7話 脱出遊戯
リアル脱出ゲームの名を冠するのであればリアルから脱出するゲームでないとおかしい。
よって自殺するゲームとなる。冗談です。
セフィーラ王立魔術学院は、大きく3つの建物に分かれている。
まず正門を抜けた先にあるのは、来賓の受付なども兼ねた魔術専攻の学館・光輝館。
光輝館を囲むように緩やかなカーブを描いて建てられているのは、東に武術専攻の黒鉄館、西に生産専攻の緑華館。体育館や訓練場、緑華館に関しては実験のための魔物檻など、それぞれで必要な設備が揃っている。
それらの間は渡り廊下で繋がっており、生徒は特に苦労することなく学館どうしを行き来できるようになっているのだ。
今悠たちが居るのは光輝館。試験が行われる測定室に向けて、授業を邪魔しないように足音を抑えながら歩く。
「……なあ、そういえばお前は授業受けなくていいのか?」
「あたしは成績優秀者だから、特例でね。あんただって、全く知らない生徒に案内されるのは不安でしょ? ホントに不本意だけど、仕方ないね」
歩を進めつつ、そう言ってため息をつくルミ。
しかし、悠は普通に知らない人・大歓迎だった。美人で優しいお姉さんに限るが。
そんな事を言い出せずにいると、ルミがひとつの教室の前で立ち止まる。
「ほら、ここだよ」
測定室、と書かれた札が貼ってあるその部屋は、一階の角にあった。
隣に校長室があること以外は、至って普通の教室だ。最も悠には普通がわからないので、またもや目を輝かせているのだが。
しかし、そこまで喜べるようなものでもなかったらしい。
「……何だ、ここ」
「え? 何だって、測定室に決まってるじゃん。アホなの?」
「違えよ。絶対拷問部屋だろ、ここ」
悠の言っていることが良く分からないと言った風に首を振ったルミは、扉をガラガラと開けて中に入る。悠は扉に手を掛け、不審げな表情を浮かべた。
ルミはバカを見る目で悠を見ながら、手をこまねいて言う。
「何言ってるの。ほら、早く入――」
「上」
扉に手を掛けたまま、悠はポツリと呟いた。
「へ? 上に何が――」
ルミが上を向いた瞬間。
ザバアアアアアアアアアアアアアアン!
「キャアアアアアアアアアアア!?」
ルミの甲高い声が、学校中に響く。
そう。
ルミが扉を開けた途端、上から大量の水がぶちまけられたのである。
水浸しになった教室の中で、ゲホ、ゲホとずぶ濡れのルミが咳をする。悠は呆れたような顔で言った。
「アホなの?」
「どうやらよっぽど殺されたいらしいね!」
「あ、ほらそこ――」
キレたルミが悠に向かって飛びかかると、彼女が踏んだ床からカチッと音がなる。さながら時限爆弾のようなそれに気づき、ルミは固まった。
すると、上から大量の粉が落ちてきた。
「わぷーっ!?」
「だから言ったろ? この教室、罠だらけのトラップハウスだ」
そう言いながら、悠は教室の中に入った。扉から手を離す。
すると、扉がスパンとひとりでに閉まる。ガチャリという音が次いで鳴った。どうやらカギがかかったようだ。
真っ暗な教室の中に悠とふたりきりで閉じ込められたことに気づいたルミは、不安げな表情を浮かべて少しだけ悠に近づいた。
悠は扉に近づき、手をかけて引っ張る。当然、ピクリとも動かない。
「ね、ねえ……。どういうこと? なんであたしたち、閉じ込められたの?」
「そんなの俺が知るかよ。とにかく今は、どうにかしてここから出ないとな」
そう言って、近くにあった箱を探り始めた悠。
(ウソ……。こんな暗い部屋で、こんな……。……違う。あたしは怖がってなんかない。これはそう、さっき水を被ったから寒いんだ)
恐怖心を押し殺すように自分に言い聞かせるルミは、とりあえず周囲を見渡してみる。
測定室に入ったことのなかった彼女だが、今目の前にあるのがいつもの測定室と違うことだけは分かった。明らかに荒らされているのだ。
乱雑に散らかった衣類、そして大小様々な箱の数々。およそ学校で見られる光景ではない。
それに加え、ひときわ異彩を放つのが、カラフルな天井のタイルだ。
赤や青、緑や黄色など、普通のタイルとはおよそかけ離れた色のものがたくさん。まともなのは左隅のものだけで、寧ろ目立っている。まるで子供の遊戯室のようだ、というのは、ルミの率直な感想である。しかし、開いたタイルの部分は、先ほど自分に罠を落とした場所。ルミは無意識のうちに警戒する。
そんな中で、声ひとつ出さずに箱をまさぐったり、衣類をひっくり返したりする悠。彼に何が見えているのか、ルミには分からなかった。
(誰かが侵入した形跡? ……いやでも、教室の授業は通常通り行われてたし、ここに侵入するメリットなんてないはず。じゃあ、この状況は……)
彼女が考えている時、悠もまたこの状況について考えていた。
色分けされた天井のタイルは、おそらくこの部屋特有のものだ。ならば当然、何らかの意味があるはず。
トラップが射出された場所は、今の所2つとも赤い色のタイル。これに意味があるのかどうかは、今の所判断がつかない。
幸いルミは動く気配を見せないので、彼にとっても探索がしやすい。状況的に考えてとにかくここを脱出することがゴールと思われる以上、そこまで深く考える必要もないのだ。
しかし、ルミが発した言葉によって事態は大きく変わることになる。
「ねえ、あんたさっきからカギを探してるみたいだけど。多分あのカギ、魔法じゃないと開かないよ」
「は?」
「あの扉から魔力を感じるもん。しかもあたしの魔法はなぜか、何かに阻害されてて使えない。まあ要は、あんたの魔法で開けるしかないってこと」
先ほどの意趣返しとでも云うのか、勝ち誇ったような顔で悠を見下すルミ。
悠は少しムカついた。こいつ舐め腐ってやがんなどうしてくれようかと思った。というかこいつが魔法使えないってことは反撃できないじゃん何でもやり放題じゃんとも思った。
しかしそんなことはしない。決して度胸がないとかではなく、意味のないことはしないという彼の信条のためである。
そしてルミを悔しげに見つめる悠の目に、震える彼女の足が入った。
「……」
悠は無言でパールにもらった上着を脱ぐ。
そして、震えるルミの肩にかけた。
最初は状況を理解できない様子だったルミだが、段々とその顔を赤くしていった。
「な、何のつもり?」
「ここに落ちてる服とかばっちいからな。仕方ねえから、それ着てろよ。……俺の服がばっちいとか言うなよ?」
「な、そ、そんな事言わな……ち、違うわ! あ、あたしは別に寒くなんて……」
露骨に噛み噛みのルミは顔を真赤に食い下がろうとするが、悠はもう既に聞き耳を持っていない。
(こいつの魔法は使えない。となれば俺の魔法でカギを解除するか……他の方法を探すか。つーか俺は魔術使えないから、他の方法を探すしか無いか)
悠の思考が始まった。
周囲を冷静に見渡し、情報を脳に蓄積する。そしてそれをパズルのように組み合わせていく。
(散らばった服、沢山ある箱。色分けされたタイルには意味があるハズ。ここと同じ内装の会議室には、こんな特徴はなかったし。……トラップが射出されるのは赤色のタイルのみ? じゃあ他の色の意味は? とりあえず分かってる範囲で仮説を立てよう)
トラップに意味があると、悠は考えていた。
そうでなければ、わざわざこの部屋に閉じ込めた説明がつかない。ただトラップの共通点は赤色です、だけでは、あまりにも単純だ。
これは試験だと、悠は察している。
(今の所、他の色の下を歩いてもトラップは作動してない。なら赤がトラップだと考えて良さそうだ……)
赤色のタイルは、全体の半分ほど。
連なっている部分もあれば、散らばっている部分もある。配置に意味があるとは考えづらいが、何かの規則性を見出そうとすれば出来なくもなさそうな微妙な配置だ。
(……これだけ多くのトラップ。仕掛けた奴は、どうやって抜け出した? 鍵の掛かったドアの丁度前にもトラップがあった。どうやってかからずにこの部屋を出たんだ?)
悠の頭の中で、答えが顔を出し始める。
「なあ、ルミ」悠は顎に手を当てながら聞いた。「この鍵の魔術、外から掛けられたりするのか?」
「いや、多分無理だよ。この扉に掛かってるのは施錠の中でも中級のエンチャントだから、中から使えば中に、外から使えば外にしか鍵をかけられない。この場合、中から鍵を掛けたみたいだね。……でも、触れて離すと発動しちゃうのに、なんで仕掛けた人は出られたんだろ?」
つまり、先ほどドアが閉まったタイミングで、外から誰かが鍵を掛けるのは不可能だったということ。
そして、もし事前に中から鍵を掛けていたなら、当然出られないはずだ。
そうすると、仕掛けた人間もドアを使えないことになる。
――つまるところ、仕掛け人用の出口が必ず存在する。悠は、そう考えた。
状況は全て頭に入った。
悠の頭脳が回転する。人類最高峰に近い脳が、情報を瞬時に識別して、並べ替えていく。まるで神によて決められたルートを辿るように、悠の思考は完璧な道筋を以て完成形をつくりだした。
悠は、部屋の隅に向かって歩き出した。天井のタイルは、唯一他の部屋と同じ色。つまり、至って普通のタイルである。
床には服が散乱している。踏めるスペースはない。
「簡単だった――異常に溢れたこの部屋では、正常こそが異常。逆転するんだ」
悠は、服をばさりと取っ払う。
服の下、床に敷き詰められているのは、赤色のタイルだ。他の部分とは違い、天井と全く同じタイルになっている。
「あっ……!」
「天井の赤色タイルがトラップの共通点だとわかれば、普通は他の色なんて気にしない。トラップの位置がわかれば、気をつけながら魔術で鍵を解除すればいいだけだもんな」
「良く気づいたね、あんた……。これで出られるってこと?」
「……いや、まだだ」
悠は箱を大小の順に積み重ね、台のようにして登る。
そして、天井の床と同じタイルをぐっと押した。
カチ、と音がなる。そして、天井のタイルが開き、縄梯子が降りてきた。
「出るぞ、ルミ。多分これでクリアだ」
「あ、その、……ありがと」
顔を真赤にしたルミがぺこりと礼をし、いそいそと悠に続いて縄梯子をのぼる。
二人が登った先にあったのは――。
「やー、まさかこちらから合格するヤツが現れるとは思わなかったよ。……凄いね、キミ」
とにかく広い、何かの大会の会場のような場所。
そこにいたのは、黒髪を腰まで伸ばした眼帯の女性と、10メートルはある巨大なドラゴンだった。
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