5.DとW
『D = 探偵(Detective)
W = ワトソン(Watson)。Dの助手』
切り替わった画面の一番上にはそう書かれていて、その下の説明を溝口さんが補足しつつ読み上げてくれた。
「この世界ではまれにD染色体、W染色体という、普通の人とは異なる染色体を持つ人が生まれてきます。
男女の違いを生むXY染色体のようなものだと考えてもらってかまいません。
ただし、DW染色体は肉体には影響を及ぼさず、精神や脳の働きに影響を及ぼします。
そしてD染色体保持者は、向井さんの世界のミステリに出てくる『名探偵』のような超常的な推理力で様々な事件を解決する能力があります。
そしてW染色体保持者には、向井さんの世界のミステリでいう『ワトソン役』として、Dの助手というか相棒というか、Dを助け支える才能があります。
えーと、こういうことを言うと向井さんは『小説の話じゃないんだから』と思われるかもしれませんが、こちらの世界ではそれが現実ですので、そこはご理解いただくしかないかと」
「あー……確かにちょっと信じられない話ですけど、ここはパラレルワールドですもんね。
そういうこともあるかもしれないということは理解できます」
僕がそう答えると、溝口さんはほっとした様子でうなずいた。
「それじゃあ続けますが、Dはある程度の年齢になると本能的に自分のつが……じゃなかった、自分のパートナーとなるWを一人選びます。
DとWが一度コンビを組むと、その関係は一生続きます。
そして、こちらの糸田川さんはそのD染色体保持者で、向井さんは彼のパートナーであるWということになります」
「ええっ、ちょ、ちょっと待ってください!
DとWの話はわかりましたし、この人がそのDだっていうのも、まあそうなのかもしれませんが、それでどうして僕がWだってことになるんですか……!」
僕の当然の反論に、溝口さんが答える。
「あ、すみません。
まだご説明してませんでしたね。
こちらの世界に異世界転移してくるのは必ずDかWのどちらかなんですよ。
転移してきた時点では向井さんがDの可能性もありましたが、糸田川さんが向井さんのことをパートナー認定したので向井さんはWということになりますね」
「いや、そこがおかしいですよね?!
僕がDかWのどっちかなら、探偵の才能とかはないからWなのかもしれませんけど、なんでよりによってパートナーがこの人なんですか?!」
僕の手を握ったままの糸田川という男の方を見て言うと、溝口さんは「ああー、そうなりますよねー」とがっくりした様子になった。
「まったくもう、糸田川さんが手を放そうとしないから、向井さん完全に引いちゃってるじゃないですかー。
いや、わかりますよ?
長年見つからなかった番がやっと見つかったんですから離したくないという、糸田川さんの気持ちは。
ですけど、向井さんは転移者ですから、Dがそういう生き物だっていうことも理解できないと思うんですよ。
ですから、とりあえずここは、手を離してもらった方が」
溝口さんの言葉に糸田川は不満そうな顔を見せたものの、僕の顔を見て──たぶん思いっきり嫌そうな顔をしていたはずだ──しぶしぶといった様子で「わかった」と言うと、ようやく握りっぱなしだった僕の手を離した。
「すみませんねー。
糸田川さんは長い間Wを探していたので、やっと向井さんに会えてなんか変なテンションになっちゃってるみたいで。
普段はここまでは変な人じゃないので安心してください」
(……いや、『ここまでは変な人じゃない』って、それってちょっとは変な人ってことだよね。全然安心できないんだけど)
自由になった左手をさすりながら、僕は考える。
異世界に転移して元の世界に帰れないという事実だけでも大事件なのに、まさか自分が「名探偵の助手」だなんて。
(……あれ? ちょっと待てよ?)
Dが「名探偵」で、Wが「ワトソン役」……?
幼い頃からミステリ小説を読み漁り、ホームズとワトソンの絆に胸を躍らせ、自分には無理だと諦めたあの「名探偵の助手」というポジション……。
(えっ……それって、もしかして、夢にまで見たポジションなんじゃないか……!?)
さっきまでの不安と困惑が、一瞬で熱いワクワク感へと塗り替えられていく。
まさか人生で、本物の「名探偵の相棒」になれる日が来るなんて!
隣にいる糸田川さんは、青白くて不健康そうで初対面で手を握りしめてくるような超絶変人だけど……でも、溝口さんの話が本当なら、この男は本物の「名探偵」なのだ。
僕が一人で興奮を噛み殺していると、隣の糸田川さんがじっと僕の顔を覗き込んできた。
そのギラギラした目は相変わらず不気味だったが、どこか真摯な色が混ざっている。
「向井くん。
驚かせたし、怖がらせてしまってすまなかったね。
……でも、君のような誠実そうで賢そうな青年が僕のWになってくれて、僕は本当に嬉しいと思っている。
……これから探偵助手として、僕を支えてくれるかい?」
まっすぐな瞳でそう言われた瞬間、僕のミステリマニアとしての血が完全に騒ぎ出してしまった。
「は、はい!
こちらこそ、よろしくお願いします!」
思わず身を乗り出して元気に即答してしまう。
(あ……! 勢いで引き受けてしまった……!)
直後に「相棒がこの変な人で本当に大丈夫か……?」という一抹の不安が頭をよぎったけれど、胸の奥で湧き上がる高揚感を、もう止めることはできなかった。




