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眠れぬ死神と眠らせの調香師 ――不眠症の辺境伯に拾われた私の甘く危険な夜と、愚者たちに贈る破滅の香り  作者: セキド烏雲


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3/7

第3話 初めての安眠の果てに、私は死神の檻へと閉じ込められた

【ヴェスペル視点】


 次に目を開けたとき、視界に映ったのは柔らかな光だった。


「……朝……なのか?」


 俺は呆然と天井を見上げた。


 頭が軽い。いつものような、鉛の鉄球を埋め込まれたような重苦しさがない。


 視界は驚くほど明瞭で、指先の微細な感覚まで研ぎ澄まされている。


 眠れた。眠れたのだ。

 あの血みどろの悪夢すら見ず、一度も起きることなく、朝まで。


「――ッ」


 不意に、目頭が熱くなった。


 何年ぶりだ。

 最後にこんな風に、何の恐怖も抱かずに眠れたのは、俺がまだ剣も握れない子供だった頃以来ではないか。


 俺は戻ってこれたのだ。永遠にも感じられた、あの狂気の淵から。


 この圧倒的な感謝を真っ先にあの女に伝えようと、俺はベッドから身を起こし、視線を横へ向けた。


 すると――。


「……」


 ベッド脇の椅子に、その女は座っていたのだ。


 膝の上に分厚い本を広げたまま、少しだけ姿勢を崩している。

 白く透き通るような肌。その目の下には、うっすらと疲労の影が落ちていた。


(こいつは……ずっと、ここに?)


 俺が身じろぎすると、彼女はハッと顔を上げ、俺と目が合った。


「……おはようございます、閣下」


 彼女は寝起きの掠れた声ではなく、努めてはっきりとした声で言った。


 そしてすぐに立ち上がると、俺の顔色を真っ直ぐに覗き込んでくる。


「目覚めはいかがですか?魔力酔いや、吐き気は……」

「ない。驚くほど、爽快だ」

「……よかった」


 彼女が、安堵したようにふわりと笑った。


 その無防備な笑顔を見た瞬間、俺の心臓が、ドクンと大きく跳ねた。


 こいつは俺の安眠のために、一睡もせず、その華奢な体で一晩中俺を見守っていてくれたのだ。


 喉の奥が、カッと熱くなる。


「ずっと、そこにいたのか?」

「はい。もし拒絶反応が出たら、痛みのあまり閣下がお目覚めになってしまいますから」


 彼女は寝起きの俺に臆することなく顔を近づけ、魔力視によって俺の身体に異常がないかを確認し始めた。


「雇用関係」……。そう言ってしまえば、それまでだ。

 だが、俺が多く見てきた打算や恐怖からくる服従とは、まったく違う。ただ純粋に、俺という人間の安寧を守るためだけに、己の身を削って朝まで寄り添い続けてくれた。


 そんな打算のない無償の献身など、この血塗られた人生において、ただの一度も向けられたことはなかったのだ。


「俺の寝顔を見たのは……お前が初めてだ」


 気づけば、そんな言葉が口をついて出ていた。


 誰にも見せなかった無防備な姿。それをこの女になら晒してもいいと、本能が強く告げている。


「ふふ、殺されなくて済みそうですか?」


 彼女がおどけたように首を傾げる。

 その、なんでもない仕草が。

 俺の理性の防壁を、音を立てて崩壊させた。


 眠れない地獄から、俺を救ってくれたこの女を、絶対に誰にも渡したくない。


 ――手放してなるものか。一生涯、破棄などできない専属契約で縛り付けてやる。

 いや、違う。そんな紙切れの契約など生温い。


 この無防備な笑顔も、俺を気遣う声も、清廉な香りも。すべて……彼女のすべてが、俺だけのものだ。


 これまで他人に対して、ましてや女に対してなど、微塵も抱いたことのない暴力的な感情だった。

 マグマのように熱く、どろどろとしたドス黒い独占欲が、胸の奥底で爆発し、理性をあっけなく焼き尽くしていく。


 もはやこの衝動は止められない。いや、止める気など毛頭なかった。


「……寝ていないのだろう、お前は」

「ええ、でもそれが私の仕事です」

「なら、寝ろ」

「はい、部屋に戻って――」


 彼女が踵を返そうとした瞬間、俺は彼女の細い手首を掴み、強引に引き寄せた。


「きゃっ!?」


 小さな悲鳴と共に、彼女の体がベッドに沈む。

 俺は彼女を逃がさないよう、その華奢な体を背後から抱きすくめた。

 驚くほど軽く、そして、温かくて柔らかい。


「か、閣下!?」

「俺は朝が弱い。二度寝が必要だ」

「で、すから、私はこれで……」

「お前が離れたら……俺はまた眠れなくなるだろう」


 俺は彼女の細い腰に腕を回し、自分の胸にぴったりと密着させる。


「そうだ。ここに居てくれ。俺は枕が変わると眠れない質でな」

「嘘をおっしゃる!ずっと眠れなかったのでしょう!?」

「ははっ、そうだ。今はもう、お前がいないと眠れなくなってしまった」


 それは紛れもない、魂からの本音。

 この香りがなければ、彼女が居なければ、俺はまたあの地獄に戻るだろう。


 だが、そんな恐怖よりも何よりも。ただこの温もりを離したくないという強烈な独占欲が、完全に俺を狂わせていた。


 俺は彼女の首筋に、深く顔を埋める。


 白檀とネロリの清廉な残り香が、彼女自身の甘い匂いが混ざり合い、脳を痺れさせる。


「……どうしてくれるんだ、ザークレシア」


 耳元でわざと低く囁くと、彼女の体がビクリと震え、耳がほんのりと赤く染まった。


 こいつは俺の救世主。


 死にも等しいあの孤独な地獄から、俺を救い出してくれた唯一の光。

 俺の血に塗れたこの両手が、清らかな彼女を汚してしまうとしても。


 ……もう、絶対に手放せない。


 俺は彼女の柔らかい身体を、自身の檻に閉じ込めるように、さらに強く抱き寄せた。

 不眠症の死神伯、ついに理性の限界を迎えたようです……!


 もし「二人のやり取りにドキドキした!」と感じていただけましたら、 ぜひ星を入れて応援をお願いいたします!引き続き、よろしくお願いいたします!

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