 次のようにソクラテスは話した。

「では、知恵とは、それによって人が賢く成れる物ですよね? あなたエウテュデモスは、どう思いますか?」

 次のようにエウテュデモスは話した。

「ええ。『それが知恵である』し『それだけが知恵である』と私エウテュデモスは思います」

 次のようにソクラテスは話した。

「では、『知識と知恵は同一である』と当然、成る、と思いますよね?」

 次のようにエウテュデモスは話した。

「『そうである』と私エウテュデモスは思います」

 次のようにソクラテスは話した。

「私ソクラテスは質問しても良いでしょうか? 『存在する全てのものを知る事は、人には可能である』と、あなたエウテュデモスは思いますか?」

 次のようにエウテュデモスは話した。

「実に! いいえ!」

「『一端を知る事も不可能である』と私エウテュデモスは思います」

 次のようにソクラテスは話した。

「では、『全知に成る事は、人には不可能である』と思いますよね?」(人が神に成れば、全知に成れる。)

 (次のようにエウテュデモスは答えた。)

「『全く不可能である』と思います」

 次のようにソクラテスは話した。

「『それぞれの人の知恵は、その人の知識の範囲内に制限される』、『それぞれの人は、その人が知っている事についてだけ賢く成れる』と思いますよね?」

 次のようにエウテュデモスは話した。

「それが、私エウテュデモスの意見でもあります」


 次のようにソクラテスは話した。

「ええ!」

「さて、エウテュデモスよ、同様に、善に関しては、同様の方法で、我々は、善を探求するべきでしょうか?」

 (次のようにエウテュデモスは尋ねた。)

「どのような方法でしょうか?」

 次のようにソクラテスは話した。

「『同一の物事が全ての人々に対して同じく有益である』なんて、あなたエウテュデモスは思いますか?」

 (次のようにエウテュデモスは答えた。)

「いいえ。私エウテュデモスは、そうは思いません」

 次のようにソクラテスは話した。

「『ある人にとって利益に成る、ある物事が、時には、(場合によっては、)他の人にとって有害である』と、あなたエウテュデモスは思いますよね?」

 (次のようにエウテュデモスは応えた。)

「確かに」

 次のようにソクラテスは話した。

「では、『利益に成る物事以外の何かが善い物事である』なんて事が有ると、あなたエウテュデモスは思いますか?」

 (次のようにエウテュデモスは答えた。)

「利益に成る物事以外の、善い物事なんて存在しません」

 次のようにソクラテスは話した。

「では、『利益に成る物事は、それが利益に成る人に対しては、善い物事である』という事に当然、成ると思いますよね?」

 (次のようにエウテュデモスは答えた。)

「私エウテュデモスも、そう思います」


 次のようにソクラテスは話した。

「では、美しさに関しては、『ある物事は、それが美しい物事に対しては、美しい物事である』という定義以外の定義を何か話す事ができますか?」

「それとも、肉体であれ、器であれ、それが何であれ、『普遍的に美しい物事である』として、あなたが知っている何らかの美しい物事を話す事ができますか?」

 次のようにエウテュデモスは話した。

「『そのような美しさの定義について、私エウテュデモスは何も知らない』と私は自ら認めます」

 次のようにソクラテスは話した。

「私ソクラテスが思うに、ある物事を、その物事に適した使い方で使う事は、その物事を美しく適用する事ですよね?」

 次のようにエウテュデモスは話した。

「疑い無く、それが、『美しく利用する』という事です」

 次のようにソクラテスは話した。

「では、美しく適用できる事以外の何かのために用いられる、(その物事に適した使い方で使う事以外の何かのために用いられる、)あれこれの全ての物事は美しいでしょうか?」

 次のようにエウテュデモスは話した。

「(美しく適用できる事、その物事に適した使い方で使う事という)唯一の事以外に用いられる全ての物事は美しくありません」

 次のようにソクラテスは話した。

「では、『役に立つ物事は、それが役に立つものに対しては、美しい』と思いますよね?」

 (次のようにエウテュデモスは答えた。)

「『そうである』と私エウテュデモスは思います」


 次のようにソクラテスは話した。

「では、勇気に関しては、どうでしょうか? エウテュデモスよ」

「私ソクラテスが思うに、あなたは、勇気を美しい物事に分類しますよね?」

「勇気は、気高い資質ですよね?」

 (次のようにエウテュデモスは答えた。)

「いえ、(それどころか、)勇気は最も気高い資質の一つです」

 次のようにソクラテスは話した。

「思うに、『勇気は大いなる目的の役に立つ』と、あなたは考えていますね?」

 次のようにエウテュデモスは話した。

「神よ! いや、むしろ、勇気は、全ての目的のうち、最も大いなる目的の役に立ちます」

 次のようにソクラテスは話した。

「では、『恐怖と危険に直面して、恐怖と危険について無知である事は、有利である』なんて考えますか?」

 (次のようにエウテュデモスは答えた。)

「確実に、無知は、不利です」

 次のようにソクラテスは話した。

「『単に、何が危険であるのか? について知らないせいで、危険に直面しても恐れない者どもは、勇敢ではない』と思いますよね?」

 (次のようにエウテュデモスは答えた。)

「最も、正しいです」

「そうでなければ、同様に見える事によって、狂人どもと臆病者どものうちの大部分も勇敢である事に成ってしまいます(が、実際は勇敢ではありません)」

 次のようにソクラテスは話した。

「ええ、では、恐ろしくない物事を恐れる者どもについては、どうでしょうか?」

 次のようにエウテュデモスは話した。

「神よ! 『勇敢である』なんて私が思うと、あなたは思っているのですか、ソクラテスよ?」

「狂人どもと臆病者どもよりも、恐ろしくない物事を恐れる者どもには、勇気が有りません」

 次のようにソクラテスは話した。

「では、あなたは、恐怖と危険に直面しても善良で優れている人達を『勇敢である』と考えますし、恐怖と危険に直面して劣悪な者どもを『臆病者どもである』と考えますよね?」

 (次のようにエウテュデモスは答えた。)

「確実に、私エウテュデモスは、そう考えます」

 次のようにソクラテスは話した。

「では、『勇気に関しては、恐怖と危険に立ち向かって上手く対処できるし、気高い利益に変える事もできる人達だけが、善良であるし、勇気に優れている』と、あなたは思いますか?」

 (次のようにエウテュデモスは答えた。)

「ええ、恐怖と危険に立ち向かって上手く対処できるし、気高い利益に変える事もできる人達が勇敢ですし、これらの人達だけが勇敢です」

 次のようにソクラテスは話した。

「では、実に、『恐怖と危険に下手な対処をしてしまう種類の者どもは劣悪である』と思いますよね?」

 (次のようにエウテュデモスは応えた。)

「もし恐怖と危険に下手な対処をしてしまう種類の者どもが劣悪でなかったとしたら、他に、誰が劣悪なのでしょうか?」

 次のようにソクラテスは話した。

「両方共、恐怖と危険に対して、自分が『行う必要が有る』とか『行うべきである』と考える通りの方法を利用するのでしょうか?」

 (次のようにエウテュデモスは応えた。)

「他に、どのように、恐怖と危険に対処するというのですか?」

 次のようにソクラテスは話した。

「『恐怖と危険に上手く対処できない、または、気高い利益に変える事もできない者どもは、行う必要が有る、または、行うべきである方法について知っている』と思いますか?」

 (次のようにエウテュデモスは答えた。)

「私エウテュデモスは、そうは思いません」

 次のようにソクラテスは話した。

「『行うべきである方法について知っている人達は、能力が有る人達でもある』という事に当然、成る、と思いますよね?」

 (次のようにエウテュデモスは話した。)

「ええ、行うべきである方法について知っている人達は能力が有る人達ですし、これらの人達だけが能力が有る人達です」

 次のようにソクラテスは話した。

「ええ、さて、恐怖と危険への対処に失敗しない人達については、どうでしょうか?」

「恐怖と危険への対処に失敗しない人達が、恐怖と危険に下手な対処をしてしまう事なんて有り得るでしょうか?」

 (次のようにエウテュデモスは答えた。)

「『恐怖と危険に下手な対処をしてしまう事は無い』と私エウテュデモスは思います」

 次のようにソクラテスは話した。

「逆に、『恐怖と危険に下手な対処をしてしまう者どもが、何らかの、とても酷い大失敗をしてしまう』と思いますよね?」

 次のようにエウテュデモスは話した。

「実に、十中八九、『当然そう成る』と思います」

 次のようにソクラテスは話した。

「では、『恐怖と危険に立ち向かって上手く善良に優れて気高く対処する方法を知っている人達は勇敢である』し、『恐怖と危険への対処に全く失敗してしまう者どもは臆病者どもである』と思いますよね?」

 (次のようにエウテュデモスは答えた。)

「『そうである』と私エウテュデモスも判断します」


 さて、「王政と独裁政治は、両方共、統治形態であるが、違う統治形態である」とソクラテスは確信的に考えていた。

 王政は、自発的に国家の法に従っている人々を統治します。

 一方、独裁政治は、法に従うのではなく、意に反して支配者の気まぐれや願望に従っている人々を支配します。

 「さらに、国民の形態、または、統治形態には、三つの形態が存在する」(とソクラテスは考えた。)

 「法によって定められている義務を果たした国民を公職に任命する場合は、貴族政治である(。または、最善の人達による統治である)」とソクラテスは考えた。

 「公職への(任命の)根拠が課税できる財産に左右されてしまう場合は、金権政治である(。または、富による支配である)」(とソクラテスは考えた。)

 最後に、「無差別に全国民が公職の任命権という手綱を握っていた場合は、民主政治である(。または、国民による統治である)」(とソクラテスは考えた。)


 また、論争をしかけてきた相手が、明確に話さずに、証明しようとも試みずに、名前を挙げた、ある人は、他の、ある人よりも、「より賢い」、または、「より政治家らしい」、または、「より勇敢である」などと主張した時に、ソクラテスが答えた方法を、私クセノフォンは説明しよう。

 次のように、ソクラテスは、議論全体を基礎の根本の問題へ戻す方法を用いた。


 次のようにソクラテスは話した。

「あなたがほめている誰々は、私ソクラテスがほめている人よりも、より優れた都市国家市民である、と、あなたは話していますよね?」

 次のように論争をしかけてきた相手は話した。

「ええ。他言していますが」

 次のようにソクラテスは話した。

「では、第一に『優れている都市国家市民の務めとは、何であるのか?』を調べる(ほう)が、より良くありませんか?」

 次のように論争をしかけてきた相手は話した。

「そうしましょう」

 次のようにソクラテスは話した。

「では、最初に、(国家の)支出という問題に関しては、ある都市国家市民が、国家の財源を増やす事や、国家の支出を軽減する事によって、その都市国家市民が優れている事を示しますよね?」

 (次のように論争をしかけてきた相手は答えた。)

「確かに」

 次のようにソクラテスは話した。

「また、戦争に関しては、敵国よりも自国を優勢にする事によって、その都市国家市民が優れている事を示しますよね?」

 次のように論争をしかけてきた相手は話した。

「明らかに、そうです」

 次のようにソクラテスは話した。

「また、私ソクラテスが思うに、外交官としての外交という職務に関しては、敵の代わりに味方を確保する事によって、その都市国家市民が優れている事を示しますよね?」

 (次のように論争をしかけてきた相手は応えた。)

「私も、そう思います」

 次のようにソクラテスは話した。

「ええ、では、議会での議論に関しては、党派争いをやめさせる事や、都市国家市民達の一致を促す事によって、その都市国家市民が優れている事を示しますよね?」

 次のように論争をしかけてきた相手は話した。

「それが、私の意見でもあります」


 前述のような、議論をその本来の出発点へ戻す方法によって、論争をしかけてきた相手ですら自ら心を動かされて、論争をしかけてきた相手の心にも、真実が明らかに成ります。


 また、ソクラテスによる論理的な議論を導く方法とは、一般的に意見が一致している、ある物事から、他の物事へ、(意見を一致させていって)徐々に前進する事でした。

 ソクラテスはよく「ここ(、意見の一致)に、論理的思考の真の保証を置く」と話していた。

 このため、私クセノフォンが知っている全ての人よりも、ソクラテスは、聴衆からの共通の意見の一致を勝ち取る事に、より成功していた。

 「オデュッセウスには、一般的に認められている、ある意見から他の意見へ(意見を一致させていって)議論を導く事ができる才能が有ったので、ホメロスは『誤りが無い雄弁家』という呼称をオデュッセウスに与えた」とソクラテスは話していた。

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