9話 天才の戦い方
よろしく。
そこは異様な空間だった。
赤い身体の巨大ドラゴンが、殺意に満ちた表情で相対する少年を睨んでいる。
対して、対峙する少年、鶴城 悠は――何も持っていない。
布の半袖シャツにズボン、この世界での普段着だ。鎧も兜もつけていない、完全な無防備状態。もし彼がドラゴンの攻撃を一撃でも食らおうものなら、一瞬にしてその命を落とすだろう。
しかし、彼の瞳に恐怖の色はない。
「……言うじゃないか、ツルギ。僕が連れてきたこいつを、君1人で無力化するって言うのか?」
「あんた、バカじゃないの!? 冒険者が隊を組んでやっと戦えるレベルの相手よ!? 素手に無防備な普段着のあんたが、どうやって1人で無力化するの!」
不敵な笑みを浮かべる悠に、ルミが叫ぶ。
当然だった。同級生に天才と評されるルミですら恐れる相手。その上、悠は、彼女の前で一度も魔法を使っていない。魔法しか通じないドラゴンを無力化など、彼女にとっては夢どころじゃない騒ぎだった。
だが勿論、悠は笑っている。
「出来るさ。――リズ先生。こいつを無力化すればいいんだろ?」
「ああ、そのとおりだよ。……その口ぶりだと、相当自信があるみたいだな?」
「自信、ってほどでもないよ。ただ、やるしかないってだけ」
悠はそう言い、ドラゴンに向き直った。
悠の思考の内部では、既に勝ち筋が浮かんでいる。あとは……それを実行する、その一点のみ。
悠はドラゴンに飛びかかる。
「ギャオッ!?」
ドラゴンは悠をめがけ、爪を思い切り振り抜いた。
しかし、悠には当たらない。悠はそのまま走り抜け、再び先ほどと同じくらいの距離をとる。
再び走り、ドラゴンの攻撃を避け、距離をとる。それを繰り返していく悠。
「何を……やってるの? 攻撃しなきゃ、ジリ貧じゃない……」
「……」
恐怖に気勢を削がれたのか、弱気に悠とドラゴンの戦いを眺めるルミの隣で、リズが顎に手を当て考える。
……実の所、リズは悠がドラゴンを無力化できるとは考えていなかった。
彼女が見るべきところは、戦いの勝敗ではない。
そこに至るまでの過程。戦闘センス、思考・判断能力、そして身体能力。自分より大きな相手との模擬戦は、魔術専攻に必要なものをすべて見られる。先ほどは見せなかった魔法を、もし悠が使えば一石二鳥だ。
しかし、だからこそリズは困惑していた。
先ほどから悠が繰り返しているあの行動。幾ら考えても、とても何か意味があるものとは思えない。先ほどああは言っていたが、恐怖で気が狂ったか、と、リズは思う。
「ギャオオオオ!!」
「ちょっとユウ、ふざけてるの!? 何も攻撃しないままじゃ、一生終わらないわよ!」
いたずらにドラゴンを怒らせる悠に、ルミがついに叫んだ。
ドラゴンの尻尾に灯った火が、どんどん勢いを増してゆく。その心情を表すかのように、燃え盛る炎となった。
「……まずい。もう少し離れよう、ルミくん」
焦ったような表情のリズが、ルミにそう言い、共に後方に飛んだ。
いよいよ、ドラゴンが自分から攻撃を仕掛けてきた。保たれていた理性が崩壊したのか、涎を撒き散らしながら悠に突進する。
しかし、悠は何もしない。動かないのだ。
避ける気配も見せない悠に、ドラゴンはそのまま突っ込んだ。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!
轟音と同時に飛んだ衝撃波に、観戦していた二人はたまらず吹き飛ばされる。
「ユウッ!!」
「ッ……ツルギくッ……」
流石に教師と天才、受け身をとった二人は、すぐに悠の安否を確かめるために走った。
……予想外。リズは歯を食いしばり、際限のない異空間の中を探す。ドラゴンとの衝突、最早命は絶望的だ。しかし、身体は何処かにあるはず。
(何をしていたんだ僕は……ッ……試験の範疇を超えてる! ……でも……)
いつものリズなら、間違いなく反応し、衝突が起きる前に止めていた。
しかし、今の彼女は違った。自分でも分からない違和感に襲われ、頭が混乱する。
(あのとき、悠なら何とかすると……思ってしまった! 何だ……この違和感はっ!?)
「あぁ、リズ先生。もう少し遅くても良かったんですがね」
声がした。
外でもない、彼の声。先ほどドラゴンと正面衝突したはずの。
リズは驚きと焦り、安堵が入り混じった表情で、彼を探す。なぜだか立ち込めた霧のせいで、よく見えない。
「どこだツルギくん! 無事なのか!?」
「あ、ちょっとストップ」
悠の姿が、霧の間から見えだした。
言われた通りに、リズは立ち止まる。そして、目の前に広がる光景を見た途端、表情を変えた。
「ちょっとユウ! あんた大丈夫なのッ!? ケガとかしてないわけ!?」
「ルミ。俺は無事だから、安心して」
……悠が笑む。
リズは脂汗をかきながら、動かない。……いや、動くことが出来ないのだ。
「さて、リズ先生。あなたには今、2つの選択肢がある」
リズの眼前に広がるのは、巨大な手、だった。
紛れもない、ドラゴンの。
お前などいつでも殺せる、とでも言うように、巨大な爪をカチカチとならしている。
(ユウ・ツルギ……こいつ、真逆……ッ! ……全てが、布石だったんだ! あの一見意味のない行動も、ドラゴンから言葉を引き出すための!)
リズは笑っていた。
頬が紅潮している。まるで至上の歓びを味わった少女のような無垢な表情で、悠を見つめる。
(理解したのか! 何百年も研究されてきた、ドラゴンが使う言語を! ……ほんの数分のうちに!)
「と、言っても。言うことは分かってると思うけど……」
最早、言葉は必要なかった。悠の合否など、既に決まっているのだから。
置かれた状況から、それは明らかだ。
「1つ。こいつの手に押しつぶされる。2つ。こいつを無力化。……どちらをご所望ですか、試験官殿」
「――合格。それ以外に言うことは無いよ、最高だ……!」
「え、ええっ!?」
ルミの間の抜けた叫びが、異空間に響いた。
一応本編の補足として。
ネタバレになるのでまだ読んでない方はご注意。
言われるかもしれないので書いておきます。言い訳ですがご了承ください。見なくても結構です。
悠のとった戦法ですが、一応「自分一人で無力化」というルールに沿ってはいます。
最終的に他人任せではあるのですが、そこまで追い込んだのは悠の頭脳あってのことですし、何より試験は勝敗じゃないので、リズからすれば予想以上の結果を見せた悠は文句なしの合格なわけです。
あと、悠はドラゴン言語を完全に理解したわけじゃありません。怒りの言葉の発音パターンを読み取り、それをそっくりそのまま真似ることで、人間がドラゴン言語を喋るという事実を見せ、ドラゴンの動きを止めました。
そして、それ以降は悠の頭脳のなせる技です。怒りの言語をリズに向けることで、彼女を自身の敵対者であるという風にドラゴンに認知させました。
まあそういう感じです。長々と申し訳ありませんでした。




