10.もうひとりの転移者
そんなある日、渋谷署の管内で強盗事件が発生したということで、糸田川さんが警察に呼び出された。
この世界では、近隣のDが現場捜査の段階から警察に協力することもあるらしい。
糸田川さんも警察のD専用システムで順調に実績を積んできたおかげで、こうして直接現場に呼ばれる機会が増えていた。
現場となった住宅街の一軒家に到着すると、現場検証を行う警察官たちに混じって、ラフな私服を着た三十代くらいの男性が立っていた。
その人はスラリとした高身長で、妙に顔がいい。
「田中さん、お久しぶりです」
「ああ、糸田川くん。
最近の活躍は聞いてるよ。
今日はよろしく頼むよ」
「こちらこそよろしくお願いします」
糸田川さんとその男性は短く挨拶を交わすと、さっそく現場の足跡や荒らされた室内を見ながら、テンポよく推理を交わし始めた。
二人の専門的な会話に入りそびれてしまった僕は、近くにいた渋谷署の溝口さんを捕まえて、こっそり尋ねてみた。
「あの、溝口さん。あの人って……?」
「あ、向井さん。
まだ田中さんと会ったことありませんでしたっけ?
田中翔太さんです。
彼もDですよ。
渋谷署管内に事務所を構えているので、よくお世話になってるんです」
「へえ……。
でも、Dにしては『田中』なんて普通の名前、珍しくないですか?」
僕が疑問を口にすると、溝口さんは「ああ」と納得したように頷いた。
この世界に来てしばらくしてから知ったのだが、Dは自分の両親や家族を事件の危険に巻き込まないため、Dとして活動し始める時に新しく名前をつけるのだという。
他のDの活躍動画やWの体験記で見かけたDの名前は、どれもキラキラネームというか、いかにも名探偵らしい仰々しい名前ばかりだった。
糸田川さんの苗字も珍しいと思っていたけれど、D界隈の中ではどちらかといえば普通な方らしい。
「田中さんは向井さんと同じで、異世界からの転移者なんですよ。
なので、向こうでの名前をそのまま使っていらっしゃるんです」
「えっ、転移者……!?」
転移者が他にもいるという話は聞いていたけれど、実際に会うのはこれが初めてだ。
一気に親近感と興味が湧いてくる。
しばらくして、糸田川さんと田中さんは鮮やかに現場での推理を終え、警察へ捜査の方向性を提示し終えたようだった。
二人は並んで僕たちのところへ歩いてくる。
「田中さん、紹介します。
こちらが僕のWの向井希くんです」
「初めまして、田中翔太です。
向井くんも転移者なんだって?
私もなんだよ。
こっちの世界は向こうと色々勝手が違って大変だったでしょう」
「初めまして、向井です!
そうなんですよ、急に変な世界に飛ばされて最初は本当に意味が分からなくて……!」
同じ境遇の人と出会えた嬉しさから、僕はついつい興奮気味に話しかけてしまった。
「分かるよ。
言葉は通じるのに常識が全然違ったり、DとWのシステムとか最初は戸惑うよね」
「そうなんです!
ご飯の味覚の仕様とかも意味不明で……!」
身近に共感してくれる人がいなかった『転移者あるある』の苦労話に、僕と田中さんはすっかり意気投合してしまった。
「あ、向井くん。良かったらLINE交換しない?
こっちで困ったこととかあったら、いつでも相談に乗るよ」
「えっ、本当ですか!?
ぜひ交換させてください!」
二次元コードを読み合いながら、僕は内心で密かに感動していた。
この世界に来てから、僕のLINEに登録されている個人アカウントといえば、糸田川さんと溝口さんの二人だけ。
企業の公式宣伝アカウントを除けば、田中さんがようやく三人目なのだ。
同じ転移者の知り合いができたことが嬉しくて、思わずニコニコしてしまう。
「ふーん……仲が良いんだね、二人とも。連絡先まで交換して」
不意に、隣から尋常ではない冷気を含んだ声が聞こえた。
振り返ると、そこには眉間にシワを寄せ、猛烈にムッとした表情で僕と田中さんを交互に見つめる糸田川さんが立っていた。
(えっ……なに、なんでそんな怒ってんの……!?)
今まで見たこともないような糸田川さんの不機嫌すぎる顔に、僕は一瞬で凍りつくのだった。




