8.Wの役割
そんなわけで、僕の探偵助手生活が始まった。
ついこの間まで汚部屋だったこの探偵事務所に、本当に依頼なんて来るのだろうかと心配していたのだけれど──意外なことに、ぽつぽつと依頼が入り始めていた。
どうやら、僕がこの世界に転移してきた時の動画が、SNSなどで拡散されたらしい。
たまたま広場で撮影していた人が撮った動画のようで、僕が転移してきた瞬間の映像や、糸田川さんが僕の手を握って「やっと見つけた。僕のW、運命の人」と言っているシーンがネットでバズり、そこから糸田川さんの事務所が特定されたのだそうだ。
都内には他にもいくつかDの探偵事務所があるそうなので、依頼が殺到するとまではいかないけれど、その動画を見て興味を持った一般人からの依頼が舞い込むようになった。
「ううう、この動画、世界中で見られてるんですよね。
めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど」
拡散された動画は、一応顔にはモザイクがかかっていて声も変えてあるものの、僕が突然転移してきてオロオロしている様子や、糸田川さんに手を握られて困っているところがばっちり映っている。
これがたくさんの知らない人たちに見られていると思うと、正直かなり恥ずかしい。
「まあ、この世界ではDとWは有名人みたいなところがあるから、ある程度は仕方ないと割り切ってもらうしかないかな。
この動画のおかげで依頼も入るようになったんだし」
「うー、それはそうなんですけど」
「Wの中には相棒のDの活躍を動画サイトにあげて、お金を稼いでいる人もいるよ。
2人でテレビの密着取材を受けて謝礼を受け取ることもできるし」
「ええっ!
うわー、僕にはちょっと無理かも……」
「自分で出演するのが嫌なら、体験記を出版してる人もいるね。
まあ、依頼人へのPRのための広報は今のところ特に必要なさそうだけど、僕としては自分の顔が向井くんの収入になるなら構わないから、向井くんがやりたいと思うならいつでも言ってくれ」
「……絶対にやりませんからね」
呆れる僕をよそに、糸田川さんは楽しそうに笑っていた。
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それはさておき、依頼以外の糸田川さんの仕事として、警察のD専用システムを利用したものがある。
これは、全国の事件のデータがまとめられているシステムらしく、糸田川さんは僕というWを得たことで、本格的にそのシステムを使えるようになったという。
全国のDの間で早いもの勝ちになるからスピード勝負らしいけど、糸田川さんはいくつかの難解な事件をサクサクと解決に導き、警察からしっかりと報奨金を得ていた。
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……で、肝心の僕が助手として何をしているかといえば。
主な業務は、事務所の掃除、大量の資料整理、それから毎日の料理。
もちろん、依頼の捜査や現場検証にも一緒について行く。
けれど僕が現場に行って何か決定的な証拠を見つけたり、名推理を披露するわけじゃない。
それでも、僕の些細な一言やちょっとした行動がきっかけで糸田川さんの推理につながることが結構あって、そのたびに糸田川さんは「素晴らしいよ、向井くん!」と目をキラキラさせて喜んでいる。
ただ……僕としては、直接的に何か役に立っている実感が湧かなくて、どこかモヤモヤとした気持ちを抱えていた。
そんなある日、書類の受け渡しで渋谷署に行く用事があったので、溝口さんにその話をすると、こんなことを言われた。
「向井さん、Wにも色々なタイプがあって、そういう何気ない一言でDの推理の役に立っているWも多いですよ。
確か、向井さんの世界のミステリの中のワトソン役にも、そういうタイプがあるとか聞きましたけど」
「あー……まあ、確かにそういうのはありますけど」
溝口さんに言われて、僕は思い返す。
2時間サスペンスなんかで、刑事の家族や相棒が何気なく話す日常の出来事が、事件解決の決定的なヒントになる──みたいな展開だ。
言われてみれば、そういうのも立派な助手役と言えなくもない……のかもしれない。
(……まあ、直接役に立ててないとしても、糸田川さんが喜んでくれてるならいっか)
僕は心の中で無理矢理自分を納得させながら、今日も「僕の名探偵」の待つ事務所へと足早に帰るのだった。




