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4話 新たな転移者

よろしくおねがいします。

 この世界に鶴城悠と云う『異物』が転移してきて、もう1ヶ月が経った。

 この短期間に色々な事があったものだが、今回はその中でも大きな転機。悠、初めての海外旅行である。

 まあこの世界の基準で言うなら国を跨ぐことが海外旅行と言えるのかは解らないが、それでも外の情報を知れるいい機会となるのは間違いないだろう。 

 この世界の一般常識として共通している事、そのうち今解っている事は、通貨の単位や広さの単位などの単位。これらはどの地域においても同じ言葉が使用されている。

 そしてもう1つ、魔術の詠唱。

 この世界でも使用言語は地域によって異なるが、魔術の詠唱だけは共通の言語が使用されている。魔術の始祖と呼ばれる賢者が使っていた『魔術言語』と呼ばれるもので、これを使わないと正常に魔術が発動しないのだ。

 ……まあそんなこんなで、この世界における共通認識を知ることが出来るだけでも、今回の出国は意味のあるものと言えるだろう。それに、悠にはかねてからの目的がある。


 「あ、見えてきたな。あれがローゼンの『ブベルの塔』か」

 

 馬車が草原を駆け抜ける。

 今日は晴れのち晴れ、つまりいい天気だ。絶好の外出日和だからか、こころなしか悠一行が乗る馬車を引く馬の足取りも軽やかである。

 硝子細工の洒落た窓を開け放ち、悠が顔を出して唸った。その視線の先には、巨大な塔。 

 天高くそびえ立つその塔は、先端部分が雲に覆われ、その姿を隠している。幾何学的なデザインはどうにもこの世界に似つかわしくない物のように思えるが、それでもその美しさは本物だ。

 空の水色と塔の白がマッチし、まるで夢を象徴するかのようにローゼンの町を見下ろしている。所々に見える緑は蔦だろうか、アクセントとなってより一層その色彩の美麗さを強調していた。

 ローゼンの『ブベルの塔』は有名だ。観光名所であり、冒険者に力を与える場所でもある。


 「その昔、この地を訪れた賢者がその魔術を用いて建てたと言われる塔……まさかこんなに大きいとは!」

 「どうしたシャル、えらく興奮してるな」


 目を輝かせて『ブベルの塔』を見るシャルに、悠が苦笑しながら言う。

 するとシャルは、いつものオドオドっぷりが嘘の様に悠に顔を近づけた。そして、塔を指差しながら叫ぶ。


 「当然ですよっ! 歴史的にも価値がある上、今の技術ではあの塔を造る事は不可能だと言われるまでの存在ですよ!? あれはもはや、芸術です、芸術! あの塔に入れるなんて、もう胸が一杯で……」

 「あー……ごめん、ユウ。話してみたら分かったんだけど、この子、結構な歴史マニアでさ。こうして語り始めると止まらないのよね……」

 「それに加えて何と言ってもあの造形美! ああ何という事でしょう、あの美しさは正に神の産物ですよっ! その上更に凄いのはですねアリシアさん……」

 「え、えぇっ!? あたし!?」


 未だ喋り続けるシャルは、今度はアリシアに絡み始める。驚愕の声を上げられても、シャルは目に星を浮かべながら話し続ける。

 ルミのそれとはまた違ったベクトルで面倒臭いシャルを見、悠はアリシアの肩にそっと手を置いた。

 そして、優しげな笑顔を浮かべると。

 

 「後、頼むわ」

 「そ、そんなあ!?」


――





 「――はあ、ホントに散々だったんだけど……」


 ローゼンの町に着いたというのに、悠一行の表情は暗い。

 唯一明るい笑みを浮かべながら町並みにはしゃぐシャルは、自分が原因で悠たちがこうなっているとは気づきもしていないようだ。

 もちろん本気で恨んでいる者はいないが、それでもやはり歴史マニアの解説ラッシュには辛いものがあったらしい。3人は生気の抜けたような顔で、先導するシャルの後ろをついて行く。


 「まさか1時間ぶっ通しでローゼンの歴史を話されるとはな……」

 「あの子、可愛いのに何で友達出来ないかが分かった気がする……」

 「つーかあたし、ちょっと休みたいんだけど……。どっか休憩出来るトコないわけ?」

 

 アリシアの言葉に、悠は濁った目で周囲を見渡した。 

 人通りが多いのは、ここがローゼンの王都だからだろうか。だがそれにしては人通りが少ないような……と、そんな事を考えていても始まらないので、悠は兎に角店らしきものを探す。

 4人で休憩となればカフェやレストランだろうが、少なくとも視認できる範囲にはそう言った場所は見当たらない。

 悠は事前に用意していた地図を取り出し、眺める。王都の情報が細かく記載されているその地図によるなら、しばらく歩けば一軒のカフェがあるようだ。


 「近くに店があるから、このまま真っ直ぐ進もうぜ……」

 「はーい……」

 「了解……」

 「……? 皆さん、どうしたんですか? お店行くんですか?」


 シャルは首を傾げ、悠が持つ地図を覗き込む。ふわりと柑橘系の匂いが悠の鼻に入り、雑念が一気に消えた。

 あ、これは惚れちゃうかも、と悠が思ったその時。


 「テメエ何してくれてんだァ!?」


 男の怒鳴り声が、町の中に響く。

 当然それは、悠たちの耳にも入った。悠は眉をひそめ、民衆をかき分けて声が聞こえた方へと進む。

 戦争のせいか、と悠は察する。よく考えてみれば、戦争が起きそうだ、なんてウワサが立っている地域が平和なハズがない。必ず何か問題があるのだ。

 そんな状況にいれば、血気盛んなお方は更に増長するに決まっている。原因は解らないが、喧嘩が起こってもおかしくはないだろう。 

 しかし、悠の頭は何故か警鐘を鳴らしていた。これ以上近寄ってはならないと、そのクズっぷりを見せてすんなり通り過ぎてやるのが正解だと。

 そして、男と揉める少女の顔を見て、その勘が正しかったことを悠は一瞬で察知した。

 

 「何って、何? 私はただ、サルにバナナをあげただけよ。それとも、バナナは嫌いだったのかしら?」

 「誰がサルだぁ!? いきなりバナナ投げつけてきやがって、大体テメエ、このバナナ腐ってんじゃねえか! サルにやっても身体崩すわこんなん!」

 「そんな事より、あなた、この近くで黒髪の少年を見なかった? 口癖は『明日から本気出す』で、目は3日ぶりに帰宅した社畜みたいに腐ってる……そう、例えばそのバナナみたいに」

 「何も上手くねえよ!」


 悠はアリシアとルミの手を引き、バカな喧嘩を繰り広げるチンピラと黒髪少女がいるその場からこっそり離れる。

 何やら2人が顔を赤くして言っているが、そんな事を気にしている余裕は無かった。呆けた顔のシャルも、慌てて悠について行く。

 これほどまでに()()()が何度も起きることは、さすがの悠も想定できない事だったのである。

 そして、これだけでは終わらない。悠の後ろ姿を、少女の目がバッチリと捉えてしまった。


 「そこの黒髪の少年! ……いや、鶴城悠! 止まりなさいっ!」


 少女の呼びかけに、悠はびくっと飛び跳ねる。

 そして冷や汗をダラダラと流しながら、静かに後ろを振り向いた。


 「な、何でお前がここに居るんだよ……」

 「奇遇ね悠。……いや、()()()()()()()()クン」

 「ちょっとユウ。あの子、あんたの知り合い?」


 ルミの言葉にも、悠はもはや反応していない。 

 ……かつて、悠が思い通りに出来なかった人間は2人いる。

 1人は、研究所を抜け出した悠を育て、今の人格へと育て上げた少女。 

 ……そして、もう1人は。

 悠と同じ研究所で育ち、悠が研究所を出てからはずっと、毎日悠のもとへ通っていた少女。


 「悠! 私と勝負しましょう! 今日こそは私のほうが上だって事、証明してみせるわ!!」

 「マジ断る!」


 黒髪の2人の叫び声が、だまり尽くした民衆の中に轟いた。

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