6.探偵事務所
「よし、それじゃあ僕の探偵事務所兼自宅に案内しよう。
行こうか、向井くん」
「はい!」
溝口さんにお礼を言い、警察署を出た僕たちは糸田川さんの案内で彼の自宅へと向かった。
道中、僕の胸は高鳴りっぱなしだった。
探偵事務所!
ミステリ好きなら誰もが一度は憧れるあの聖地だ。
重厚な革張りのソファに、ぎっしりと本が詰まった書架、そしてパイプの煙……なんて光景を想像しながらついて行くと、到着したのは渋谷署からそれほど離れていないマンションの一室だった。
「さあ、入ってくれたまえ。
ここが僕の拠点だ」
「おじゃましま──」
ガチャリとドアが開いた瞬間、僕は絶句した。
「……っ!?」
そこは『汚部屋』という言葉そのものの、恐ろしい惨状だった。
壁際には本や新聞が山のように積まれて雪崩を起こしている。
床には空のペットボトルや謎の紙くずが散乱していて、足の踏み場もない。
部屋の奥には、いかにも探偵事務所らしく依頼人が座るための立派なソファが置かれていたが、物置と化していて、人一人分のスペース──おそらく糸田川さんがいつも座っている場所しかあいていなかった。
(な、なんだこの部屋は……!?
ていうか、ここ本当に探偵事務所なのか……!?)
あまりの惨状に、胸の奥で「掃除したい、片付けたい」という謎の欲求がふつふつと湧き上がり、手がそわそわして落ち着かなくなる。
けれど初対面の人の家でいきなり勝手に掃除を始めるのも失礼かと思い、僕は必死でそれを我慢した。
「あの……糸田川さん、ここって本当に探偵事務所なんですか?
依頼人とか来ないんですか?」
「ああ。
WがいないDは『D予備軍』といって半人前扱いだからね。
警察からの打診以外の一般依頼人はほとんど来ないのさ。
でもこれからは向井くんがいる。
一人前のDとして実績を積めば、依頼人もどんどんやって来るようになるさ」
糸田川さんは誇らしげに胸を張るけれど、僕はものすごく不安になってきた。
本当にこの人で大丈夫なんだろうか。
「あ、そうだ。
向井くんの部屋もあけてあるんだ。
見るかい?」
「えっ? 僕の部屋……ですか?」
「そうだよ。こちらだ」
糸田川さんに促され、廊下の奥にあるドアを開ける。
案内された部屋に入った瞬間、僕は思わず目を丸くした。
「え……?」
そこは、さっきまでの汚部屋空間が嘘のような、綺麗で片付いた部屋だった。
豪華ではないけれど、清潔なベッドや使いやすそうな学習机がきちんと整えられている。
床や棚にもうっすらとしたホコリすら目立たず、この部屋だけは日常的に丁寧に掃除されていたことがうかがえた。
「どうして……僕の部屋があるんですか?
それに、なんでここだけこんなに綺麗なんですか?」
「どうしてって……長い間、僕のWを探しているのに全然見つからなかったろう?
だから、きっと僕のWは異世界転移者なんだろうと思ってね。
突然異世界からやって来たら、きっと住むところにも困るだろう?
だから、いつやって来ても困らないように部屋を用意しておいたのさ」
糸田川さんは事もなげにそう言うと、僕を直視しながら照れくさそうに微笑んだ。
「この部屋が綺麗なのは当然だろう?
だって、僕の大切なWが住む部屋なんだから。
綺麗にしておくのは当たり前じゃないか」
「……っ」
不意打ちのような言葉に、胸がドクンと鳴った。
見た目は怪しくて不審者みたいで、部屋も汚くて生活能力ゼロの変人だけど……この人、本当はすごく優しくて、僕のことをずっと待っていてくれたんだ。
(……あー、もう!)
なんだか毒気を抜かれてしまって、僕は深々とため息をついた。
「もう!
この部屋だけ綺麗にしてあっても、他の部屋がこんなに汚かったら一緒に住めませんよ!」
「え……?
ということは向井くん、他の部屋も綺麗になったら、僕と一緒に住んでくれるということかい!?」
糸田川さんの顔がぱあっと明るくなり、ギラギラした目が希望に輝く。
「仕方ないでしょう?
DとWは相棒同士なんですよね。
それに……こんな部屋、放っておけるわけないじゃないですか!
しっかり掃除しますから、糸田川さんもちゃんと手伝ってくださいね!」
「もちろん! 君の言う通りにするよ、向井くん!」
嬉しそうにはしゃぐ「僕の名探偵」を見ながら、僕は腕まくりをした。
憧れの探偵助手生活は、まずはこの凄まじい汚部屋の大掃除からスタートすることになりそうだ。




