2話 衝撃
鶴城悠は激怒した。
べつだん深い理由でもない。彼を異世界……今彼がいるこの世界に送り込んだ女神、アンジュ。彼女に対する、単なる憎悪である。
異世界は予想通りに異世界だった。
上空にはドラゴンが数匹、隊列をなして飛行している。遠目で見る限り、ゴブリン、オーク、スライムらしき魔物は至って普通に草原を歩いている。
怒りの原因と言うなら、目的も無くこの広い平野に放り出されたことが第一であるが、それ以上に大切な事が一つある。
「……上級冒険者の装備て、これ?」
悠が身につけていたのは、俗に言う……というか公の場であれば声に出すのも憚られるようなものであるが、言うと、『ビキニアーマー』である。
通常女性冒険者がつけるその装備を、彼は初期装備として着込んでいた。男の胸を覆う胸当ては、はたから見れば変質者というべき雰囲気を放っている。
ニート的生活を送っていてもまあそれなりに鍛えてはいた彼だが、やはり露出が多いその装備を着こなすことは難しかったようだ。
ない胸の部分が浮き、別に嬉しくもなんともないサービスショットが出来上がってしまっている。
「上級ってお前、……性癖のほうか、くそ……」
瞬間的に理解した悠は、確かに嘘は言っていないと思った。
しかしクソアマだとも思った。
あいつ次会ったら見てろよと意気込んだ。
そこまで思考に区切りをつけた所で、悠はこれからのことを考える。
まずこの装備を変える事が最優先だ。そして泊まれる所、異世界での冒険の拠点となる場所を見つける。
いずれの目的を達成するにも、人が住まう場所を見つけなくてはならない。つまり、少なくとも1つ街を見つけることが当分の目標となるわけだ。
今は空腹でないが、彼とて勿論腹は減る。視界が広い昼のうちに食料を見つけなくてはならないだろう、そう思い、彼は歩みだした。
「……最近外出てなかったけど、やっぱり異世界の景色は違うなあ」
転生後約3分で現実逃避に走り始める悠。
まあ引きこもりの悠が、こんな広大な土地に身一つでほっぽり出されれば当然の事だ。家に帰れないならせめてここらで休みたいと思うのは仕方のない心理である。
しかし、そうは問屋が卸さない。彼のもとに、思いもしないピンチが訪れる。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
まさかの、熊の襲来である。
ただ足がガクブルしているだけで別に怖くも何ともない悠だが、さすがに熊を放っておく訳にもいかないだろう。
熊は通常山に住むものであり、こんな草原に降りてくるような生態では無いはずだが……と悠は思考するが、襲いかかる熊の鉤爪が彼の判断を阻む。
「ふっ!」
頭を狙って放たれた横の大振りを、悠は身を屈めて回避した。
悠としては出来る限り闘わずここを切り抜けたいが、正面きって対峙しているこの状況、それは不可能に近い。この場を切り抜けたとしても、追いかけられては堪らないのだ。
悠は攻撃を警戒しつつ、隙だらけの熊の腹に蹴りを叩き込む。しばらく運動してないせいで、余りダメージは通らないようだ。もぶ、という鈍い感触が足に伝わる。
「ぐるるるる」
しかし悠の行動を警戒したのか、熊は追撃せず、様子を伺い始めた。
そのおかげで悠の思考に余裕が出来る。
人里は周囲に見当たらず。つまり、自分で何とかする他に方法は無い。
この熊が地球に居た頃のそれと違った生態を持つことは、ここに居ることで理解できる。山も何も無い平坦な地形、そのど真ん中に居る以上、こいつは熊ではない何かのハズ。
見れば、熊の額に何かの紋章が。
……魔物。
ゲームの中に居たような魔物。それが、この熊の正体なのか?
「ぐるああああああああああああああああああああ!!」
再度、悠めがけて走り出す熊。
どうやら知性も高いらしく、先程とは違い、悠を掴もうとしてきた。
(動きを封じる気か)
タイマンな以上、動きを封じられれば普通に詰む。それだけは避けたかった。故に、悠は攻撃でなく妨害に出る。
悠は足元の草を引っこ抜き、それを握りながら走り出す姿勢をとった。逃げる前提のポージングだが、熊は少し気にした後、地面を蹴って飛びかかる。
「どうだ!」
悠はギリギリまで熊をひきつけた後、横へステップして避け、無防備な顔に先程引き抜いた草を叩きつけた。避けきれなかった切り傷が腕に出来たが、なんとか熊の視界を封じられた。
熊は目を押さえて呻く、その隙に、悠は足元の石を拾い上げ、腕の切り傷の血をつけた。そしてそれを投擲。
それと反対方向に走り出した。
「はぁ、はぁ……」
クソゲー。
悠は走りながら、そんな事を考える。
走っても走っても草原が続く。街は全くと言っていいほど見えてこない。
そもそもあのクソ女神が街の中に送り込んでくれればこんな目には遭わなかったのに、いやよく考えたらこの装備じゃ異世界来て早々逮捕だな、よし脱ぐか……と、ここまでで約1秒。
息も絶え絶えの中、悠の視界にあるものが。
「あれ、もしかして……街?」
建物が密集する場所が、すぐ目の前にあった。
見える建物からは、中世、といった印象を受ける。レンガや公道の整備もきちんとされているようで、悠の想像よりも進んだ文化であることが分かった。
僅かながらも聴こえてくる声からして、人も居るようだ。
と、その時。
「――!」
「――?」
「――」
謎の言語を話す、鎧を着た集団が現れた。
地球上に暮らすほぼすべての言語を話せる悠が聞いても、全く聞き覚えのない言語だ。
しかし、言葉は通じなくとも、意思は必ず通じる。勿論悠は迷いなく、助けを求めた。
「すみません、行く宛が無いのですが……」
「――ッ!」
悠が、先頭を歩いていた鎧騎士に声をかけた瞬間。
――ガチャリ。
他の鎧の騎士によって、悠の手に手錠が掛けられる。
呆然とする悠だが、彼の意志は鎧の集団には伝わらず。
「――」
何を言っているのか分からないままに、なされるがまま街の中へと連れ込まれるのであった。
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