第三巻 第十二章 (鍛錬しない怠惰は不利益を招く)(肉体の不健康は不健全な影響を精神に与えやすい)
第三巻 第十二章 (鍛錬しない怠惰は不利益を招く)(肉体の不健康は不健全な影響を精神に与えやすい)
ソクラテスは、ソクラテスと共にいた人達のうちの一人である、若者であるが肉体が虚弱である、エピゲネスという名前の人を見て、エピゲネスに話しかけた。
「エピゲネスよ、あなたは、鍛錬している若者の競技選手にふさわしい頑丈で強い外見をしていません」
すると、次のようにエピゲネスは話した。
「私エピゲネスは、競技選手ではないし、鍛錬していないので、そう見えるのは正しいです」
次のようにソクラテスは話した。
「私ソクラテスが思うに、その時が来たらアテナイ人が実行する、公の敵対者に対する生死に関わる戦いを軽視するつもりが無ければ、オリュンピア祭典競技に常に参加している全ての競技選手達と同じくらい、競技選手ではない人は、鍛錬が少ないという事が有っては成らない」
「(鍛錬に対して怠惰という)肉体についての悪習慣のせいで、戦争で危険にさらされて、すぐに死んだり、屈辱的に助かったりした者どもは少なくない」
「同一の原因のために捕虜と成ってしまった者どもは多数であるし、もし、そう成ったら、捕虜と成ってしまった者どもは余生に奴隷の苦しみを耐える必要が有る」
「また、(捕虜と奴隷という)痛ましい苦境に陥った後、(捕虜から解放されるための身代金として、)全所持金額のうち最高金額を払ってしまったら、または、全所持金額よりも高い金額を払ってしまったら、死が肉体の命から解放してくれるまで、最低限の必需品も不足してしまう悲惨な(貧乏)生活が延々と続くに違い無い」
「虚弱な肉体によって、『(戦争などの危機に)臆病な行動をする(はずだ)』と思われてしまって、悪い評判を得てしまう者どもも多数いる」
「(鍛錬に対して怠惰という)悪習慣に加えられる前述の罰、不利益を軽く見てしまう事ができますか?」
「『鍛錬に対する怠惰に対する罰、不利益を軽々と耐える事ができる』と思い込んでしまっているのですか?」
「私ソクラテスが思うに、(鍛錬しない者どもが受けるであろう労苦と)比較すると、健康な肉体の状態へ適切に鍛錬する人が受けるであろう労苦は、遥かに、より軽い。いや、快適ですらある」
「それとも、『(肉体を鍛錬する)良い習慣よりも、(肉体を鍛錬しない怠惰な)悪習慣は、より健康的であるし、一般的に、より役に立つ』という主張でもしますか?」
「次のような、健康な状態から湧き出す恩恵を軽く見ているのですか?」
「悪い病弱な状態に降りかかる災いとは、まさに正反対の恩恵が、健康な状態には伴います」
「まさに、健康は、健康と同時に、強さを暗示して意味していませんか?」
「この健康という護符だけで、多数の人達は、戦争という苦難を無事に乗り越えてきています」
「(健康によって、多数の人達は、)気高く、全ての戦争の恐ろしい事を乗り越えても、無傷でした」
「この健康という支えだけで、多数の人達は、友人達を救い出したり、祖国への援助者として進み出たりしてきています」
「それによって、健康な人達は、『感謝に値する』と思われて、大いなる高名を獲得して、国家からの無上の栄光という報いを受け取りました」
「健康な人達には、余生をより幸せに、より輝かしく過ごす事も約束されている」
「また、死に際して健康な人達は、より良い見通しの人生の起点という財産を子供達に残せる」
「我々の都市国家アテナイは軍事的な鍛錬を公的に行っていない。これは、個人的な軍事的な鍛錬を怠る理由には成らず、むしろ、軍事的な鍛錬を最も重く見る理由に成る」
「『全種類の競技でも、全ての商取引でも、(健康な)肉体によって良く用意が出来ていると、(行動の結果が)悪く成る事が無い』と保証します」
「また、実際、人の行動で、(健康な)肉体が役に立たない事など無い」(「実際、人の全ての行動で、健康な肉体は役に立つ」)
「そのため、肉体に対する全ての要求において、(肉体が虚弱であるよりも、)肉体が最良の状態であるのは、大いに、より良いのである」
「なぜなら、(誤った)推測で『肉体の必要性は些細である』と思い込んでいても、『(肉体の)不健康は恐るべき失敗をもたらす』と誰が知っているのか? いいえ! 誰も知らない!」
「『忘れやすさ、気落ち、不機嫌、狂気は、(肉体の)不健康という機会に、知能を頻繁に非常に激しく襲ってしまうので、知能から全ての知識を追い払ってしまう』と話せば十分であろう」
「しかし、良い肉体の状態の人は、大いに安全である」
「どのみち、肉体が健康な人は、不健康による前述のような失敗を被る危険に晒されない」
「肉体が健康な人は、むしろ、『(肉体を鍛錬する)良い習慣は、(肉体を鍛錬しない怠惰な)悪習慣による結果とは、正反対の(良い)結果をもたらす』と期待できます」
(「肉体が健康な人は、肉体を鍛錬する良い習慣によって、正反対の、悪い習慣が伴う悪い結果とは反対の、良い結果が保証されていると十分に期待できます」※別の版)
「そして、確実に、この(良い)結末、結果を迎えるまでに、(肉体の鍛錬という過程で、)人の感覚で人に耐えられないような事は何も無いのである……」
「『自身を創造して、完全に完成させた強い美しい肉体が、どのような様子であるか』を見上げて見ないで、杜撰にも自身(の肉体)を軽視して老いるのは、人にとって、劣悪な事なのである」
「前述の栄光は、自身(の肉体)を軽視する罪を犯している人には、与えてもらえないのです」
「なぜなら、肉体を鍛錬しない怠惰な者どもは、求められなくても自発的に(自分の心が)燃え上がるのを習慣としていない」
(「なぜなら、肉体を鍛錬しない怠惰な者どもは、自発的に自身の力を見せるのを習慣としていない」※別の版)




