第四巻 第二章 (「自身を知りなさい」について)
第四巻 第二章 (「自身を知りなさい」について)
また、「自分は最優の教育を受けた」と思い込んで自分の知恵を思い上がっている類の者ども、第三の類の者どもに話を移すと、
ソクラテスが、これらの者どもを扱った方法を、私クセノフォンは今から説明するつもりである。
(次の事をソクラテスは理解していた。)
「美しい」エウテュデモスは、最も高名な詩人達と哲学者達による多数の書物を集めていて、それらの蔵書のせいで「知恵において同胞よりも上である」と自ら既に思い込んでいて、実に「話す能力と行動する能力において同胞の全てよりも優れる事ができる」と、やがて思い込むように成ってしまったようであった。
ソクラテスが気づいていたように、最初は、この若者エウテュデモスは、若いので未だ「アゴラ」に足を踏み入れなかったが、何か用事が有れば、馬具販売人の店のすぐそばに座るのを習慣にしていた。
(都市アテナイの「アゴラ」は広場で市場が有り「民会」が行われた。)
そのため、ソクラテスは、ソクラテスと共にいた友人達のうち何人かと、その同じ馬具販売人の店へ行った。
そして、まず、次のように、ソクラテスの友人のうち、ある人が質問し始めた。
「同胞の(都市国家アテナイ)市民達よりも、テミストクレスは、とても優れていたので、才能が有る人による貢献が必要と成った時に、都市(国家アテナイ)の全市民の目が思わずテミストクレスに向けられたのは、テミストクレスが賢者と交際した事による物であったのですか? それとも、他者からの助力無しのテミストクレス自身の才能による物であったのですか?」
エウテュデモスの心を動かすために、次のようにソクラテスは答えた。
「『能力が有る教師達の助けによってのみ、比較的、価値が小さいわざにおける優秀さには、到達する事ができるが、全ての国民にとって最も重大である、国家の指導者の地位は、偶然の、棚からぼたもちのように、誰にでも転がり込む運命に有る』という思い込みには、確実に、赤裸々な愚鈍さが存在する」(国家の指導者に成るには、教師に学んで、優秀さに到達する必要が有る。)
別の機会に、エウテュデモスは、その場にいたが、明らかに見て取れるように、まるで知恵という点でソクラテスに感心していると思われる以外の事なら何でも選ぶつもりであるかのように、(ソクラテス達に)親しく合流する事からは身を引く気に多少、成っていたようなので、次のようにソクラテスは話した。
「ここにいる我々の友人エウテュデモスが成人して、国家が解決したい何らかの問題を提起したら、エウテュデモスは助言という利益をもたらすつもりであるのは、エウテュデモスの習慣的な探求から、明らかである。そうではありませんか? あなた達、私ソクラテスの友人達よ」
「『(エウテュデモスは)誰からも何も学んでいない』と思われたいというエウテュデモスの強い願望で、(エウテュデモスが議会で演説する、)その時のために、エウテュデモスは議会での演説の見事な前置きを用意しているのを、誰でも想像できるはずである」
(「『エウテュデモスは誰からも何も学んでいない』と思われたいというエウテュデモスの強い願望で、エウテュデモスは議会での演説の見事な前置きを用意していて、現在、構成の最中であるのを、誰でも想像できるはずである。エウテュデモスは、どんな危険を冒しても、『誰かから何らかの知識の欠片を得ている』という疑惑を避けたいのです。そのため、どうしたら、エウテュデモスは、このように疑われずに演説の前置きを済ませられますか?」※別の版)
「明らかに、演説の前置きで、次のように、エウテュデモスは自身について話すであろう」
「アテナイの人々よ、私エウテュデモスは、誰かから何かを学んだ事が一度も決して有りません」
「また、私エウテュデモスは、誰かについて『(誰々は、)有能な政治家であるし、言葉や話す事に良く精通しているし、行動における才能が有る』と聞いた事がかつて有っても、その人に個別に会おうと努めた事が有りません」
「私エウテュデモスは、知識を持つ人達の中から教師を得ようと労苦する事すら、した事が有りません」
(「私エウテュデモスは、学術的な熟練者達の中から教師を得ようと労苦する事すら、した事が有りません」※別の版)
「逆に、私エウテュデモスは、(他人から学ぶ事を)執拗に避けてきているので、『他人から学んでいる』とは言えず、そうしている(、『他人から学んでいる』)と疑われる余地は正に最も、わずかしかないと言えます」
「しかし、私エウテュデモスは、自然の光によって私に生じた全ての考えを、進んで、(助言として、)あなた達が自由にできる物として任せます……」
「例えば、国家の医者の公職といった公職を求めている誰かの口から話された、このような前置きは、どれくらい適切に思われるというのか? 適切ではないですよね?」
「次のような前置きで、どれくらい有利に話し始める事ができるというのか?」
「アテナイの人々よ、私は、誰かの助けによって、治療の技術を学んだ事が決して有りません」
「また、私は、医者の中から、誰をも教師として得ようと努めた事が有りません」
「実際、要約すると、私は、永遠不変に、医者から何か学ぶ事を警戒するだけではなく、医学を学ぶという考えを正に完全に警戒しています」
「しかし、もし、あなた達が、よろしければ、私に、この医者という公職を与えてくれるならば、私は、あなた達の体で実験して、医療技術を学ぶために最善を尽くすと約束します」
その場にいた全ての人が、この演説の前置きに笑いました。
(そして、エウテュデモスは、他人から学ばない、という、その問題行為をやめたようであった。)
やがて、エウテュデモスが、まるで「沈黙によって『エウテュデモスは賢明である』という高名にあずかる事ができる」と期待しているかのように、未だ自ら話そうと努めないが、とりあえずソクラテスの話に注意を払う気に成ったのが明らかに成ると、ソクラテスは、「エウテュデモスの、このような欠点を直そう」と思って、次のように、話を続けた。
「竪琴やフルートを演奏するために、また、馬に乗るために、また、同様の全ての技術の熟練者に成るために、学ぶのを熱望している人々が、個人的に自ら絶え間無く、自分が優れたいと熱望している事の範疇ならば、どんな事でも学ぶのを喜ばなかったら、驚きませんか?」
「ただし、学ぶのを熱望する人々は、まるで別の方法では高名に成る事ができないかのように、最良であると評価されている教師達の全ての物事における意見に従って全ての物事を行い全ての物事に耐えて、教師達の教えを請う必要が有ります」
「一方、演説者として政治家として政治的に優れたいと熱望している人々の中には、政治が要求する全ての物事は、すぐには、言ってみれば、閃きによってでは、準備のための全ての労苦無しには、どんな準備でも無しには、行うのは不可能である理由を理解できない者どももいるのである」
(「一方、政治の範疇において話す事と行動において強く成りたいと熱望している人々の中には、政治が要求する全ての物事は、すぐには、言ってみれば、閃きによってでは、準備のための全ての労苦無しには、どんな準備でも無しには、行うのは不可能である理由を理解できない者どももいるのである」※別の版)
「学ばない者ども、『政治には学ぶなどの準備が必要である』と理解できない者どもが心配するのは、政治という分野での競争相手が、より多く成るのに比例して、学ぶ人達よりも、実現が、より困難である事に違い無いし、『他の分野に乗り込んだ人々が求められるよりも、政治という海に乗り込んだ人々のほうが、より長く、配慮する労苦の継続が必要である』と言わんばかりに、実に、野心の目標に到達する人は、より少数である事である、と(私ソクラテスには)思われます」
ソクラテスが、エウテュデモスとの交流の初期に、聞き耳を立てているエウテュデモスへ聞かせるのを習慣としていた話題とは、このような物であった。
実に、哲学者ソクラテスは、「若者エウテュデモスが議論の変化を(前)より容易に許容できるだけではなく今では、ある程度、熱心な聴講生に成った」と気づくと、独りで馬具販売人の店に行き、エウテュデモスがソクラテスのそばに座ったら、次のような会話を行った。
「どうか、教えてください、エウテュデモスよ」
「『賢者と呼ばれている人達の文書をあなたエウテュデモスが多数、収集している』と人々が私ソクラテスに教えてくれましたが、本当の事実でしょうか?」
(「『古代ギリシャの作者達や哲学者達の、いくつかの作品をあなたエウテュデモスが収集している』と人々が私ソクラテスに教えてくれましたが、本当の事実でしょうか?」※別の版)
次のようにエウテュデモスは答えた。
「全くの事実です、ソクラテスよ」
「また、私エウテュデモスは、可能な限り手に入れる事ができる全ての書物を所有するまで、収集を続けるつもりです」
次のようにソクラテスは話した。
「(家の女主人である、女神の女王である、)女神ヘラにかけて!」
「あなたエウテュデモスが金銀よりもむしろ知恵という宝の所有を望んだのを私ソクラテスはほめます」
「あなたエウテュデモスが金銀よりも知恵を望んだのは、『金銀は人をより善くできる手段ではなく、賢者の考えだけが善行によって人の所有物を豊かにできる』と、あなたが信じている事を示しています」
すると、エウテュデモスは、このソクラテスの言葉を聞いて、喜んだ。
なぜなら、エウテュデモスは、「ソクラテスの目には、『私エウテュデモスは知恵の獲得への高等な道の上にいる』と見えている」と思い込んだからである。
しかし、ソクラテスは、エウテュデモスがほめられて喜んでいるのに気づいて、話を続けた。
「では、エウテュデモスよ、何に、あなたは優れたいと熱望して、書物を収集しているのですか?」
すると、エウテュデモスは、何と答えるべきか考えて、沈黙したので、次のようにソクラテスは言い加えた。
「あなたエウテュデモスは、偉大な医者に成りたいのですか?」
「薬物類の処方箋は、それだけで、かなり大規模な蔵書を形成するであろうからです」
(次のようにエウテュデモスは答えた。)
「いいえ! 実に、私エウテュデモスは医者に成りたい訳ではありません!」
次のようにソクラテスは話した。
「では、あなたエウテュデモスは建築家に成りたいと思っているのですか?」
「建築家は、十分に蓄えられた機知と見識を持つ人をも意味するからです」
(「建築家に成るとは、十分に集められた知恵が、かなり蓄えられている事を意味するからです」※別の版)
(次のようにエウテュデモスは応えた。)
「私エウテュデモスには、そのような建築家に成る野心は無いです」
次のようにソクラテスは話した。
「ええと、あなたエウテュデモスは、テオドロスのような数学者に成りたいと思っているのですか?」
次のようにエウテュデモスは話した。
「いいえ、ましてや、私エウテュデモスは、数学者に成りたい訳ではありません」
次のようにソクラテスは話した。
「では、あなたエウテュデモスは天文学者に成りたいと思っているのですか?」
(若者エウテュデモスが不同意を示したので、次のようにソクラテスは尋ねた。)
「では、吟遊詩人ですか?」
「なぜなら、『あなたエウテュデモスはホメロスの全作品を所有している』と私ソクラテスは聞いているからです」
(次のように若者エウテュデモスは大きな声で話した。)
「いいえ。神よ! 私エウテュデモスは吟遊詩人に成りたい訳ではありません」
「吟遊詩人は叙事詩に、とても正確に精通しているのを、もちろん、私エウテュデモスは知っています」
「しかし、吟遊詩人ども自身は、もう十分なほど頭が空っぽの奴らです」
(「しかし、吟遊詩人どもは、叙事詩を歌う技術が単に完全なだけであり、吟遊詩人ども自身は最も正に愚者に成りやすい」※別の版)
ついに、次のようにソクラテスは話した。
「エウテュデモスよ、あなたは優れた人に成って、統治するのにふさわしい、自身や他の全ての人達に利益をもたらす能力が有る、政治家や行政官に成る事を熱望しているのですか?」
(「エウテュデモスよ、あなたは優れた人に成って、政治家や経済の専門家に成って、統治して、自身や他の全ての人達の恩人に成る事を熱望しているのですか?」※別の版)
(次のようにエウテュデモスは応えた。)
「はい。私エウテュデモスが成りたいと熱望しているのは、政治家という計り知れないほど優れた人です」
(次のようにソクラテスは話した。)
「神に誓って!」
「では、あなたエウテュデモスは、実に、野心の目標として、最も気高い徳、善行、力と、諸々のわざの中の最も大いなるわざを選んだのです」
「なぜなら、政治、統治は王者達の所有物だからです」
「そのため、政治、統治は『王者のわざ』と呼ばれています」
(次のようにソクラテスは話を続けた。)
「しかし、あなたエウテュデモスは、『正しさと高潔さ無しで、諸々の物事において、優れる事ができるか否か?』を考えた事が有りますか?」
次のようにエウテュデモスは話した。
「もちろん、私エウテュデモスは考えた事が有ります」
「そして、私エウテュデモスは、『正義と高潔さ無しでは、善い都市国家の市民、善い国民に成る事すら不可能である』と思います」
(次のようにソクラテスは応えた。)
「では、疑い無く、あなたエウテュデモスは、(正義と高潔さという)最初の一歩を達成しているのですか?」
次のようにエウテュデモスは話した。
「ええ、ソクラテスよ、私エウテュデモスは、『全ての政治家志願者と対しても、正しい高潔な人のままでいる事ができる』と考えています」
(次のようにソクラテスは話を続けた。)
「では、正しい高潔な人には、大工や靴屋のように、正しい人に特有の、正しい人にふさわしい務めが有るでしょうか?」
次のようにエウテュデモスは話した。
「確かに、正しい人には、正しい人に特有の、正しい人にふさわしい務めが有ります」
次のようにソクラテスは話した。
「では、ちょうど大工が大工の作業と作品を見せる事ができるように、正しい人は、正しい人の務めと成果を説明できるべきです。そうではありませんか?」
(次のようにエウテュデモスは応えた。)
「私エウテュデモスは理解しました! 『私は正しい務めを説明できない』と、あなたソクラテスは心配しているのですね!」
「ああっ、神よ!」
「もちろん、私エウテュデモスは、正しい務めを説明できます」
「また、その上、不正な務めも説明できます」
「なぜなら、私エウテュデモスの目と耳が届く範囲内で、毎日、不正な種類の物事が少なからず存在するからです」
(次のようにソクラテスは話を続けた。)
「では、(地面の、)こちら側に『善』と書き、そちら側に『悪』と書きましょう」
「そして、『善による成果である』と私達に思われる全ての物事を『善』と書いた所に書いて置き、『悪行による成果である』と私達に思われる全ての物事を『悪』と書いた所に書いて置きませんか?」
(次のようにエウテュデモスは答えた。)
「あなたソクラテスが、『それが物事の役に立つ』と考えるならば、どうぞ、そうしましょう」
そのため、ソクラテスは、提案したように、文字を(地面に)書いて、話を続けた。
「人々の間には、嘘をつく事が存在します。そうではありませんか?」
次のようにエウテュデモスは話した。
「確かに」
(次のようにソクラテスは尋ねた。)
「では、嘘をつく事を、善と悪の、どちら側に置きましょうか?」
次のようにエウテュデモスは話した。
「嘘をつく事は、明らかに悪の側です」
次のようにソクラテスは話した。
「だます事も珍しくありませんよね?」
次のようにエウテュデモスは話した。
「決して珍しくありません」
次のようにソクラテスは話した。
「だます事を、善と悪の、どちら側に置きましょうか?」
次のようにエウテュデモスは話した。
「だます事は、明らかに悪の側です」
次のようにソクラテスは話した。
「ええ、では、全ての種類の、金銭を盗るためにだまして損害を与える事は?」
次のようにエウテュデモスは話した。
「それも悪の側です」
次のようにソクラテスは話した。
「では、自由民を奴隷にする事は?」
(「では、人を誘拐して奴隷にする事は?」※別の版)
次のようにエウテュデモスは話した。
「それも悪の側です」
次のようにソクラテスは話した。
「では、前述の物事を善の側に置く事はできません。エウテュデモスよ、そうですよね?」
(次のようにエウテュデモスは応えた。)
「前述の物事を善の側に置くなんて恥じるべきです」
次のようにソクラテスは話した。
「よろしい」
「では、もし、将軍に選ばれた、ある人が、邪悪な敵国の奴隷化に成功したら、私達は、『その人が悪行を犯している』と思うべきでしょうか?」
次のようにエウテュデモスは話した。
「決して思うべきではありません」
次のようにソクラテスは話した。
「『その人は善行をしている』と認めませんか?」
次のようにエウテュデモスは話した。
「確かに」
次のようにソクラテスは話した。
「では、さらに、もし、その人が、戦闘で敵をだましていたら?」
次のようにエウテュデモスは話した。
「戦闘で敵をだます事も全く正しいでしょう」
次のようにソクラテスは話した。
「では、敵の所有物を盗んで略奪するのは?」
「その人は、正しい事をしていないのでしょうか?」
次のようにエウテュデモスは話した。
「確かに」
「あなたソクラテスが話を始めた時、『あなたソクラテスは質問を友人達の場合にのみ限定している』と私エウテュデモスは思っていました」
次のようにソクラテスは話した。
「それでは、悪の側に置いた前述の全ての物事を、今では、善の側に置くべきですね?」
次のようにエウテュデモスは話した。
「どうやら、そうですね」
次のようにソクラテスは話した。
「よろしい。ええ、では、そうしましょう」
「では、ぜひ、『敵に対しては、そのようにするのが善である事』という物を新たに定義しましょう」
「『敵に対しては、そのようにするのが善である事』とは、友人に対しては、そのようにするのが悪である事です」
「実に、友人に対しては、我々、人は、可能な限り正しく在る必要が有ります」
(「実に、友人に対しては、絶対に正しく在る必要が有ります」※別の版)
(次のようにエウテュデモスは応えた。)
「私エウテュデモスは、完全に、それに同意します」
(次のようにソクラテスは話した。)
「ここまでは、良いですね」
「では、もし、ある将軍が、自軍の士気が落ちているのを見て、『援軍が来る』という趣旨の嘘をねつ造して、この嘘によって自軍に勇気を取り戻させる必要が有ったならば、私達は、この作り話をした行動を善と悪の、どちらに置きましょうか?」
(次のようにエウテュデモスは応えた。)
「私エウテュデモスの考えでは、善の側です」
次のようにソクラテスは話した。
「では、さらに、もし、ある人に偶然、病気で薬が必要だが薬を飲むのを拒否している息子がいて、その父親が『美味しい食べ物である』という嘘でだまして薬を息子に飲ませたら、そして、その嘘が息子に健康を取り戻させるのに役立っていたら、私達は善と悪の、どちらに、この詐欺を置きましょうか?」
次のようにエウテュデモスは話した。
「同様の理由で、善に、これも置くべきです」
次のようにソクラテスは話した。
「ええ、もし、あなたに、ひどく意気消沈している友人がいて、その友人が自殺するのをあなたが恐れて、そのために、その友人から包丁、短剣や他の自殺の道具を盗んだら、私達は、この盗みを善と悪の、どちらに置くべきですか?」
次のようにエウテュデモスは話した。
「確実に、これも善に置く必要が有ります」
次のようにソクラテスは話した。
「『単純な善の(側と思われる)方法を、全ての場合においてでは、友人達を扱う場合ですらも、取るべきではない』と、あなたは言っている、と私ソクラテスは理解しましたが(、この理解は正しいですか)?」
(次のように若者エウテュデモスは大きな声で話した。)
「神よ!」
「もし、あなたソクラテスが私エウテュデモスに許してくれるならば、私は前言を撤回します」
次のようにソクラテスは話した。
「もちろん、あなたエウテュデモスが、そうしても良いと、許すとも!」
「(誤りを)偽って善や悪とするよりもむしろ、(誤りならば)全ての物事を(改めるべきである)……」
「ただし、私達が調べるべき点が、ちょうど、もう一点、有ります」
「友人をだまして損害を与えた場合を取り上げましょう」
「意図して、そうした場合と、意図せず、そうした場合の、どちらが、より悪でしょうか?」
次のようにエウテュデモスは話した。
「実に、ソクラテスよ、私エウテュデモスは自分の答えを信じるのをやめました」
「なぜなら、私エウテュデモスの前述の全ての自認や考えは、『最初に考えていたのとは違ってしまった』と私には思われるからです」
(「なぜなら、私エウテュデモスの全ての最初の見解は、『最初に考えていたのとは違ってしまった』と今では私には思われるからです」※別の版)
(「なぜなら、私エウテュデモスの全ての最初の主張は、『真逆の曲解であった』と今では私には思われるからです」※更に別の版)
「それにもかかわらず、もし私エウテュデモスが更に意見を大胆に言っても良いのであれば、『意図せず、だます人よりも、意図して、だます人は、より悪い』と私は言うつもりです」
次のようにソクラテスは話した。
「では、ちょうど文字には文法が存在するように、『善には善の知識が存在する』のでしょうか? あなたエウテュデモスの意見は、どうですか?」
次のようにエウテュデモスは話した。
「『善には善の知識が存在する』というのが、私エウテュデモスの意見です」
次のようにソクラテスは話した。
「では、意図して文字を書き間違えたり読み間違えたりする人と、意図せず文字を書き間違えたり読み間違えたりする人の、どちらが『より文学者である』と、あなたエウテュデモスは思うべきでしょうか?」
次のようにエウテュデモスは話した。
「『意図して文字を書き間違えたり読み間違えたりする人のほうが、より文学者である』と私エウテュデモスは思うべきです」
「なぜなら、意図して文字を書き間違えたり読み間違えたりする人は、選んだ場合は必ず、正しく文字を書いたり読んだりできるからです」
次のようにソクラテスは話した。
「では、意図して文字を書き間違える人は文学的教養が有る人であり、意図せず文字を書き間違える人は文学的教養が無い人であるのでしょうか?」
(「では、実際、意図して文法に違反する人は文学的教養が有る人であり、意図せず文法に違反する人は文学的教養が無い人であるのでしょうか?」※別の版)
次のようにエウテュデモスは話した。
「それが正しいです。そうです」
「そのような結論を避ける方法が私エウテュデモスには分かりません」
次のようにソクラテスは話した。
「では、意図して嘘をついてだます人と、意図せず嘘をついてだます人という、二人のうち、どちらが善について知っているでしょうか?」
次のようにエウテュデモスは話した。
「明らかに、意図して嘘をついてだます人は、善について知っています」
次のようにソクラテスは話した。
「ええ、では、『文字についての知識が無い人よりも、文字について知っている人は、より文学的教養が有る』と、あなたエウテュデモスは言っている事に成りますね?」
次のようにエウテュデモスは話した。
「はい」
次のようにソクラテスは話した。
「では、『善についての知識が欠如している人よりも、善について知っている人は、より正しい』ですね?」
次のようにエウテュデモスは話した。
「『そうである』と私エウテュデモスは思います」
「しかし、一生の間、私エウテュデモスは、自分が認めた物事を理解する事ができないでしょう」
次のようにソクラテスは話した。
「ええと、(次のように考えてください)」
「『正しい事を話したいと熱望している、ある人が、二分間ずっと前言を守る事ができない』と仮定してください」
「その人は、最初は『この道は東へ向かう』と話して、それから、『いや、この道は西へ向かう』と話します」
「または、その人は、数字の羅列を合計して、今、ある結果にして、更に、次には、より少ない結果にします」
「このような人について、あなたエウテュデモスは、どう考えますか?」
次のようにエウテュデモスは話した。
「神よ!」
「明らかに、その人は、『自分は知っている』と思い込んでいる物事について、知らないのです」
次のようにソクラテスは話した。
「では、あなたエウテュデモスは、『奴隷のような者ども』という、特定の人々に与えられている呼称を知っていますか?」
次のようにエウテュデモスは話した。
「知っています」
次のようにソクラテスは話した。
「『奴隷のような者ども』という言葉は、賢者を暗示しているのでしょうか? それとも、無知な者どもに適用されるのでしょうか?」
次のようにエウテュデモスは話した。
「明らかに、『奴隷のような者ども』という言葉は、無知な者どもを暗示しています」
次のようにソクラテスは話した。
「無知とは、例えば、鍛冶についての無知でしょうか?」
次のようにエウテュデモスは話した。
「いいえ。明らかに違います」
次のようにソクラテスは話した。
「では、大工についての無知でしょうか?」
次のようにエウテュデモスは話した。
「いいえ。大工についての無知でも決してありません」
次のようにソクラテスは話した。
「ええ、では、靴屋についての無知でしょうか?」
次のようにエウテュデモスは話した。
「いいえ。前述のような全てについての無知ではありません」
「むしろ逆です」
「なぜなら、前述の物事しか知らない者どもの大多数は、『奴隷のような者ども』なのである」
次のようにソクラテスは話した。
「あなたエウテュデモスの言葉の真意とは、『美しさ、善、正義について無知な者どもは、特に、奴隷のような者ども、である』という事ですか?」
(次のようにエウテュデモスは応えた。)
「それが、私エウテュデモスの意見です」
次のようにソクラテスは話した。
「では、我々、人は、『奴隷のような者ども』という非難を避けるために、全ての手段によって、全神経を緊張させる必要が有りますね?」
次のようにエウテュデモスは話した。
「いや、ソクラテスよ、全ての神聖であるものにかけて」
「私エウテュデモスは、『とにかく、私は哲学の学徒であるし、進んで美しさと善を探求する人に必要不可欠な全ての物事を教わっているため、正道の上にいる』と思い上がっていました」
「そのため、今、費やしてきた全ての労苦にもかかわらず、何よりも人が知っているべきである物事(である善)についての質問に答える事すらできない時の、私エウテュデモスの絶望をあなたソクラテスは十分に想像できるでしょう」
「そのため、進歩、向上の道は私エウテュデモスには開かれていないですし、改善の道も残されていません」
すると、次のようにソクラテスは話した。
「教えてください、エウテュデモスよ、あなたはデルポイのアポロン神殿に行った事が有りますか?」
(次のようにエウテュデモスは話した。)
「はい。確か、二回、行った事が有ります」
次のようにソクラテスは話した。
「では、あなたエウテュデモスは、デルポイのアポロン神殿の、ある箇所の、『自身を知りなさい』という碑文に気づきましたか?」
次のようにエウテュデモスは話した。
「はい。気づきました」
次のようにソクラテスは話した。
「あなたエウテュデモスは、その碑文(の真意)を留意しなかったのですか?」
「それとも、あなたエウテュデモスは、その碑文(の真意)に留意して、『自分は、どのような者であるか?』を知ろうと試みましたか?」
(次のようにエウテュデモスは答えた。)
「私エウテュデモスは『しなかった』と思って良いです」
「とにかく、私エウテュデモスは『自分は、どのような者であるか? を完全に確実に知っている』という程度にしてしまいました」
「なぜなら、もし、自身についてすら知らなかったのなら、世界の何を知っているというのでしょうか?」(自身について知らない人は、世界の何も知らない。)
次のようにソクラテスは話した。
「自分の名前しか知らない人は、『自身について知っている』と言えると、あなたエウテュデモスは思いますか?」
「それとも、むしろ、馬の利用と用途に関連して、馬が従順で扱いやすいか扱い難いか、強いか弱いか、速いか遅いか、その他の諸々の点でどのくらい耐えられるか、役に立つか役に立たないか、を知るまで、『必要不可欠な知識を知った』と確実に考えない、馬を買おうとする人のように、(『自身を知る』事に)正確に着手する必要が有りませんか?」
「そのため、同様に、実に、『人は、人に求められている事に関連して、自身の性質について自問自答する必要が有る』。そうではありませんか?」
次のようにエウテュデモスは話した。
「ええ、『そうである』と私エウテュデモスも思います」
「自身の能力について知らない人は、自身について知らないのです」
次のようにソクラテスは話した。
「では、次のような事も明らかです。そうではありませんか?」
「自己認識によって人は(神からの)無数の恩恵に出会いますし、自身についての無知によって多数の害悪に出会ってしまいます」
「なぜなら、自身について知っている人は、自身にとって(真に)利益であるものを知っています」
「自身について知っている人は、自身の能力の限界を知っていて、自身が知っている事を行う事によって、自身が必要としているものを自身にもたらしますし、そのため、成功します」
「また、逆に、自身について知っている人は、自身が知らないものを避ける事によって、誤りを避けますし、誤りを避ける事によって災難も避けます」
「また、自身について知っている人は、(自身についての知を)他人を判断する試金石にして、善いものを自身にもたらし、悪いものを避ける手段として、他人の欲求を利用します」
「一方、自身について知らない者ども、自身の能力について誤解している者どもは、他の全ての人と、他の全ての人の問題に対して、同様の苦境に陥ってしまいます」
「自身について知らない者どもは、自身の欲求についても知らないのであるし、自身のしている事も知らないのであるし、自身が扱っている他人についても知らないのである」
「自身について知らない者どもは、前述の諸々の物事において全く間違えてしまっているので、善いものについて的を外してしまいますし、悪いものに巻き込まれてしまいます」
「また、自身がしている事について知っている人は、成功という成果によって、高名と栄光に到達します」
「友人達は喜んで、自身について知っている人を活用します」
「一方、成功が、より少ない隣人達は、自身の問題で失敗すると、自身について知っている人の助言、導き、庇護を確保したいと熱望します」
「隣人達は、幸福への希望を自身について知っている人にかけます」
「そのため、前述の全ての理由のために、思いやりの主な対象として、自身について知っている人だけを選び出します」
「逆に、自身のしている事について知らない者ども、選択を誤ってしまって着手している事に失敗してしまう者どもは、自身の失敗によって損害を受けてしまって非難も受けてしまうだけではなく、徐々に名声を失ってしまって笑い者に成ってしまって、最終的に恥辱と侮辱を受ける人生を生きる運命に成ってしまいます」
「個人での真実である物事は、集団、社会(、国)での真実でもある」
(「あなたは気づくでしょうが、この法は、政治的な集団、国にも当てはまります」※別の版)
「自国の軍事力について知らなくて自国より強い国と戦争してしまう国は、絶滅させられて終わってしまうか、奴隷状態に陥ってしまって終わってしまいます」
すると、次のようにエウテュデモスは話した。
「私エウテュデモスは、あなたソクラテスの意見に完全に同意しますので、ご安心ください」
「『自身を知りなさい』という教えは、高く評価しても、し過ぎではありません」
「しかし、(『自身を知りなさい』を)どのように応用すれば良いのでしょうか?」
「自身について考察する起点とは、どのような物でしょうか?」
(「自身について調べる手順は、どのような事から始めるべきでしょうか? 分からないのです」※別の版)
「もし、あなたソクラテスが思いやり深くも説明を与えてくれるのであれば、私エウテュデモスは、説明を求めて、あなたを仰ぎ見ます」
(「もし、あなたソクラテスが説明しても良いのであれば、私エウテュデモスは、あなたを仰ぎ見ます」※別の版)
(次のようにソクラテスは応えた。)
「ええと、『あなたエウテュデモスは、善い物事と悪い物事の区別については、完全に十分に知っている』と私ソクラテスは思っています」
「今までの、あなたエウテュデモスの知識は信頼できる物ですか?」
(次のように若者エウテュデモスは応えた。)
「ああっ、はい、確実に、信頼できます」
「なぜなら、その重要な(善悪の)区別(についての知識)無しでは、私エウテュデモスは、実に、全ての『奴隷のような者ども』よりも、悪い、という事に成ってしまいます」
(次のようにソクラテスは話した。)
「では、あなたエウテュデモスは、善や悪と呼ばれている物事について私ソクラテスに説明してください」
(次のように若者エウテュデモスは応えた。)
「幸いにも、それは簡単です」
「最初に、私エウテュデモスは、『健康は善であるし、病気は悪である』と考えています」
「次に、私エウテュデモスは、前述の(健康と病気の)、どちらかの原因である、飲食物や、(娯楽と仕事や、)生活習慣を、健康か病気のどちらかの一因に成るのに応じて、善か悪と考えます」
次のようにソクラテスは話した。
「では、健康や、病気は、何らかの善の原因であると証明されたら善であるし、何らかの悪の原因であると証明されたら悪である、のですね?」
(次のようにエウテュデモスは尋ねた。)
「では、どのような場合に、健康が悪の原因に成り得たり、病気が善の原因に成り得たりするというのですか?」
(次のようにソクラテスは応えた。)
「神よ! 頻繁に十分に有り得るのです」
「例えば、ある不運な遠征や、ある不運な航海や、その他の、そのような種類の事故といった出来事において、健康と強さのせいで、そのような出来事に参加していた人々は亡くなってしまう場合が、実に、あり余るほど有るのです」
「一方、負傷して戦闘力を失ったせいで、または、その他の病弱による病気のせいで、置き去りにされた人達は命が助かる場合が有る」
次のようにエウテュデモスは話した。
「ええ、あなたソクラテスの話は正しいです」
「しかし、強さから得る事ができる利益が存在する事と、弱さから失ってしまう利益が存在する事を、あなたソクラテスは認めますよね」
次のようにソクラテスは話した。
「それでさえも、」
「実に、ある場合には利益をもたらし、別の場合には損害をもたらす前述の物事を、全く厳密な意味で、悪よりもむしろ、善であると考えるべきでしょうか?」
次のようにエウテュデモスは話した。
「いいえ。確かに、前述の一連の理由によって、善であると考えるべきではありません」
「しかし、ソクラテスよ、あなたの側でも認めるに違い無いが、疑い無く、知恵は善です」
「なぜなら、知恵によって、愚者よりも、賢者は、より善く行動するからです」
次のようにソクラテスは話した。
「あなたエウテュデモスは、次のような事について、どう思いますか?」
「あなたエウテュデモスは、(ギリシャ神話の)ダイダロスについて聞いた事が無いのですか?」
「どのようにして、ダイダロスは、自身の知恵のせいでミノス王にとらえられてしまって、ミノス王の奴隷に成るように強制されてしまって、祖国と自由を一気に奪われてしまったか(、あなたエウテュデモスは聞いた事が無いのですか)?」
「そして、どのようにして、ダイダロスは、息子のイカロスと共に逃げようと試みた時に、息子イカロスの死を引き起こしてしまい、ダイダロス自身の救いも達成できず、外国人に囲まれて誘拐されてしまって、再び奴隷にされてしまったのか(、あなたエウテュデモスは聞いた事が無いのですか)?」
(次のようにエウテュデモスは答えた。)
「はい。私エウテュデモスは、その昔の話を知っています」
(「ああっ、はい。もちろんです。その話は現在も通用しています」※別の版)
次のようにソクラテスは話した。
「また、あなたエウテュデモスは、『パラメデスの災い』という最も一般に知られている歌の題目について、聞いた事が無いのですか?」
「どのようにして、パラメデスは、自身の知恵のせいで、オデュッセウスに憎まれてしまって、殺されてしまったのか(、あなたエウテュデモスは聞いた事が無いのですか)?」
次のようにエウテュデモスは話した。
「その話も現在も通用しています」
次のようにソクラテスは話した。
「また、どのくらい多数の他の人達が、自身の知恵のせいで、とらえられてしまって、(ペルシャの)大王の所へ送られてしまって、(ペルシャの)大王の法廷で奴隷にされてしまったのか、どうか、あなたエウテュデモスは考えてください」
(次のようにエウテュデモスは大きな声で話した。)
「ええと、幸運は、確実に、善いに違い無いですし、議論の余地が無いですよね? ソクラテスよ」
(次のように哲学者ソクラテスは応えた。)
「もし、偶然、その他の疑問の余地が有る善の複合物でなければ、そうかもしれません」
次のようにエウテュデモスは話した。
「では、ある幸運と、別の幸運という、諸々の構成物の幸運のうち、どの幸運に、疑問の余地が有り得るのですか?」
(次のようにソクラテスは返した。)
「いいえ。無いですよ」
「もちろん、前述の、ある幸運と、別の幸運という諸々の構成物の幸運の中に、美しさや、強さや、富や、高名や、その他の、そのような種類の何かを盛り込まない限りは、ですが」
次のようにエウテュデモスは話した。
「神よ!」
「もちろん、前述の美しさや、強さや、富や、高名などを幸運に盛り込むべきです」
「なぜなら、前述の美しさや、強さや、富や、高名などが無い幸運など、何に成るというのですか?」
次のようにソクラテスは話した。
「神よ!」
「ええ」
「それだけで、(美しさや、強さや、富や、高名などを幸運に盛り込んでしまうだけで、)人に降りかかる害悪の最も共通する原因を盛り込んでしまう羽目に成ってしまうのです」
「美しい盛りの姿によって、乱心に駆り立てられてしまった、求婚者どもの手で、自身の美しい顔によって、堕落してしまった人々は、何と多いのか!」
「自身の強さによって、自身の能力を超えた行為を試みる気に成ってしまって、大きな不運に巻き込まれてしまった人々は、何と多いのか!」
「富のせいで、男性らしく無く成ってしまって、陰謀を計画されてしまって、破滅してしまった人々は、何と多いのか!」
「名声と政治的権力によって、多数の災いを被ってしまった人々は、何と多いのか!」
(次のように若者エウテュデモスは応えた。)
「ええと、もし幸運をほめる事すら正しくないのであれば、『人が何を神々に祈って祈願するべきなのか私エウテュデモスには分からない』と私は告白しなければいけません」
(次のようにソクラテスは話を続けた。)
「いいえ。前述は、多分、あなたエウテュデモス自身の知識への過信のせいで、あなたが調べるのを怠ってしまっていた問題なのです」
「しかし、あなたエウテュデモスが自ら指導しようと用意していた、国家アテナイは民主政治制で構成されているので、もちろん、あなたは、民主政治制とは何かについて知っていますよね」
次のようにエウテュデモスは話した。
「確かに、私エウテュデモスは、『知っている』と思います」
次のようにソクラテスは話した。
「ええ、では、国民とは何者かについて知らないで、民主政治制の国家とは何かについて知る事は可能ですか?」
次のようにエウテュデモスは話した。
「確実に、不可能です」
次のようにソクラテスは話した。
「では、どのような人々が『国民である』と、あなたエウテュデモスは考えていますか?」
次のようにエウテュデモスは話した。
「『貧者の国民が国民である』と私エウテュデモスは思います」
次のようにソクラテスは話した。
「では、もちろん、あなたエウテュデモスは、『貧者とは何者であるか』を知っていますね?」
次のようにエウテュデモスは話した。
「もちろん、知っています」
次のようにソクラテスは話した。
「では、『あなたエウテュデモスは、金持ちとは何者であるか、も知っている』と私ソクラテスは思っています」
次のようにエウテュデモスは話した。
「私エウテュデモスは、『貧者とは何者であるか』と同じくらい確実に、『金持ちとは何者であるか』を知っています」
次のようにソクラテスは話した。
「では、あなたエウテュデモスは、どのような人を『貧者である』とか『金持ちである』とか見なすのですか?」
次のようにエウテュデモスは話した。
「生活必需品に金銭を十分に支払えない人々を『貧者である』と私エウテュデモスは言います」
「また、全ての生活必需品に金銭を十分に支払えるよりも、より多くの富が有る人々を『金持ちである』と私エウテュデモスは言います」
次のようにソクラテスは話した。
「『わずかな金銭だけ所有している、ある人は、それ(、わずかな金銭)で十分であると感じるだけではなく、実際に、わずかな金銭から余剰金を得る事に成功する』と、あなたエウテュデモスは気づいた事が有りませんか?」
「一方、他の、ある人は、幸運による大きな富を『十分に大きな富である』と感じません」
(次のようにエウテュデモスは応えた。)
「最も確かに、気づいた事が有ります。思い出させてくれて、ありがとうございます」
「最貧の貧者達のように、王冠をかぶった国の指導者どもや独裁者の支配者どもが、貧困によって悪事を犯すように駆り立てられた、と聞いた事が有る人もいます」
(次のようにソクラテスは話を続けた。)
「では、国の指導者どもが貧困によって悪事を犯すようであるならば、私達は、貧困によって悪事を犯すような同様な国の指導者どもを、国民、庶民に分類する必要が有りますね」
「では、わずかな富を所有している、ある人達が、もし優れた経済学者であるならば、金持ちに所属するでしょうか?」
すると、次のようにエウテュデモスは話した。
「私エウテュデモスは、知恵の貧困によって、そう認めるように強制されます」
「私エウテュデモスは、『私は完全に沈黙し続けるべき潮時である』と思います」
「もう少しで、『私エウテュデモスは全く何も知らない』と証明されるでしょう」
そして、エウテュデモスは、「自身は、まさに、実に、『奴隷のような者ども』に過ぎない」と思い込んで、自身を軽蔑して苦しみながら、意気消沈して去った。
ソクラテスによって(エウテュデモスと)同様の状態に陥った人々のうち、多数の者どもが、再びソクラテスに近づくのを拒絶したが、ソクラテスとしては、その多数の者どもを「愚鈍である」と見なした。
しかし、エウテュデモスには、「重んじるに値する人に成るための最善策は、可能な限り多くソクラテスと交流する事である」と理解できる知恵が有った。
そのため、それからは、何らかの緊急の必要な場合を除いて、エウテュデモスは、いくつかの点でソクラテスの習慣や探求を模倣すらしながら、ソクラテスから離れなかった。
ソクラテスの側では、前述が「若者エウテュデモスの素質である」と理解して、可能な限りエウテュデモスの心を乱さないようにして、最も単純で明確な方法でエウテュデモスに「知る必要が有ったり、実践する必要が有ったりする」とソクラテスが考えた全ての物事を教授した。




