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ルナはアトリエで薬の製作に勤しんでいた。当面の目標は『エルフの媚薬』だが、その他にもキス魔になる、効果時間内は従順になるなど、欲望の限りを尽くした物を作っていた。使う相手は当然リアだ。とはいえ、1から作る事の難しさは自分が良く分かっている。
「やはり、目標はひとつに絞った方がいいですねぇ。勢いで幾つも手を出してしまいました」
色んな候補や効果の組み合わせが浮かぶ度に紙へ科学的構造と薬剤に材料と作り方を粗く書いていた。けれど全部に手を出していては、ひとつたりとも出来ないだろう。
ここはやはり、目標の媚薬を作るべきだ。資料も材料も作り方も判明している。
そう思い、心機一転。
錬金釜の出力を調整して……材料を手に薬製作をしていたのだが。ここであり得ないやらかしをしてしまった。試験管に入った液体を鍋に投入した後で、そういえばラベルを貼ってない事に気がつく。几帳面なルナは試験管に液体が入っている時は、識別する為に大体ラベルを貼る性格だ。ゆえに……試験管を立てていたケースに目を向け「あっ」と呟く。
「……まって、これキス魔の実験薬では?」
ポコポコと釜が嫌な音を立て始める。
「や、やばいやばい。変な反応起こってます!?」
急いで鎮静化の薬を探して手に取る。それを入れると。更に悪化した。釜の中の透き通っていた液体が黒くくすんでいく。
「なぜです!?」
空気中に焦げ臭い匂いが立ち込め始める。換気が追いつかず、アトリエ内を薬品の靄が包み込む。
「ケホケホ、ち、中和剤を……」
側に置いてある緊急用中和剤を手に取り、釜にぶち込むと。少しの淡い閃光の後。
「やば!? 回避ィ!!」
ルナは咄嗟に床に伏せる。
そして釜の中で薬品反応が急速に進み、大爆発を起こした。
………………
リアは爆発音が聞こえてすぐにルナの家に駆けつける。扉に鍵はかかっておらず、勝手に開けて叫ぶように確認する。
「大丈夫か!?」
視界が悪い中左右を見る。そしてルナが釜の近くで倒れているのを発見し、血の気が引いた。
「ルナ!!」
駆け寄り身体を抱き起こす。脈を確認し、呼吸を確認し、生きてる事を確認してホッとした。のも束の間。ルナの瞼が上がる。
「お、気がついたか? 良かった、外傷は無さそう……」
リアが言い終わる前に、唇が塞がれた。「え?」という言葉すら出せない。眼前にはルナの顔があり、互いの睫毛が触れ合いそうな距離だ。
『キス』をされた。そう理解するのに3秒ほどかかった。
「ん、んあ!!」
「んっ……」
ルナの翠色の瞳は涙で潤んで、熱に浮かされとろんとしていた。頬は朱を差し、甘い香りが鼻を掠める。
必死に押し返そうとするも、ルナはリアの首に腕を回してガッチリと固定し、動けない。魔法で無理矢理引き剥がす事は出来なくはないが、確実に怪我をさせてしまう。当て身は上手い人じゃないと、下手をすれば殺してしまうか後遺症を残してしまう。だから、無理矢理気絶させるのは意外と難しい。
リアが必死になって歯で塞いでいた最終ラインを、ルナの舌が無理矢理こじ開ける。
「んちゅ、んっ……」
「んぅ、はぁ、うんっ」
静かなアトリエに、淫靡な水音が鳴る。互いの理性を溶かし合い、しかしリアはどうにか引き剥がそうと足掻く。
その光景は、恐ろしい程に美しく。2人のエルフが重なり合い、一方的に愛を貪る姿は一枚の絵では描き残せないだろう。
しかしリアは必死に引き剥がそうとする。普段のルナの姿を見ているからこそ、緊急事態だと理解しているからだ。正直に言えば役得ではあるが、意思の不確かな彼女とのキスは『嬉しくない』。どうせなら、良い雰囲気で互いの意思がしっかりとある状態でキスをしたい。
ルナの額に空気を溜めて放つ。簡単デコピンだ。
「んあ」
ルナの身体がビクッと震え、そして顔が離れた。お互いの口元には唾の糸が線を掛けている。互いの瞳に姿が写り合う。ルナは目を細めて口を開いた。
「大好き」
素直な好意に固まってしまう。いつもの軽いやりとりではない。心からの本気の言葉。故に答えに詰まる。アデルの姿が脳を横切り、なんだかイケナイ浮気をしているような気分にさせる。
だから、ここで引かせてもらおう。リアは真上に魔力で水の玉を作る。若干氷属性を混ぜ冷たくした水を、ルナの頭上から落とした。当然、自分にも降りかかるので身体が震えた。けれど、どうやら気付けにはなったらしい。
「おはようルナ」
「私は何を……?」
彼女の拘束が弱まり、リアは優しく腕を退かす。まだ、ぼーっとしているルナだが身体が震えているのが分かる。リアは魔法で温かな風を作り出すとルナを包み込む。
「うぅ、釜が爆発したところまでは覚えているのですが。すみません、どうやら迷惑をかけたみたいですね」
「無事なら良かったよ。今度から気をつけてくれよ?」
ある程度、服は乾いたがまだ寒そうにしているルナをお姫様抱っこで持ち上げる。
「リア?」
「体冷えただろ? 風呂沸かすから入ってけ。アトリエはこの惨状だしな。掃除はあとで手伝うよ」
口に残る彼女の香りにドキドキしている事を悟られないように、ルナを自宅に招待した。
………………
リアの家の湯船に浸かりながら、ルナは息を吐く。何が起きたのか記憶に無い。けれど、胸が高鳴るのは何故なのか。考えれば考えるほど、リアが見せた複雑そうな笑みを思い出してしまう。心臓の鼓動を感じながら、水面に口をつけぶくぶくと泡を立てる。
そうしていると、バタバタと脱衣所で音が鳴った。まさかリアが来たのかと思ったが、曇りガラス越しに見えたのは背の低い2人の人影。
彼女達はルナがいる浴室の扉を問答無しに開けて入る。
「ルナ!! リアと何したの!?」
「リアの様子が変だよ!! さっさと吐いて!!」
………………
気分を落ち着かせる為に淹れた珈琲だったが、飲まずに水面に写る自分の顔を眺めていた。子供達が行った事は分かっているし、今の自分が動揺を悟られまくっている事も理解している。
(色恋は難しいっすね神様)
いっそ多妻になんて最低な事を思う。だけど、愛を注ぐのは1人にしたい。
だが、アデルに続いてルナにまで本当の気持ちを伝えられたら、迫られるのだ。
『覚悟』。
愛を囁いてくれる人がこんなにもいる。好いてくれる人がこんなにも増えた。アデルやルナだけではない。クロエとアルエ、本気かどうかは分からないがアイゼンも。
「アデルには2年待つ約束をした。これは絶対に守る。だけど、ルナの気持ちを2年も先延ばしにしたくはない……」
天井を見上げて息を吐いた。さて、どうしたものかと。唇に残る感触を思い出し、指でなぞる。
そもそも、なんでここまで迷って、優柔不断になっているのか。答えなど簡単だ、自分を好いてくれている人を不幸に、そして涙を流してほしくない。それが全て。
「難しいなぁ、人生ってやつは」
風呂場から聞こえる姦しい声を聞きながら、瞼を閉じる。
例え異世界だとしても。一夫多妻が認められているとしても。
平等に複数の人を愛するのは、とても難しい。なにより元男の矜持として、誠実さは忘れたくない。




