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第三巻 第八章 (美しさについて)(善と美しさは一体化している)

 第三巻 第八章 (美しさについて)(善と美しさは一体化している)(役に立つ場合は美しい)(家について)(絵や装飾について)(神殿や祭壇の立地について)


 以前、ある時、ソクラテスの手によりアリスティッポスが厳しく追及されたように、かつてアリスティッポスがソクラテスを厳しく追及した時に、

ソクラテスは、ソクラテスと共にいる友人達に利益をもたらす事ができるように気をつけて、自分の主張が曲解されるのを警戒する議論者風というよりは、正しい指導の無上の重要性に説得されている人風で、(アリスティッポスに)答えた。

 アリスティッポスは、ソクラテスが(アリスティッポスの質問に)同意して飲食物や、富や、健康や、力や、勇気のような何か特定の善いものの名前を挙げた場合に、「ソクラテスが名前を挙げた(善い)ものは悪い場合が有る」と指摘するつもりで、「もしソクラテスが何か善いものを知っているならば、その名前を挙げてください」とソクラテスに質問した。

 しかし、ソクラテスは、「(人が誤って『あるものは善いものである』と思っても、その、)あるものが人を苦悩させてしまうならば、すぐに、人は苦悩を止めてくれる(別の)ものを必要とする」という事を知っていたので、最善の答え方と成るように、(次のように、)正確に答えていった。

 (しかし、ソクラテスは、「人が誤って『あるものは善いものである』と思っても、その、あるものが人を苦悩させてしまうならば、すぐに、人は苦悩を止めてくれる別のものを必要とする」という事を知っていたので、次のように、最も適切に答えていった。※別の版)

「『熱に善い何かを私が知っているかどうか、あなたアリスティッポスは質問している』と私ソクラテスは解釈しても良いでしょうか?」

 (次のようにアリスティッポスは応えた。)

「いいえ、それでは私アリスティッポスの質問の意味を誤解、曲解しています」

 次のようにソクラテスは話した。

「では、目の炎症に善い何かを質問しているのでしょうか?」

 次のようにアリスティッポスは話した。

「いいえ、それも、また、私アリスティッポスの質問の意味を誤解、曲解しています」

 次のようにソクラテスは話した。

「ええと、では、空腹に善い何かを質問しているのでしょうか?」

 次のようにアリスティッポスは話した。

「いいえ、『空腹に善い何か』も、また、私アリスティッポスの質問の意味を誤解、曲解しています」

 (次のようにソクラテスは答えた。)

「ええと、もし、『何に対しても善くない、何か善いもの(、という矛盾した有り得ない妄想上のもの)について、私ソクラテスが知っているかどうか』をあなたアリスティッポスが質問しているならば、私は知らないですし、知りたいとも思いませんが」

 (ソクラテスが、)そうした所、アリスティッポスは、(別の同様の)追及、質問に戻って、「もしソクラテスが何か美しいものを知っているならば、その名前を挙げてください」と質問した。

 次のようにソクラテスは答えた。

「ええ。美しいものは多数、存在します」

 次のようにアリスティッポスは話した。

「多数の美しいものは、全て相互に、似ていますか?」

 次のようにソクラテスは話した。

「逆に、多数の美しいものは、多くの場合、可能な限り似ていません」

 (次のようにアリスティッポスは質問した。)

「では、どうして美しいものと似ていないものが美しい事が有り得るのですか? (ソクラテスは矛盾していませんか?)」

 次のようにソクラテスは話した。

「神よ!」

「なぜなら、『ある美しく走る走者が、別の、ある、拳で美しく戦う拳闘士と、(体の動かし方や、美しさの種類が)全く似ていない事は有り得る』という簡単な理由からです」

「また、なぜなら、防御が目的である美しい対抗手段である盾が、速く確実に放射できる美しい対抗手段である投げ槍と、(美しさの種類が)完全に似ていないからです」

 次のようにアリスティッポスは話した。

「それでは、(『何か美しいものを知っているかどうか』質問した時の、)あなたソクラテスの答えは、私アリスティッポスが『何か善いものを知っているかどうか』質問した時の答えと、大して違いませんよ」

(「『何か美しいものを知っているかどうか』質問した時の、あなたソクラテスの答えは、私アリスティッポスが『何か善いものを知っているかどうか』質問した時の答えと、まさに同じようですよ」※別の版)

「ソクラテスの答えは、両方共、唯一の決まった型のくり返しなんですね」(「ソクラテスの知恵は浅はかなんですね」)

 次のようにソクラテスは話した。

「ですが、善いものと、美しいものの答えは、そのように、唯一の型に当てはまるべきなのです」

 (

 善と、美しさは、普遍的に、唯一のものなのである。

 美しさとは、神の五感でも、この世のものの五感でも、五感を真に喜ばせる事なのである。

 善とは、神を喜ばせる事なのである。

 )

「(誤って)『善いものと、美しいものは、別である』と、あなたアリスティッポスは思っているのですか?」

「『同一の基準へと一致していくのに比例して、全てのものは、善く成る、と同時に、美しく成る』と、あなたアリスティッポスは知らないのですか?」

(「『善と、美は、相互に変換し合える言葉』で、『善いものは何でも美しい』、また、『美しいものは何でも善い』と、あなたアリスティッポスは知らないのですか?」※別の版)

「第一に、」

「徳(、善行、心の力)は、(善と美しさの共通の基準ではない、)ある基準へと一致していくのに比例して善いものには成らないし、(善と美しさの共通の基準ではない)別の、ある基準へと一致していくのに比例して美しいものには成らない」

「第二に、」

「複数の人達は、同一の基準へと一致していくのに比例して、同一の原理によって『善いし、美しい』と呼ばれているのである」

「また、同様に、人の体の体格は、同一の基準へと一致していくのに比例して、『善いし、美しい』と見なされます」

「また、一般的に、人が利用できる全てのものは、同一の基準へと一致していくのに比例して、各々のものが役に立つ各自の事へと一致していくのに比例して、『善いし、美しい』と見なされます」

(「また、一般的に、人が利用できる全てのものは、同一の基準へと一致していくのに比例して、『善いし、美しい』と見なされますが、その同一の基準とは、それぞれの当のものが役に立つ事なのです」※別の版)

 次のようにアリスティッポスは話した。

「それでは、多分、肥料と成る排泄物を運ぶ(かご)ですら美しいものに成ってしまいますが?」

 次のようにソクラテスは話した。

「はい!」

「そのため、黄金の槍は、黄金と槍という二つの物のそれぞれの使い道にとっては、醜いものである。(なぜなら、)槍は(武器としては)適切であるが、黄金は(槍の材料としては軟弱過ぎるので)不適切である」

 次のようにアリスティッポスは話した。

「あなたソクラテスは、『同一のものが、美しいし、醜い事が有り得る』と主張している、と私アリスティッポスは解釈して良いですか?」

 次のようにソクラテスは話した。

「はい!」(ある使い道に対しては適切である場合は「善い」、「美しい」と言えるし、別の使い道に対しては不適切である場合は「悪い」、「醜い」と言える。)

「同じ説明によって、諸物は、(ある使い道に対しては適切である場合は)善い、と共に、(別の使い道に対しては不適切である場合は)悪い、のである」

「なぜなら、例えば、空腹に善い物は(食べると体の発熱を促して)熱に対しては悪いかもしれないし、熱に善い物は(、例えば、解熱薬は胃が空っぽの時に飲むと胃を痛めるので)空腹に対しては悪いかもしれない、からである」

「また、さらに、レスリングでは美しい物(である美しい体の動き)が、時には、競走では醜い物(である醜い体の動き)である事が有ります」

「そのため、一般的に、ある目的を考慮すると十分に適切である全てのものは善いし美しいが、その同一の目的を考慮すると不適切である全てのものは悪いし醜いのである」


 ソクラテスは、家について話した時も、同様に、「同一の家が、同時に、美しいし、醜い、事が有るに違いない」と論理的に主張した。

 「ソクラテスは、善や美しさという問題について、善い教えを授けてくれていた」と私クセノフォンは感じずにはいられない。

 ソクラテスは、次のように、「どのように家を建てる必要が有るか?」という問題について調べた。

 次のようにソクラテスは話した。

「『完全な家を建てようと思っている全ての人は、住むために、可能な限り快適に、と同時に、可能な限り有用であるように、家を作るつもりである』と、あなたは認めますか?」

(「『理想的な家を建てようと思っている全ての人は、住むために、可能な限り快適に、と同時に、可能な限り有用であるように、家を作るつもりである』と、あなたは認めますか?」※別の版)

 そして、ソクラテスは、この点が認められると、次のように質問した。

「夏は涼しいし、冬は暖かい家を持つのは快適です。そうではありませんか?」

 そして、ソクラテスは、この質問も同意を得られると、次のように話した。

「さて、家が南向きなら、冬の間は『一階の屋根が張り出した縁側』の屋根(、または、『柱で支えられた屋根が有る玄関』の屋根)の下に日光が入るが、夏は太陽が人の頭上を横切るので(、日光の入射角が垂直に近く成るため)、屋根が快適な日陰をもたらします。そうではありませんか? それで、南向きの家の配置を望むなら、冬は日光を受け取れるように家の南側を(他)より高く建てるべきですし、冬は冷たい風の侵入を防ぐために家の北側を(他)より低く建てるべきです。一言で言うと、『最も快適な、最も美しい家とは、家の中で家の持ち主が全ての季節で最も快適に休憩できる場所を見つける事ができるし、最大に安全に所有物をしまう事ができる家である』と考えるのが論理的です」


 (また、次のようにソクラテスは話した。)

「絵や装飾は、(盗まれたり破壊されたりする可能性が有るので、)与えるよりも多く、喜びを人から奪いやすい」


 (また、次のようにソクラテスは主張した。)

「神殿や祭壇に最適の場所は、遠くから見える、(不信心者である俗)人が足を踏み入れない場所である」

 なぜなら、(神の)崇拝者にとって、(神殿や祭壇を)遠くから見上げて(神に)祈りを捧げるのは、喜ばしい事だからである。

 また、汚れなき清浄な崇拝者にとって、(不信心者である俗人がいなくて)安穏と、(神殿や祭壇へ、)ゆっくりと進むのも、喜ばしい事だからである。

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