第四巻 第一章 (生まれつきの才能が有る人は、かえって善悪の教育が必要)
第四巻
第四巻 第一章 (生まれつきの才能が有る人は、かえって善悪の教育が必要)
また、ソクラテスは、次のような人であった。
ソクラテスが全ての状況下で、全ての点で、とても役に立ったので、普通の感性を(神に)与えられて(持って)いる観察者は、「(どこでも関係無く、どのような状況でも関係無く、)ソクラテスと共にいる事、ソクラテスと交際して長い時間を過ごす事は、実に、(知恵といった)価格をつけられないほど貴重な物を得られる」という事実を理解できた。
ソクラテスと共にいる事を習慣として成熟した人達、ソクラテス(の知恵)を受け入れた人達には、ソクラテスがもういなくても、ソクラテスの思い出すら、大いなる利益と感じられる。
実に、ソクラテスは、より真剣な気分の時に劣らず、より軽やかな気分の時にも、知恵によって役に立った。
「私ソクラテスは誰々を愛している」という、とても頻繁にソクラテスの口に上っていた、ソクラテスの言葉を例として取り上げよう。
いつもソクラテスの心から出ていた、この言葉は、美しさの盛りの時の肉体の美点に対しての言葉ではなく、むしろ、善行で明らかに成っている心の諸々の能力に対しての言葉であるのは、明らかでした。
(いつもソクラテスの心から出ていた、この言葉は、美しさの点での肉体の美点への言葉ではなく、美徳の点での心への言葉なのである。そして、生まれつきの善い資質の所有者の学ぼうとする心構えは、次のような生まれつきの善い資質を見つけるであろう。※別の版)
ソクラテスは、特定の諸々の証拠によって、次のような「諸々の(生まれつきの)善い資質」を見つけた。
関心を向けているものを学ぼうとする心構え。
学んだ知恵を記憶に留める力。
特に、家や国家の善い統治に役立つ物事を学ぶのを熱心に好む事と、一般的に、人や人事を正しく扱うのに役立つ物事を学ぶのを熱心に好む事。
「前述のような『生まれつきの善い資質』が有る人には、自らが幸福に成るための教育や、自分の家族の幸福な統治者に成るための教育だけではなく、国家や一人一人の人々のような他の人々も幸せにするための教育が必要なだけなのである」とソクラテスは主張した。
(「前述のような『生まれつきの善い資質』が有る類の人には、教育するとすれば、自らが幸運に恵まれた個人である力量を示すための教育や、自分の家族の幸福な統治者である力量を示すための教育だけではなく、国家や一人一人の人々のような他の人々も幸せにするための教育が必要なだけなのである」とソクラテスは主張した。※別の版)
実に、ソクラテスには、色々な種類の人々を扱うための色々な方法が有った。
(実に、ソクラテスの非難の方法は、一様な同一の方法ではなかった。ソクラテスの非難の方法は、非難する相手によって変化するのである。※別の版)
「自分には生まれつきの優れた才能が有る」と思い込んでしまって学ぶ事を軽んじている者どもには、ソクラテスは「(逆に、かえって、)生まれつきの最も優れた才能が有る人には、鍛錬と教育の必要が最も有る」と教えた。
(誰かが、自分の生まれつきの能力を頼ってしまって、学ぶ事を軽んじる気に成ってしまったら、ソクラテスは「逆に、かえって、まさに、生まれつきの優れた才能が有る人には、鍛錬と教育の必要が最も有る」と教えようと試みた。※別の版)
そのため、「馬の場合では、まさに、元気の良い馬は、子馬の時に適切に調教されたら、役に立つ優れた馬に成長するが、調教されないまま放置されたら、結果として、全く扱い難い、何の役にも立たない馬に成ってしまう」とソクラテスはよく教えていた。
また、次のように、ソクラテスは犬の場合も取り上げた。
「高度な品種改良の特徴である、戦う熱意、野生動物を攻撃する熱意を見せる、子犬は、善く育てられたら、狩猟のための優秀さや、他の全ての役に立つ目的のための優秀さを示します」
「しかし、子犬への教育を軽んじると、愚鈍な、狂暴な、簡単な命令にも従う事ができない犬に成ってしまいます」
「前述は、まさに、人でも同一なのです」
「ここでも、(人でも、)生まれつきの最も優れた(、神に授けられた)才能が有る若者、最も強固な心という資質と着手した事は何でも成し遂げるという確固とした決意を所有していると言える若者は、行うべき正しい事を教わって鍛錬したら、最高に善良で役に立つ人である力量を示すであろう」
「実際、生まれつきの才能が有る上に、善を教わって鍛錬した人は、最大規模で最善の事を成し遂げる」
「しかし、生まれつきの才能が有る人を、鍛錬を受けさせずに無作法な無知なまま放置したら、非常な邪悪さを示すだけではなく、非常に周囲に害悪をまき散らすであろう。そして、行うべき正しい事を見分ける知恵が欠如しているため、邪悪な劣悪な残酷な行為に頻繁に着手するであろう」
(「しかし、生まれつきの才能が有る人を、鍛錬を受けさせずに無作法な無知なまま放置したら、非常な邪悪さを示すだけではなく、非常に周囲に害悪をまき散らすであろう。そして、最も有害な類の悪人の長に簡単に成ってしまうかもしれない」※別の版)
「まさに、大悪人の資質(、才能)の盛大さと激しさは、自分の悪を抑える事や、自分を悪い方向から逸らす事を不可能にしてしまいます」
「こうして、生まれつきの才能は有るが、教育と鍛錬を受けない人の場合、成し遂げる事は最大規模ではあるが、成し遂げる事は最悪な事なのである」
また、「金銭が人を作る」という(誤った)理由で、また、「自分の富によって、自分が望む事を十分に成し遂げる事ができるし、自分の財力による行動力に感心した人々から栄光を十分に勝ち取る事ができる」という(誤った)理由で、富を誇ってしまって、「自分を何か更に教育する必要は無い」と思い込んでしまう類の者どもを取り上げると、
ソクラテスは、「教わる事無しに、行動において、何が有益か、何が有害かを区別するのは、可能である」と思い込む愚かさを教えて、そのような者どもを正気に戻した。
また、ソクラテスは、「善悪の区別以外の、富だけが、人が望む事や、人にとっての有利な簡単な方法を見つける事という、何事においてでも、人の役に立つ」と思い込む愚かさを教えて、そのような者どもを正気に戻した。
また、「有益に労苦できる力無しで、人が、成功したり、人生での戦いに対して全ての種類の方法で十分に用意したりできる」と思い込むのは、最も、まさに、愚鈍ではありませんか?
また、「真の知恵無しに富だけで何らかの優秀さに対する高名を勝ち取ったり、何らかの優秀さに対する高名無しに栄光と高名を勝ち取ったりできる」と思い込むのも、最も、まさに、愚鈍ではありませんか?




