第二巻 第四章 (善友は大事)
第二巻 第四章 (善友は大事)
私クセノフォンは、別の、ある時に、友人との交際という似た話題について、「良く計算された言葉である」と私クセノフォンには思われた言葉で、人が友人を正しく選んだり正しく用いたりするのに役立つ事を、ソクラテスが話したのを聞いた事が有ります。
ソクラテスは「全ての財産のうち、善良で誠実な友人という財産に等しいものなど無い」という意見をよく耳にしてきた。
しかし、こういった主張にもかかわらず、ソクラテスが見た限り、人々の大半は、友人の獲得について、最も些細な事として関わっていた。
(次のようにソクラテスは話した。)
「家、畑、奴隷、牛、全ての種類の備品を、人は、労苦して獲得して、入手したものを保持し続けようと良く努力する」
「しかし、人は『友人は、人にとって最も大いなる、ありがたい者である』と認めているが、『人にとって最も大いなる、ありがたい者である友人』を入手するために、または、人が既に保持している友人を保持し続けるために、考えを費やす人は未だにほとんどいないのである」
「それは、友人のうち一人と、家の者である召使いの一人に同時に病が降りかかった場合、顕著なのである」
「人は、召使いの所へは迅速に医者を連れて来て、多大な労苦を費やして、回復のために必要な全ての処置を取るであろう」
「一方、同じような状況の友人は軽視されてしまうであろう」
「また、両方共に死んだ場合、」
「人は、召使いの死で深い困惑の様子を見せるであろう」
「人が深い困惑の様子を見せるように、召使いの死は、人にとっては、明白な損失なのである」
「一方、『友人に関しては、自分の地位には実質的には影響が無い』(と思ってしまうのである)」
「このように、人は、保持している(、友人以外の)他のものを無視したり軽視したりして放置しようとは夢にも決して思わないが、(友人からの)友情による無言の訴えは露骨な無関心と出くわす羽目に成ってしまう」
(「このように、人は、保持している、友人以外の他のものを無視したり軽視したりして放置しようとは夢にも決して思わないが、丁重な世話を求める友人からの叫びは無視される羽目に成ってしまう」※別の版)
(そして、次のようにソクラテスは話を続けた。)
(また、次のように、ソクラテスは別の顕著な相違を示す事例を話す事を怠らなかった。※別の版)
「また、これ以上無い事例を取り上げると、」
「保持している普通のものに関しては、どんなに多種多様でも、大多数の人々は少なくとも数量に精通しているが、友人の数を数え上げるように求めたら、結局のところ、場合によると友人があまり多くなくても、友人の数を(正確に)数え上げる事ができないであろう」
「また、質問者が人に友人の名簿の作成を試みさせるようにさせたら、人は、先ほど書いた何人かの名前をすぐに取り消す羽目に成るであろう」(人は、無上の財産であるはずの友人について、友人であるか否かの判断が曖昧である。)
「人々が友人に費やしている考えの量とは、こんな程度なのである」
「けれども、人が『保持しているもの』と呼ぶかもしれない他のもので、この友人という最善の保持するべき者、以上のものは存在しないのである!」
「誠実な友人という価値ある者を増やす事と比べると、より善く役立つ物事は存在しないのである!」
「一頭の馬や、一対の牛を考えてください」
「馬や牛には、馬や牛の価値が有る」
「しかし、誰が尊敬に値する友人の価値を評価できるというのか? 尊敬に値する友人は値段がつけられないほど貴重なのである!」
「尊敬に値する友人は、奴隷のうち最も誠実な奴隷よりも、思いやり深く誠実なのである」
「尊敬に値する友人は、『全てにおいて役立つ者』と最もよく呼ばれている」
「尊敬に値する友人は、どのような役割を自身に課しているか考えてください!」
「友人達の幸福の不足に対応して幸福を補充する事、友人達の個人的な利益と公的な利益を増やす事が、尊敬に値する友人が関心を持っている事なのである」
「どのような方面でも思いやり深い行動は必要が有るのでは? どのような方面でも思いやり深い行動は必要が有るのである!」
「尊敬に値する友人は重点的に援助を(友人達に、)つぎ込むであろう」
「何らかの恐怖によって(尊敬に値する友人がいる人は)困惑するか? いいえ!」
「尊敬に値する友人は、金銭と行動力を費やして、理性に訴えたり暴力に訴えたりして、すぐに(友人達を)助けて守る用意が有る」
(「尊敬に値する友人は、金銭と行動力を費やして、外交的手段によって、すぐに友人達を助けて守る用意が有る」※別の版)
「尊敬に値する友人の名誉とは、(友人が)成功している時は成功者である友人を喜ばせる事ができる、のと同様に、ほとんど失敗してしまっている友人の立場を支援して友人を元気づける事ができる事なのである」
「人が手によって役立つ事ができる全ての物事、各人が目によって素早く見る事ができる全ての物事、人が足によって巡回できる全ての物事について、尊敬に値する友人は、役立つわざによって、不足する事が無いのである」
「いいえ、(それどころか、)多くの場合、人が独力では達成できなかった物事、(人が独力では)見聞きしたり到達したりできなかった事について、友人のために行動している友人は、友人の代わりに、達成できるであろう」
「けれども、果実のために果樹を得ようと試みて世話をする事は珍しくないのに、この友人という富が豊かな鉱山へ気を配って世話をする事を、人々の大半は、おろそかにしてしまっていて無関心でしかないのである」




