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1話 はじまり

初投稿です。(大嘘)



 「ああああああああああああああ!! もぉういやあああああああああああああああ!!」


 少年の高らかな叫び声が響くのは、暗い部屋の中。

 誰も聞くものが居ないことが幸いだというほどの声量のそれは、ひとつのモニターに向けて放たれた。


 「何だよこれ、また騙された! あのギルド絶対許さんからなぁ!」

 

 ネカマ。

 主にインターネットゲームや出会い系サイトなどで、性別を女性だと偽る行為を行う人間の事である。

 少年はインターネットを始めてから丁度100人目のネカマに騙され、アイテムを根こそぎ奪われていた。

 彼がプレイするオンラインゲーム、『鍵のかかった空想樹ロストエフツリー』。

 プレイ人口は現在、世界人口の三分の一にも及ぶとされている、ゲーム業界を牽引する一大コンテンツである。

 そんな中でも、これ程までにネカマに出会ったのは、彼だけなのではなかろうか。


 「なんで? 何で俺の周りの女は皆ネカマなの? 俺がニートだからか!?」

 

 多分違う。

 少年はぷりぷり怒り、畜生、畜生とぶつぶつ言いながら、ジャンパーを着て、部屋のドアに手をかけた。

 記念すべき百回目の大損を祝うわけではない。これから彼は、昨夜ギルドで知り合った『夜桜 ねむ✞』さんと会うのである。

 客観的に見ればただのアホな子供だが、彼にその自覚は一切ない。彼の世話役も、『女が絡むととたんに知能が著しく低下するから困る』と評する程である。

 彼は勿論、また騙されている可能性など一切考慮せず、


 「どんな人なんだろ……黒髪ロングのメガネだったら最高だなぁ……」


 なんて、子供のように目を輝かせながら外に出た。


 その時だった。


 「な、それでさぁー」

 「えー、うそだぁー♡」


 目に入ってきたのは制服を着た男女。

 道路の端っこで身を寄せ合い、歩いている。女の方は茶髪に制服、穿いているスカートは、一般的な価値基準で言えばかなり短い。男は耳にピアスをつけた金髪だ。

 見ただけで分かる、知能のほうの『バカップル』である。

 


 「――ッ」



 少年の口から、声にならない声が出る。そのときにはもう彼には、一刻の猶予も無くなっていた。

 判断の余裕もないのだ。彼の頭は、もう既にカップルの未来を捉えていたから。

 工事現場の鉄骨はゆらゆらと、月光を浴びながら揺れていて、その丁度下にはカップル。もう、何が起こるかは明白だった。汎ゆる可能性をシミュレーションして、彼は歯を食いしばる。


 彼の足は、気づけば勝手に動いていた。


 彼は走った。閉鎖的な場所に閉じこもっていた彼には無理がある、と云うほどのスピードで、カップルを目指して。

 そして勢いのまま、二人を横に蹴り飛ばす。慣れない力を込めたせいで足が痛んだ。しかし、もう彼にはそんな事は関係なかった。

 二人は地面に倒れ込む。男は傍らに横たわる彼女の様子を確認、無事だと見ると、直ぐに振り向いて怒鳴った。

 

 「おい、てめえいきなり何……っ」


 そこで、言葉を失う。

 男が見たのは、血だらけで鉄骨の下敷きになった少年だった。

 鉄骨によって下半身は殆ど隠れているが、その大量の出血は頭からだと見てすぐ分かった。

 男は状況が掴めないままに、反射的に彼の肩を揺さぶるも、返事はない。ポケットから携帯を取り出し、覚束ない手で救急車の番号を押した。

 

 「もしもし! あの、今俺んとこで、人が、血だらけで倒れてて……」


 少年は、笑んだ。

 死んだ、と体感で分かった。これから救急車を呼ばれたとしても、間違いなく助からないだろう。そう、思った。

 死とはこんなものか、と少年は、最早動かない手を見ながら考える。

 温かくて、気持ち悪い血の感触。不思議とその感触は、何かの呪縛から解放されたかのような安らぎを彼に与えた。最後にこのバカップルに恩を売れただけでも、俺の人生に意味はあったのだろうと、少年はひねくれた思考で自分の存在意義を決定づける。

 彼には思い残すことも別になかった。けれど、彼の脳裏に思い浮かぶのは、初恋にして今も彼が好意を持つ少女の笑顔。

 

 自身を見て口元に手を当て涙を流す、どこか『あの少女』に似た女を見ながら。


 (へへっ、ざまあみろリア充どもが。……一生俺の死に様を思い出しやがれ)


 そんな事を考え、少年は目を瞑った。




――


 「鶴城 悠くん。あなたは、日本での人生を終えました」


 何だここは。

 目を開けてから、鶴城 悠は初めにそう思った。

 悠の目に入ってきたのは、先程までの暗闇と異なる景色。

 全面真っ白な謎の世界。地平線が存在しない空間に、悠ともうひとりの少女は存在していた。

 少女……美少女。

 まさしく美しい少女、と形容すべき金髪碧眼でスタイルも全てが完璧な少女に、悠は静かに問いかける。


 「……はい?」

 「……あなたは日本での人生を終えたのです。ここは所謂、死後の世界的な場所で」


 悠は表情を崩さない。

 

 「は?」

 「いやだから、ここは天界っていう死後の世界みたいな場所で、あなたは死んだからここに来たんです! どうです、わかりましたか?」


 若干イラつきが見える笑顔で食い気味に答える少女。

 悠はあくまで余裕を持ちつつ、改めて周囲を見渡す。

 白、白、白、白……そして、この空間にこのうえ無いほどマッチした美少女。

 着ているのはギリシャとかでよく着てたあれ。羽が生えているが、飛んでは居ない。

 

 「……あ、もしかしてあなたが『夜桜 ねむ✞』さんですか? やっぱレイヤーの人って違いますね、こんな風景セットどこで買ったんですか?」

 「誰ですかそれ、ていうか風景セットじゃありません! 「絶対神」様が創造した天界です! ……こほん。えー、自己紹介でも。私はアンジュ! 死後の世界を司る『四神』の"美"を担当してます、女神アンジュです。以後お見知りおきを」

 

 随分とキャラ設定深く作ってるんだなあ、でも自分で美って名乗るのはどうなのだろうか……、まあ可愛いからいいか、と、悠はそんな事を考えた。

 アンジュは悠の思考を見通しているが如く訝しげに彼を見つめていたが、やがてため息を吐き。


 「……さて。なんだか貴方が失礼な事を考えている気がしなくもないですが、まあそれは置いておいて」


 随分と厨二病設定なオフ会だなぁ、と、悠はアンジュの胸元を見ながら嘲笑した。

 ついでにサイズについても。


 「おいお前、何を考えているのか吐け」

 「すんません夜桜さん、そのサイズなら不意打ち食らっても間一髪で避けられそうだな、とか思っちゃいました」


 拳が悠の腹にクリーンヒット。

 ちょっと前に姉とも言える存在に、パンツを盗んだ濡れ衣を着せられ股間にスーパーキックを食らったことがあるのだが、それにはちょっと及ばない感じだった。少しアンジュの優しさを感じつつ、悠は倒れる。

 静かになった悠を笑顔で見下ろしながら、アンジュは一言ハッキリと、


 「夜桜でもねむ✞でもありません。女神アンジュです」

 「すんませんした」


 悠の返答に満足したのか、アンジュは初めのときのような笑顔で語りだした。


 「あなたは死にました。道行くカップルを、上から迫りくる鉄骨から庇って。……で、そんな優しい貴方には、選択肢が与えられます」


 そう言った所で、アンジュは指をぱちんと鳴らす。

 すると、何やらテレビ番組でよく見かけるようなボードが運ばれてきた。運んでいるのは、座・天使といった感じの羽の生えた天使。

 散見される言葉は、『転生』だの、『ハーレム』だの、ろくでもない単語ばかり。


 (最高かな?)

 

 やはり彼も男の子だった。

 鼻の穴をお手本のように伸ばしながら説明を待つ悠に若干引きながら、アンジュはボードの欄を指差す。


 「まず、元の世界に転生すること。貴方は最後、善行ののちになくなっておられますので、この場合、貴方の要望は出来る限り聞き届けられます」

 「それよりそっちの項目が気になるんですけど! 転生が気になる!」


 鼻息荒く『異世界転生』の説明を求める悠に気圧され、アンジュは言葉を止める。

  

 (ち、近い! そーしゃるでぃすたんす!)


 少し顔を赤らめながら、アンジュはこほんと悠を突き放し。

 

 「ええと、説明を終えてからそちらの説明をしますので……。……元の世界に転生するときの要望ですが、前世の記憶と引き換えに、例えば生まれてくる環境、将来愛し合う伴侶などの情報を自由に選ぶことが出来ます。お金持ちの家で何不自由無い生活を送り、30歳のときにタイプの黒髪美女と結婚、なんてことも」

 「それにします」

 「おい」


 真顔で即答した悠に、アンジュは語気を強めにそう言った。

 悠の言葉には、別に深い理由もない。ただ、来世で再び、彼の初恋のお姉さんに会い、恋人となれたなら。……それほど不思議で幸せな事はないと、そう思っただけだ。

 アンジュは悠の表情を見て少し悲しげな顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。

 

 「異世界転生の説明をしていませんよ? 実を言うと、私がおすすめしたいのはこちらの方なのです。といっても、殆どの方が現世を選ぶのですが」

 

 それを聞くと、悠は一瞬目を丸くして。

 その後すぐ、年相応の笑顔を見せた。


 「……はい。そうっすね」 

 「では、ご説明させていただきます」


 女神アンジュの説明を要約すると、こんな感じである。

 彼、鶴城悠が転生するのは、剣と魔法のthe・異世界『ロウム』という場所で。

 そこに蔓延る魔王軍。その長である魔王を倒すことが、当分の目標になるのだそう。

 魔王を倒した暁には、なんでも一つ、願いを叶えてもらえる権利が与えられる。


 なんかもう完全にラノベの設定みたいで控えめに言って最高だな、と悠は思う。もう既に、自分を囲んで胸を押し付ける美少女たちの姿が脳裏に浮かんでいた。


 「……と、ここまでは良いのですが。こちらの選択肢には少々問題がありまして」

 「問題?」

 「はい。……与えられないんですよ。チート能力」


 一瞬、場が固まる。

 嘘だろ、と声には出さないものの、悠の瞳には無言の圧力がかかっている。

 悠は椅子に腰掛けたまま真顔で固まり、アンジュは冷や汗をかきながら目を逸した。

 

 「……まじで」

 「も、勿論初期装備は与えますよ! ほら、転生して直ぐに死ぬんじゃあれですし、ドラ○エなんかみたいにひのきの棒で済ませることもありません! 上級冒険者レベルの装備を用意してます!」


 慌てながら捲し立てるアンジュだが、その言葉は最早届いては居ない。

 チート能力がもらえない。

 これはかなり大きかった。

 ラノベなんかでよく見るチート能力。あれがあるからこそ、一般人でも異世界でやっていけるのだ。それがもらえないとなるとどうなるか。

 装備をもらった所で、戦闘技術が追いついていなければ無駄である。第一他の人間に目をつけられ、奪われたらとうとうお終いだ。

 ……安心安全な完璧選択肢と、常に命に気を配らねばならないリスクに溢れた選択肢。

 どちらが良いかは悠にとって明白だった。


 「俺、日本に……」

 「ああああああああ待って待って! お願いです! 異世界を選んで下さいいいいいいいい!」



 悠の言葉を途中で止め、女神アンジュが叫びながら彼の胸元に飛び込んだ。

 飛びついてきたアンジュに、悠は真顔で。


 「おい離せ。選択肢の自由は俺にあるはずだ」

 「違うんです、このままじゃ本当に『ロウム』がヤバいんです! 余りに異世界転生を選ぶ人が少なすぎて、もう本当に手遅れになりかねない状況に……」

 「そんなの知ったことか。俺はハイリスク・ハイリターンより、ローリスク・ローリターンをとるタイプなの。つーか、戦闘なんてしたことない俺が異世界に行っても無駄死にするだけだろ。嫌だよそんなの」


 アンジュは泣きながら指をパチンと鳴らす

 すると、またもやさっきの座・天使が何かを運んできた。今度のはなにかのボタンである。赤と青で二つあるようだ。


 「おい、なんだよそれ」


 アンジュは無言でボタンに近づく。

 そして青の方のボタンをぐぐぐっと押し……。

 やがて、青のボタンは常に押された状態になった。触れても戻らない。


 「よし!」

 「いや、よしじゃねえよ。何したんだよお前」


 勝ち誇ったような顔で汗を拭くアンジュに、困惑顔で悠が突っ込む。

 アンジュはボタンを一瞥し、そしてまた直ぐに悠に視線を戻した。

 そして、至って当然、とでも云うような表情で一言。


 「元の世界への転生を封じただけですが?」

 「おいお前殴られてえのか?」


 悠は目にも留まらぬ速さでボタンを確認に行った。

 赤のボタンには『異世界』、押されたままの青のボタンには『地球』と書かれている。


 「おいお前どうしてくれんだこれ戻るんだろうな」

 「戻らないですよ? 貴方が押せるのは、異世界に転生するこの赤ボタンだけ……」

 「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 終わった。

 叫んだ後、悠は諦めた。

 よく考えたら異世界ってのもなかなか悪くない。魔法があるなら使いたいし、ハードモードには燃えるものだ。男ならここで行かなくてどうする。

 ……そう自分を騙し、ボタンに手をかける。


 「……魔王倒したら絶対お前に天罰を下す」

 「異世界に転生していただけるんですね!? 貴方が魔王を討伐する事を祈っております!」

 「……」


 悠はボタンから手を離した。


 「あの、やっぱ替えのボタンとか……」

 「ふんっ」


 アンジュが悠の手を思い切りボタンに叩きつける。

 すると魔法陣が現れ、悠の身体を吸い込み始めた。


 「てめええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇ最後までえええええええええぇぇぇぇぇぇ!!」

 「それではっ! 貴方が魔王を討伐することをっ! 祈っておりますっ!」

 「黙れてめ……死ね! 無理なら小指とかぶつけろ! 勇気出して行ったオフ会で皆ネナベで絶望しろ! そんでそいつらが全員腐女子で延々と推しカップリングとかの話ししてて会話についていけなくなって帰れ! そんで……」

 「良いから早く行けよ!」


 急に本性を剥き出しにしたアンジュがキレる。

 

 「……はい」




 余りにも不格好な旅立ちではあるが。

 こうしてその日、一人の勇者が異世界へと旅立ったのであった。




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