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眠れぬ死神と眠らせの調香師 ――不眠症の辺境伯に拾われた私の甘く危険な夜と、愚者たちに贈る破滅の香り  作者: セキド烏雲


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第13話 死神伯のサプライズは、愛しい彼女を絶望させる

 ここ数日、ヴェスペル様の様子がおかしい。


 ヴェスペル様とルズガーナが、二人きりで執務室に籠もることが増えたのだ。


「……ねぇ、こっちはどう?胸元がガッツリ開いてて、誘ってる感じ」

「……却下だ。このくらい清楚な方が似合う」

「えー?これくらい大胆な方が、夜には映えるのに。……どう?ドキドキする?」


 扉越しに、楽しげなルズガーナの声と、満更でもなさそうなヴェスペル様の声が聞こえる。


(誘ってる?夜に映える?ドキドキする……?)


 私は持っていたお茶のトレーを取り落としかけた。


 確かに、ルズガーナは黙っていれば誰もが振り返る「氷の美貌」を持つ女性だ。


 背が高く、スタイルも抜群。凛としたその姿は、ヴェスペル様と並べば、まるで絵画のように美しいだろう。


 彼女は男嫌いを公言しているけれど……もしかして、ヴェスペル様の圧倒的な魅力に気づいてしまったとか!?


(……お似合い、だよね)


 ズキリ、と胸が痛んだ。


 不安に駆られながらも、私は意を決してノックをした。


「失礼します、閣下。お茶をお持ちしました」


 ガチャリ、と扉を開けた。


「っ!!隠せ!!」

「わっ、シア!?」


 ヴェスペル様の切羽詰まった声。


 二人は机の上で顔を突き合わせていた体勢から、バッと飛び退いた。


 そして、見ていた「何か」を、ヴェスペル様が慌てて背後に隠したのだ。


「あ……ご、ごめんなさい。お邪魔でしたか?」

「……い、いや。今は入るな、レシア。機密事項を扱っている」


 ヴェスペル様は私と目を合わさず、冷たく言い放つ。その顔は、微かに赤い。

 ルズガーナも、どこか気まずそうに視線を泳がせている。


「……分かりました」


 私は扉を閉め、廊下で立ち尽くした。

 血の気が引いていく。


(機密事項……)


 やっぱり、そうだ。二人の間には、私には入れない「秘密」がある。


 何かを隠したときの、あの慌てぶり。

 まるで、浮気現場を見られたカップルのようだった。


(……ヴェスペル様、ベッドであんなに囁いてくれたのに。あの甘い言葉は、全部、嘘なんですか?)


 目頭が熱くなるのを堪え、私はその場を逃げるように立ち去った。


 ◇◇


 その日の夜。


 私はヴェスペル様に呼ばれ、久しぶりに彼の寝室へと足を運んだ。


 ここ二日ほど、閣下と一緒に寝ていなかった。


(まさか、避けられてる?私、何かしちゃったのかな)


 余計なことばかり考えてしまう。

 私、こんなに嫉妬深い女じゃなかったのに。


 昼間のことも考えると、足取りは重い。


 閣下の寝室に入ると、彼は真剣な面持ちで私に向き直った。


「レシア。……少し、身体を調べさせてくれ」

「え?身体、ですか?」

「あぁ。マンドラゴラの叫び声には、微量の魔力が含まれている。それがお前の体内に残留していないか、『触診』で確認する必要がある」


(またマンドラゴラ?)


 昼間、ルズガーナとあんなに楽しそうにしていたのに。


 夜は私に優しくしてくれるの?それは罪滅ぼし?

 それとも、ルズガーナとの「違い」を確かめるため?


 私のなかに黒い感情が渦巻く。けれど、彼の真剣な瞳を見ると、拒絶なんてできなかった。


「分かりました。お願いします」

「うむ。……じっとしていろ」


 彼は私の背後に回り込むと、ふわりと背中から抱きしめてきた。


「背中には魔力が溜まりやすい……」


 彼の大きな手が、私の肩から二の腕、そして手首へとゆっくり滑っていく。慎重に、確かめるように。


「ん……く、くすぐったいです、閣下」

「我慢しろ。……これくらいか。ふむ、ルズガーナより随分と華奢だな」


 ボソリと呟かれた言葉に、心臓が冷えた。


(……今、ルズの名前を出した?)


 血の気が一気に引いて倒れそうになる。


「……閣下。ルズガーナと、比べていますか?」

「あ?あぁ、まあな。あいつの肩幅を基準に考えていたが……お前は折れそうなくらい細い」


 悪びれもせず肯定する彼。


 基準?なんの?抱き心地の?


 やっぱり、昼間あんなに盛り上がっていたのは、彼女のスタイルについてだったの?


(……やっぱり、ルズの方が)


 彼女と比べると、この身体は確かに見劣りするかもしれない。


 思わず漏れそうになる惨めな本音。


 しかし、ヴェスペル様はそんな私の心の中を知る由もない様子。

 背後から両手を回し、私のウエストをガシッと強く掴んだ。


「成る程……うむ」


 そして、私の腰のくびれを愛おしげになぞり、その感触を確かめるように指を食い込ませた。


 耳元に落ちる、熱を帯びた吐息。


 言葉ではルズガーナの話をしているのに、私に触れるその手つきは、どうしようもなく甘い。


「このくらいか。いや、もう少し絞るか?」


 彼はブツブツと何か言っているけれど、熱い掌が肌を滑る感覚に、思考が溶けていく。


「ちょ、閣下……そこは……」

「動くな。正確でなければならん。……ヒップのラインは、ここからこう……」


 彼の手が、腰から下へ、際どいラインを撫で下ろす。

 触診にしては、あまりに執拗で熱っぽい。


「んぅ……っ!」


 変な声が出そうになり、私は唇を噛んだ。


 彼は私をくるりと反転させると、正面から強く抱きしめてきた。


 私の顔が、彼の広い胸板に埋もれる。


「差は25センチ……。ならば7センチ上げれば釣り合うか。これなら、私が少し屈むだけですむ」


 ドクン、ドクンと、彼の心臓の音が聞こえる。

 昼間の不安が、完全に消えたわけじゃない。


 まだ、二人が何を隠しているのかは分からないし、ルズガーナの名前が出るたびにチクリと胸が痛む。


 けれど。


 今、彼の腕の中にあるのは、私だ。

 この体温も、鼓動も、私だけに向けられている。


(……今は、これでいい)


 悔しいけれど、彼の腕の中は、何よりも安心できてしまうから。


「……異常なしだ。健康そのものだな」


 しばらくして、彼は私を解放すると、机の上のメモ用紙に素早く何かを書き込んだ。


「よ、よかったです……」

「あぁ。これで準備は整った」

「準備?」

「あっ、いや。……もう部屋に戻っていいぞ。ゆっくり休め」


 彼は満足げに頷くと、書き込んだメモを大事そうに引き出しにしまう。


 私は複雑な思いを抱えつつも、彼におやすみなさいと告げて部屋を出た。


 何がしたかったのか、マンドラゴラがどうだとかの真意は分からなかったけれど、あの抱擁の余韻だけで、今夜は幸せな夢が見られそうだ。

 最後までお読みいただきありがとうございます。

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