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10話 天才はマイペース

onakasuita

 『セフィーラ魔術学院の諸君、こんにちは。リズ・アストラです。突然ですが、キミたちに2つのニュースを持ってきました』


 早朝の学院内に、無機質な若い女の声が響く。

 時刻は丁度午前5時。生徒は基本的に、それぞれの寮で寝ている時間帯だ。しかし爆音で流された今の放送のせいで、大半が叩き起こされたことだろう。


 『1つ。僕が用意した2つの難関試験を見事通過し、今日正式に、ユウ・ツルギくんが君たちの学友になりました。彼には光輝館に編入してもらいます。仲良くするよーに』


 リズの声が少し元気を取り戻した。悠の話をするときにはいつもこうなるのだ、と、ルミが嘆いていたのはまた別の話だ。


 『2つ。……今年も、この時期がやって参りました。……「学館対抗・最強決定トーナメント」ッ!! ……えー、この大きな催しに向けて、今のうちから訓練しておくことをオススメします。それでは、また』


ーーーー




 「眠い」


 鶴城 悠は、起こしにきた制服のルミに向けて、開口一番そう言った。

 時刻は朝の7時。光輝寮の面々は軒並み食堂で朝食を摂り終え、登校し始めている時間である。

 彼に充てがわれたのは、499号室。角部屋であることもあって、彼のルーズさには拍車がかかっていた。


 「あんたね……せっかく受かったのに、こんなことで入学初日に合格を取り消されたいの? 制服も何もかも用意してもらったんだから、せめて頑張りなよ」

 「でも、眠いもんは眠いんだよ……大体今何時だよ、俺の起床時刻は平均10時30分だぞ。俺に合わせろ」

 「ふざけたこと言わないでよ! ……昨日はあんなに学校に目を輝かせてたのに、全く……」


 いくら学校に憧れていた悠といえど、時間厳守は難しかった。

 ニート生活の弊害は、こんなところにまで出てきているようだ。


 「……もう、そうこうしてるうちに朝ごはんを食べる時間がなくなっちゃったんだけど!? 早く、はーやーく!」

 「うぃ……わーったよ……」


 悠はそう言って、目を瞑ったまま制服へと着替え始めた。

 制服を着たら目を瞑ったままトイレに入り、目を瞑ったまま昨日貰った教科書を学生鞄に詰める。そして目を瞑ったまま、ルミに手招きした。

 

 「どうした、遅れるぞ。準備が終わってないのなら手伝うが」

 「……あんた、本当嫌い。死ねばいいのに」


 


 

 光輝館は魔術専攻という特異な学館ではあるが、その授業のかたちは基本的に地球の学校とほぼ同じである。

 朝はホームルームから始まり、曜日ごとに決められた時間割をこなす。そして帰りの会が終われば、あとは自由だ。友人と買い物に行ったりして遊ぶのも自由だし、図書館を使用して勉学に励むのも自由。魔術専攻の学館である光輝館に限っては、魔術訓練場の使用も自由だ。

 それもこれも、難関学院だけあって高いステータスを持つ生徒が多い故だ。生徒の自主性を重んじるのである。

 悠が教室……1年3組の扉を開けると、そこには彼の見たことのない光景が広がっていた。


 「わぁ……」


 同じ制服を着た生徒たちが、談笑しながら笑っている。机に座ってジュースを飲む生徒もいれば、角の席で本を読む生徒もいる。

 憧れていた、お手本のような学園生活に、悠は子供のように目を輝かせる。

 そんな彼に、近くで友人と喋っていた女子生徒が声をかけた。


 「あ! 君、新しく入ってきた子だよね!?」


 茶髪のショートをイヌのヘアピンでぱっちり留めたその少女は、子犬を思わせる可愛らしい笑みを浮かべる。


 「わたし、ラン! ユウくん、だよね? これからよろしくね!」

 「こちらこそ……」


 元気に飛び跳ねるランに対し、悠はポケットに手を突っ込んだままそっぽを向いて答えた。

 そんな彼に、ルミがちょいちょいっと軽く肩を叩いて注意する。


 (ちょっと、何その態度。もう少し愛想っていうものを持てないの?)

 (お前、陰キャに愛想を求めんなよ。むしろこんな美少女に返事をした勇気を褒めろ)


 耳打ちをするルミの暖かい吐息が耳にかかり、こそばゆい感じに顔を少し赤くしながら、悠は更にそっぽを向いて小声で答えた。

 

 「お前、すげぇんだなあ。俺なんて、リズ先生の試験、一度もクリアしたこと無いぜ」


 赤い髪の男子生徒が、悠の肩をぽんぽんと叩いて言った。

 ……あ、こいつ、俺と馬が合わない感じの奴だ。

 と、悠の高性能センサーは、いいヤツの気配を本能的に察知した。


 「俺はキース。特異系統は炎だ。よろしくな、ユウ」

 「あ、ああ、よろしく……」


 (おいまずいぞルミ、ファーストネームだ。こいつら当然のように俺をファーストネームで呼んできやがる。どうしよう、学校ってこんな陽キャの巣窟みてえなとこなんだ。帰りたくなってきた)

 (あんた、メンタル弱すぎでしょ!?) 

 

 「オイ、編入生。てめえ、特異系統はなんだ?」


 横合いから、乱雑な言葉が入ってくる。

 悠が声をしたほうを向くと、そこにいたのは柄の悪そうな青年だった。

 金髪を長く伸ばして、耳と下唇にピアスをはめ、下卑た笑いを浮かべている。傍らには少女が侍るように付き添い、その巨体に抱かれていた。


 「……特異系統?」

 「そこのスカした赤髪も言ったろ。魔術の特異属性だよ。因みに俺は、風と電気の2属性だ。勝ち組ってやつだな」


 スカした赤髪と呼ばれたキースは、少し表情を苦々しいものに変えた。

 そして、小声で悠にささやく。

 

 「……ユウ、答えなくていいぞ。あいつらに関わるとろくな事がない」 

 「ひっどーい。ねーガラン、今あいつ、アタシ達のことクズだって言ったよぉ」


 ガランと呼ばれた金髪の腕に抱かれた、これまた金髪の少女が、じゃらじゃらとアクセサリーがついた左手でガランの頬を撫でながら言った。


 「キース。てめえ、あんま調子乗んなよ? 転入生は俺らの派閥に入れる。変にすり寄ろうとしても無駄だぞ」

 

 キースとガランが睨み合う。

 悠は笑った。何を考えているのか、その表情には余裕が見て取れる。


 (やっべ、なんか入って早々巻き込まれた。帰りてえ)


 何も考えていなかった。

 だがしかし、自分が入らないとこの睨み合いが終わらないことも重々承知していた。悠はため息をつき、ガランを睨むキースを手で制して言った。


 「俺の得意系統、ですか?」

 「ああ。さっさと言えよ、面倒くせえ。風か? 電気か? 中途で入ったってんなら、まさか雑魚の炎なんてことは……」

 「無いですよ」

 

 ガランの笑みが、無表情に変わる。

 

 「……あ?」

 「だから、無いですって。だって、使()()()()ですから。魔法」


 教室中が凍りついた。

 ガランは、大きな手で顔を覆い隠す。その肩は小刻みに震えている。

 

 「ぎゃははははははははははっ!! おいおいウソだろ編入生! 魔法が使えねえ!? おい、こりゃ傑作だぜ!!」

 「ウソだろー? 魔法なんて子供でも使えるってのに!」

 「やだー、ちょっと引くー」

 

 その笑いを合図に、ガランの周囲の生徒も笑い出した。

 勿論笑っていない生徒もいるが、彼らも大半が、悠に対して異物を見る視線を向けている。ランとキース、その他ごく少数の生徒を除いて、皆が悠に冷たい視線を向けていた。


 「はぁ……おもしれえ。面白すぎるぜ編入生。……お前なんざ派閥に入れる価値もねえ」

 「おーい、ホームルーム始めるぞー。何か巻き起こってるみたいだが、席ついてくれ」


 リズが教室に入ってきたことにより、悠に対する罵倒は鳴りを潜めた。

 ルミが不安そうな表情で悠を見る。ランやキースも、同情的な視線を向けた。

 

 (ガラン、か)


 悠は……笑った。

 そしてガランの方を振り返り、再度笑む。


 (あれくらい分かりやすい奴の方が落ち着くな)


 悠はやっぱり、どこまでもマイペースだった。

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