19話 邪悪
シリアス展開です。
ガランと悠の模擬戦が終わり、リズによって、異空間は閉じられた。
堂々と喧嘩を売り、1年生最強格のタッグに勝利してみせた悠たちの最後の戦いのインパクトが強すぎ、その話題で持ち切りになる生徒たちに、リズはマイクを持って呼びかける。
『生徒諸君、お疲れ様でした。えー、少し休憩した後に、2回戦を執り行います。30分後にまたここに集まるように。じゃあ休憩してください』
その言葉により、一層喧騒が大きくなる。
悠は余程疲れていたのか、地面に仰向けに倒れ伏した。
それも当然だ。実力差が大きい故に常に思考しながら戦わなくてはならなかったガラン達との戦いは、平和な国・日本で過ごしていた悠にとってはかなりストレスとなったのだから。
そしてそれは、シャルも同様である。
「……なんか……もうどうでもよくなってきました……」
「奇遇だな、シャル……俺もこんな戦いやめて、今すぐに帰りたい気持ちでいっぱいだよ……」
ボロボロのぬいぐるみを抱きしめて寝転がるシャルに、悠はため息をついて同調する。
こんなことならもっと体力をつけておけばよかった、と先行き不安な現実に閉口する悠のもとに、いかにも元気そうな水色の髪の毛が現れた。
「やったじゃない、ユウ、シャル! これで晴れて、3人とも2回戦進出ね!」
「ルミ……別に嬉しくねえんだよ……」
天才剣士ルミが、剣を高く掲げて笑みを浮かべる。しかし悠が放つ負のオーラは、当然その程度ではゆらぎもしない。
しかしそんな会話をよそに、シャルがのそのそと立ち上がり、死んだような目でルミに笑いかけた。
「はは……ルミさん、ユウさん。私ちょっと、お花を摘みに……」
「待て、俺もお花畑に連れて行け……だるい……もう全てが……」
「普通にセクハラよそれ!」
3人を見るガランは、歯を食いしばっていた。
負けた。この自分が。あんな雑魚に。
イラつきが止まらず、今にも彼らを襲ってしまいそうな激情に駆られる。しかし、まだそのときではないと思いとどまった。
大丈夫だ。あいつらはきっと、アリシアが言っていたとおりに禁術を使用したに違いない。あのクマのぬいぐるみの魔術がそうだ、と。
横でそのガランを冷静な目で見つめるアリシアは、しばらく悠たちを観察した後、ふ、と笑った。
そして、ガランの耳に顔を近づける。
「ガラン……あいつらが勝ったのは、禁術を使ったからよ……。悔しくはない? 粛清したくはない?」
「……当然だろ」
「なら粛清するのよ。……そうね、まずあの女の方を問い詰め、捕まえる。それであいつを人質に男も呼び出せば、一石二鳥。禁術の使用者を捕らえた手柄も、名誉も手に入るわ」
アリシアの悪魔の囁きが、ガランの心臓を高鳴らせる。頭脳が警鐘を鳴らすが、もう遅い。
正常な思考を奪われて、アリシアの声しか耳に入らなくなるまでにそう時間は掛からなかった。
どんどんガランの目が、狂気に染まっていく。もう、悠たちを殺すことしか考えられていない。アリシアに感じていた少しの違和感も、もう完全に取っ払われた。
アリシアはガランの目を見て、蠱惑的に微笑んだ。
「そうよ。それでいいの。……ちょうどあの女が1人になったわ、今ならきっと……」
「……ダメだ、こんなとこでのんびりしてる場合じゃねえ」
「え? 戦いが終わったんだから、できるだけ休んでおいた方が……」
「終わってねえ。本当の戦いは、多分これからだ」
悠の有無を言わせぬ瞳が、とぼとぼと歩いていくシャルを捉える。
そして、腰に掛けた剣に手を掛け、シャルとの距離をとりつつ歩き出した。
――
「はぁ……」
女子トイレの一室で、シャル・ホワイトはため息をついて俯いた。
強者タッグとの戦いで見事勝利を収めた彼女ではあったが、やはり現実を見るならば、ほとんどが悠の働きであったとしか言えない。
自分に『マリオネット』を与え、自信をくれたのも彼であったし、見事な采配で、アリシアをあそこまで誘導したのも悠だ。自分は云うことを聞き、その通りに行動しただけ。
役に立てなかった。その事実が彼女の重みとなって、脳を占拠していた。
自分には悠のような頭脳も、ルミのような剣の才能もない。でも魔術でさえも、自分は普通の人間よりも使えない落ちこぼれ。
勝利が辛くなるとは思わなかったが、事実そうなってしまった。涙が出そうになるのをこらえる。
「……次の戦いが始まっちゃう……」
負の感情を拭いきれないまま、トイレの個室の扉を開ける。
次こそ、もっと悠の役に立ちたい。シャルの頭には、それしかなかった。
手を洗って、トイレを出る。遅れないように足を早めた。
それ故に、気づかなかったのかも知れない。
「ふんッ」
「キャッ!?」
シャルの後頭部に、鈍痛が走る。
誰かに殴られたのだという事が、なんとなく分かった。だが、何故自分が狙われたのかは不明だ。
薄れゆく彼女の意識の中、頭に浮かんでいたのは、唯一彼女を認めてくれた少年の笑顔。
何も分からない。しかし、彼が自分と同じ目に遭わないか。それだけが、心配だった。
「ユウ……さん……」
か細い声でそうつぶやき、シャル・ホワイトは意識を失ったのだった。
「やったわね、ガラン」
気を失ったシャルの身体を真っ暗な測定室へと運び終えたガランに、アリシアが笑いかけた。
これで、後はシャルを人質に、悠をおびき出すだけとなる。そういう意味を込めたその言葉だったが、もはやガランには聞こえていない。
アリシアは答えないガランに寄り、その背中に抱きつく。
彼女の手に握られているのは、金属の刃がついたモノ。
「本当に、やったわ。……これで、全てが計画通りに……」
アリシアは今までに見せた事のない程の笑顔を浮かべる。
狂気。ガランのそれなど程遠い程の。それは客観的に見れば、まさに悪魔の笑み。
この世全ての悪を体現したかのような笑みとともに、アリシアの手は振り抜かれる。
ナイフが白銀の煌めきを放って、ガランの無防備な背中へと迫った。
「じゃあね、ガラン――」
「嘘は良くないな、アリシア・グレイス」
ナイフは、ガランの背中に刺さる事無く止まっていた。
彼は、何が起きたのか一瞬分からずに振り向く。そしてさながら何も知らぬ子供の様に、そこに居た少年を見て、無邪気に微笑んだ。
彼の持つナイフをすんでの所で受け止めていた、ユウ・ツルギの姿を見て。
「いや……こう呼んだほうが良いな。アルミールさん」
「……はは! やっぱり君をこの学院へ呼んだことは間違いだったようだね」
先ほどまでアリシアだったモノが、液体のようにぐにゃりとその姿を曲げた。
どんどん美しい少女の面影はなくなり、そして新たな存在へと移り変わっていく。されどそれは、生命の誕生のような神秘的なものではない。さながら悪魔の産声。
生物として認められるはずもない、邪悪の塊。悠ですら、それが分かった。
真っ黒の肌に、紫色の大きな角。悪をかたどったかのような背徳的な翼は、彼の邪悪さをより一層に醸している。そして、全身から放たれる黒のオーラは、周囲の闇すらも取り込んでいった。
真っ白な歯を見せて笑うその男は、紅の眼を煌めかせて悠を見た。
「やあ、久しぶりだねツルギくん。そしてさようなら。これから君は、変異者であるこの僕に殺される訳だけど、なにか言いたい事は?」
「殺されねえし殺させねえ。それだけだよ」
悠の言葉が、パール騎士団副団長・アルミールの表情を、更なる邪気に歪ませる。
……そうだ。
まだ、戦いは終わっていないのだ。
結構こういうシーンの方が書いてて楽しかったり。
応援よろしくお願いします。




