11.初めての経験☆
その日の夕食後、リビングでくつろいでいると、スマホが小さく震えた。
画面を見ると、昼間に連絡先を交換した田中さんからのLINEだった。
『向井くん、今日はありがとう。
こっちの世界で分からないことがあったら、いつでも気軽に聞いてね』
親切なメッセージに嬉しくなり、さっそく返信を入力する。
「誰からだい?」
「田中さんですよ。
『困ったことがあったら聞いてね』って言ってくれて」
「ふうん……」
短く答えた糸田川さんだったけれど、僕が画面に向かってポチポチとメッセージを打ち続けていると、部屋の空気がどんどん重くなっていくのが分かった。
ふと隣を見ると、糸田川さんは眉間に深いシワを寄せ、じっと僕のスマホを睨みつけている。
「……糸田川さん?」
「……先に部屋に戻っているよ」
ボソリとそれだけ言うと、糸田川さんは重い足取りで自分の部屋へ入って行き、バタンとドアを閉めてしまった。
(えっ……僕、何か気に触るようなこと言ったかな……?)
理由が分からず首をかしげながらも、僕は席を立って夕食の後片付けを始めることにした。
食器を洗い、シンクを拭き掃除していた、その時──。
「む、向井くん……っ!」
糸田川さんの部屋のドアが勢いよく開き、顔を真っ赤にした糸田川さんがおろおろとした様子で飛び出してきた。
「どうしたんですか、突然!?」
「異常事態だ……!
なんだか体が熱くて、その、下半身が妙なことになっていて……!
何か恐ろしい病気かもしれないんだ……!」
パニックになりながら自分の股間を指さす糸田川さんを見て、僕は固まった。
薄手の部屋着のズボン越しでもハッキリ分かるほど、彼の下半身がパンパンに張り詰めている。
(……え?
これって、まさか……!?)
「い、糸田川さん……これ、病気じゃないですよ。
男なら誰でもなる、ごく普通の生理現象です」
「えっ……?
でも、僕は生まれてこの方、こんな状態になったことは一度もないんだよ!?」
青ざめる糸田川さんを見て、僕はハッとした。
そういえばDという生き物は、Wと出会って健康を取り戻すまで、あらゆる欲求が希薄だったはずだ。
僕が来てから食事事情が良くなって体力がついて、それで今日になってやっと人生で初めて性的な本能が目覚めてしまったらしい。
もしかしたら、さっきから急に機嫌が悪くなったのも、急な体の変化で精神的に不安定になっているせいかもしれない。
「あの……こういう時はですね……」
僕は下半身の処理の仕方を簡単に教えたが、糸田川さんは完全に未知の領域といった顔で首をかしげた。
(嘘でしょう、この人、処理の仕方すら知らないの……!?)
「……はぁ。
分かりました、教えますから自分の部屋に戻ってください」
放置しておくわけにもいかず、僕は掃除以外では初めて、糸田川さんの自室へ足を踏み入れた。
ベッドの端に二人で並んで座る。
そうして言葉と身振り手振りでやり方を教えたものの、初めての事態に困惑している糸田川さんは、自分ではうまく処理することができなかった。
そんな糸田川さんを放っておくことができなくて、結局僕は糸田川さんの処理に手を貸してしまったのだった。
──────
糸田川さんが処理を終えて、僕は大急ぎでティッシュを引き抜き、彼に片付けの仕方を教えた。
「あとは……ティッシュで綺麗に拭いて、ゴミ箱に捨ててくださいね!
じゃ、僕、部屋に戻りますから!」
まともに糸田川さんの顔も見られないまま、僕はそそくさと彼の部屋を飛び出し、自分の部屋のドアを閉めて鍵をかけた。
ドックンドックンと激しく脈打つ胸を押さえ、熱くなった自分の顔を覆う。
(な、なんで……あんなことまでしちゃったんだろ……!?
言葉で教えるだけでも、充分だったはずなのに……!)
自分の手の中に残る感触と、糸田川さんの様子が脳裏に焼き付いて離れず、僕はその夜、なかなか眠りにつくことができなかった。




