5話 天才、初めての勝負
よろしくおねがいします
「基本の型。まずは、剣の持ち方からだね」
アルミールはそう言うと、剣を持ち、正面に構える。
無駄がない構えだ。いつどこから斬りかかられても即座に対応できる、簡単ながらも完璧なものだと、悠はすぐに理解する。
アルミールは悠の視線に照れくさそうに笑うと、右腰の鞘に剣を仕舞って言った。
「騎士団剣術だと持ち方が決められているけど、冒険者とかだと自己流も多いんだ。寧ろ自己流っていうのは自然の流れで生み出されたものだから、後から正式な型を学ぶより、そっちのほうが肌に合って強かったりする」
「なるほど」
「……うん。じゃあ、まず君の好きに剣を構えてみて。僕の模倣でも、君のオリジナルでもいい。それを規準にして矯正していこう」
アルミールの言葉に、悠は剣を鞘から取り出した。
そして、計算。持った時の角度、威力、そして不測の事態への対応の面から、汎ゆる構えを脳内でシミュレーションしていく。
そして、思考を終えると、剣をその通りに構えた。
悠の堂々とした立ち振舞いは、初心者だと思わせない、不思議な威圧感を放つ。両手で剣を正面に構えつつ、不測の事態に対応出来るよう、剣は低い位置で、目は揺るぎなく正面を見据えていた。
アルミールは悠の構えを見、一瞬目を丸くした。そしてしばらく見続けた後、ごくりと生唾を飲み込む。
「……凄いな。君、剣術の経験はある?」
「いえ、握ったこともありません」
「僕が知る限り、どの流派にも属さない構えだ。でもそれでいて、一切のムダがない。多分、僕の構えより。矯正なんて必要ない、完璧だよ」
それはそうだ。悠の構えは、かつての地球で『達人の構え』と言われていたものなのだから。
最強、最適を目指し脳内で計算式を組み立てた結果、かつての侍が何代も掛けて作り出した構えを、そっくりそのまま模倣する形となった。アルミールがこの構えを見たことがないのも当然である。
だが、悠は完璧、という言葉を聞き、一瞬眉をひそめた。
しかしすぐに笑顔を作る。
「ありがとうございます、アルミールさん」
「うん。……というか、参ったな。構え方から話を広めていこうと思っていたんだけど、あまりに完璧すぎて……。……よし。もう練習試合を始めてしまおう」
「えっ」
あまりに早すぎる展開に、思わず声が出る悠。
まだ構えの段階しか出来ていない初心者にいきなり実戦か……と抗議しようとするものの、既にアルミールは聞き耳を持っていない。笑みを浮かべ、大きな声で呼びかけた。
「ルミ! 木剣を持ってこっちに来てくれ」
その声に反応し、カカシに剣を打ち込んでいた少女が敬礼する。
そして、言われたとおりに剣を持って走ってきた。
「お呼びですか、センパイ!」
「うん。君、ちょっとこの新入り君と手合わせしてほしいんだ」
「え」
ルミと呼ばれた美少女……ウサギの耳を頭につけた水色ショートの獣人は、アルミールの言葉に固まった。
異世界なのだから当然ではあるが、悠は心中で興奮する。
(ウサ耳美少女! マジかよ、生きてるうちに見れるとは!)
しかしルミは違った。こほんと咳払いをすると、口元をひくひくとさせながらアルミールに笑みを向ける。しかし、その目は笑っていない。
「……ちょっとセンパイ、もしかしてアタシ、舐められてます? 入ってすぐの新人と、半年前からここにいる私が同等だって言うんですか?」
「そうじゃないよ。ただ、君のそのすごーいチカラを、新人君に見せてあげてほしいなぁ……と思ってね」
アルミールはごまかすのがうまいなあ、と悠は思った。
その証拠に、ルミはもう既にやる気になっていた。
鼻息を排出しながら腰に手を当て、ドヤ顔で悠を煽る。
「まあ仕方ありませんね、入って半年にして、もう国からの依頼を請けるほどの出世街道を歩んでいる私なら! ほら新人、先輩には礼儀を尽くすのよ! 本来ならこんな役目は負わないけど、新人へ技術を伝えるのも、強者の役目だから仕方なーく……」
「先輩、鼻毛出てますよ」
「はえっ!?」
悠の一言にさっと鼻を確認するルミ。
しかし、当然鼻毛は出ていない。ルミは鼻に指を突っ込んで確認するが、やっぱり鼻毛のはの字もなかった。
(勝ったな)
悠は心中で勝ち誇った。
「先輩、大胆ですね。男の前で鼻をほじるなんて」
「ち、違! クソ、騙したな新人! センパイ、早く始めましょう! この調子づいた雑魚に制裁を与えてやらなくては」
「――そう簡単に行くかな?」
下らない会話にも静かに耳を傾けていたアルミールだったが、ルミが放ったその一言に、笑顔のままそう言った。
ルミは再び固まる。そして、アルミールを睨みながら言う。
「……どういう意味ですか?」
「そのままの意味さ。ユウ君は案外、ものすごい逸材かもしれないってこと」
悠は頭を抱えた。
勝手に自分の評価が上がっていっている。そしてなんか美少女に出会えたと思ったら速攻で睨まれている。
戦争のない国・日本で生きてきた悠にとって、ここまでストレートな殺気を浴びせられたのは初めてだった。
「……あなたがそこまで言うなら、さぞそこの彼は強いんでしょうね」
――来る。
ルミの手と足の小さな動き、そして視線の動きで、悠は理解した。
そして瞬時に、腰の剣に手をやる。
「天才たるこのアタシに勝てるほどの強さを! 持ってるんでしょうねっ!」
ルミが悠に飛びかかった。
――悠の周りの時が止まる。
否。正確には時は動き続けている。
働き出したのだ。悠の頭脳が、常識外の速度をもって。
初撃。その次の動き。そしてその次の動き……悠は考える。
(利き手は右。なら初撃は――)
悠は後方にステップする。
その瞬間、先ほどまで悠がいた場所を木剣が通り抜けた。
跳躍からの低段の薙ぎ払い。その華奢な身体からは想定もできない速さと質量を持ったその攻撃は、ルミが天才を騙る理由を物語っていた。
しかし、その攻撃は悠には当たらない。
悠はルミの動きを予測し、初動の一瞬前に既に回避していたのだ。
「っち!」
「おおー」
悔しがるルミと、手を叩いて称賛するアルミール。
ルミには余裕があった。まだ大丈夫。負けるわけがない。相手は初心者なのだから……と、早い思考で自分を鼓舞する。
しかし悠は、ただ勝利に向けてひた走っていた。
「ふんっ!」
悠は、大振りの後で隙だらけのルミに向けて腕を突き出す。
勢い良く放たれた攻撃。当たるはずがない、とルミは思う。同時、チャンスだ、と静かに笑んだ。
しかし――冷静に考えれば分かる事だが、目の前の少年を侮っていたルミには、気づけなかった。
(剣が来るっ)
ルミは剣を警戒し、ギリギリで横に回避した。しかし、その肩を掠めたのは剣ではない……ただの拳。
「嘘っ!?」
代わって右手。右に握られた剣が、回避した後のルミを襲う。
上からの振り降ろしは、通常当たるような技ではない。横にも縦にも広くなく、とにかく躱しやすい。初心者でも見切れる、簡単な動き。
しかし、咄嗟の回避によって体勢を崩していたルミには、回避などできなかった。ルミが避ける方向に正確に放たれた振り降ろしに、ルミは小さく叫ぶ。
「キャッ!?」
――ルミは恐る恐る顔を上げた。
寸止めだった。悠の攻撃はルミの頭に当たる直前に、紙一重で止められていたのだ。
当然と言っては当然だが……勝ち気なルミがそれで納得するはずもない。
悠はわなわなと震えるルミを無視してため息をつき、一礼する。
「ありがとうございました、センパイ」
「な、ななななな……こ、この私が、あんなヤツに……っ」
「まあまあ。色々と言いたいことはあるだろうけど、今は押さえて。ねっ」
アルミールが、苦笑しながらルミをなだめる。
そして、悠に笑顔で言った。
「……もしよければ、なんだけど。君は強くなりたいんだろ?」
「まあ、はい」
「学院に通うのはどうかな?」
学院。
その言葉を聞いた途端、悠の全身を興奮が駆け巡った。
頭から足に至るまで、体中の全ての器官を通り、そしてそれは声となって放たれる。
「君ほどの人、うちじゃ扱いきれない。王都にある魔術学院なら、剣も魔法も学べるし、生活には困らないはずだ。お金がなくても特待生枠で入れるし、騎士団が紹介するから……」
「ぜひッ! ぜひ、お願いしますッ!!」
悠の返事を聞き、アルミールは笑みを浮かべた。
そして、ルミのほうへ向き直る。
「同級生が増えるね、ルミ。仲良くしてあげてね」
「えっ」
「……あんた、覚えてなさいよ。学院では背後に気をつけることね」
「えっ」
やっぱりやめようかな、と言い出す間もなく。
悠の王立魔術学院への編入が、その時決定したのだった。
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