第96話 エピローグ② ~二人にとっての北極星~
夜空を見ながら二人で話に花を咲かせる。
夜空を指しながら怜が桜彩へと空に浮かぶ星座の説明をしていく。
「――で、あれがこぐま座だな」
「ってことはあの尻尾の星が北極星だよね?」
「ああ。現在の北極星のポラリス。そしてエライ、アルフィルク、アルデラミン、デネブって大体二千年周期で変わっていくな」
北の空に浮かぶ星を指差す桜彩に怜も頷いて答える。
「そっか。でもさ、私にとっての北極星はポラリスじゃなくて怜なんだよ」
「えっ?」
桜彩の言葉に驚く怜。
そんな怜に対して桜彩は少し顔を赤くして、照れながらもゆっくりと語り掛ける。
「北極星は人を導く為の目印、でしょ? 私にとってはさ、正に怜がそうなんだ。何も出来なかった私を導いてくれた」
「う…………」
「ふふっ。だからさ、私にとっての北極星は怜なんだよ」
「そっか。……それは、光栄、だな…………」
「うん」
照れて視線を外して頬を掻く怜に桜彩はにっこりと笑いかける。
そして怜もそんな桜彩の方へと向き直り口を開く。
「だったら俺の北極星も桜彩ってことだな」
「え?」
予想もしなかった言葉に驚く桜彩。
「だってそうだろ? 俺も桜彩に導いてもらったしな」
「え? で、でも……むしろ怜にとっての北極星は陸翔さんや蕾華さんの方が近いんじゃ……」
桜彩の言う通り、怜が一番苦しんでいた時に支えてくれたのは紛れもなく親友二人だ。
あの二人こそが怜に救いを教えてくれた北極星のような存在だったことは間違いない。
桜彩の言葉に怜はゆっくりと頷く。
「ああ。それも合ってるよ。八年前、俺はあの二人に救われた。あの二人が道を示してくれた。だから俺は完全な人間不信に陥ることにならず、再び普通の生活を手にすることが出来た」
「じゃあ……」
しかし怜は首を振って桜彩の言葉を遮る。
「でもさ、今は違う。さっき言ったように北極星ってのは時代とともに移り変わっていく。ポラリス、エライ、アルフィルク、アルデラミン、デネブ。そしてポラリスの前にはコカブ、その前はトゥバン、そしてその前はエダシクってそれぞれ別の北極星の時代があった」
「うん……」
旅人を導く北極星。
それはいつの時代にも存在するが、その存在は時により移り変わっていく。
「俺にとって八年前の北極星は間違いなく陸翔と蕾華の二人だった。でもさ、今空に浮かぶ北極星がコカブからポラリスへと変わったように、俺にとっての北極星も変わっていったんだ」
かつて倒れていた怜を立たせて歩き出させてくれたのは陸翔と蕾華。
そして今新しい道を見せてくれたのは間違いなく桜彩だ。
「だからさ、俺にとって陸翔と蕾華の二人が一つ前の北極星のコカブ。そして今の北極星のポラリスが桜彩なんだよ」
「怜…………。そっか、そうなんだ」
「ああ」
「ふふっ。お互いがお互いの北極星ってことだね」
「ああ。お互いがいなきゃ前に進めなかったからな」
二人が抱えていた大きなトラウマ。
動物に触れない怜、絵を描けなかった桜彩。
お互いがお互いを導いてくれた。
「それじゃあ怜。これからも私の北極星でいてね」
「ああ。桜彩も俺の北極星でいてくれよな」
「うんっ!」
そのまま二人並んで夜空を眺める。
「――であれが北斗七星だな」
「うん。分かるよ――あっ!」
「あっ!」
夜空を指していた怜の右手。
それを下げた時、偶然桜彩の左手へと当たってしまう。
ふと、怜の中にとある欲求が生まれる。
「な、なあ、桜彩……」
「ね、ねえ、怜……」
「えっ!?」
「えっ!?」
二人同時に言葉を発してお互いに驚いてしまう。
「え、えっと、どうかしたのか……!?」
「う、ううん! れ、怜こそどうかしたの……!?」
「え、えっと、その……」
「う、ううんと……えっと……」
お互いにしどろもどろになってしまい言葉が上手く話せない。
いったん視線を外して深呼吸する。
そして再度向き直って
「そ、それじゃあさ、せーの、で同時に言わないか?」
「う、うん。ど、同時に言おっか。それじゃあせーのっ!」
桜彩の合図で二人同時に口を開く。
「「手を繋いでも良い……?」」
お互い欲求を口に出しあう。
奇しくも二人の口にした言葉は同じ言葉だった。
いや、奇しくもというのはおかしい、この場合はむしろ必然か。
「その、理由は無いんだけど、桜彩と手を繋ぎたいなって……」
「わ、私も……、理由は無いんだけど、怜と手を繋ぎたいなって……」
今、手が触れた瞬間から『手を繋ぎたい』という欲求が増大していく。
その欲求は治まる気配はなく――
「そ、それじゃあ……」
「う、うん……」
ゆっくりと怜が手を差し出すと、それを桜彩が握り締める。
「ふふっ。怜の手、温かい。それにやっぱり優しさが伝わってくる」
「それは桜彩も一緒だって。桜彩の手も温かいし、優しさが伝わってくる」
「そ、そっか……そうなんだ……」
「あ、ああ……」
お互いに繋がれた手に視線が向く。
何の理由もなく、繋ぎたいという欲求だけで繋がれた手。
「ふふっ。こうしてるとなんだか幸せだなぁ」
「ああ。俺も幸せだ。ずっとこうしていたい」
「うん。私も」
そして二人はお互いに繋いだ手の感触を感じながら、再び夜空へと視線を移した。
「でもさ、星座ってその形に見えない物ばっかりだよな」
春の星座を追いながら、ふと怜が気になったことを口にする。
「こぐま座とか絶対熊なんかに見えないだろ」
「うん。昔の人は何であれが小熊とかに見えたんだろうね」
怜の言葉に桜彩も同意する。
夜空に星座は数あれど、星座を知らない人がこれが何に見えるかと問われたらその星座の名前を当てるのは難しいだろう。
「そういえば、俺も昔に星座を作ったな」
ふと天文にはまっていた時のことを思い出す怜。
そんな怜の言葉に桜彩が興味深そうなそぶりを見せる。
「星座を作った? え、何を作ったの?」
「そうだな。例えばほら、あれとあれ、ああやって繋いで……」
怜が左手で夜空を指差しながら桜彩へと自作の星座の形を説明する。
もちろん怜の右手は桜彩の左手と繋がれたままだ。
「あれで『ギョー座』なんてな。まあ定番だよな」
当時の星座を再現してははっ、と笑う怜。
そんな怜につられるように桜彩も笑顔を浮かべる。
「クスッ。なあに、それ。ただの半円じゃない」
「まあ星座なんてそんなもんだって。ほら、雲を見て、あの雲ソフトクリームに似てる、なんて思ったことあるだろ?」
「それはあるけどさ。でもさすがに似てないんじゃないの?」
「む……。それじゃあ桜彩も作ってみるか?」
桜彩の言葉に笑いながら、今度は桜彩に作るように促す怜。
絵心に恵まれた桜彩ならば分かり易い星座を作ってくれるのかもしれない。
「それじゃあ私も作ってみるね。あれとあれとあれを繋いで……何だと思う?」
桜彩の右手が指し示す星を目で追って頭の中で形を描く。
しかしそれが何なのか皆目見当もつかない。
「いや、分からないな」
おどけた様に降参するようなポーズを示す怜。
そんな怜に桜彩はクスッと笑って答えを口にする。
「ふふっ肉巻き座だよ」
それこそギョー座以上に分からないだろう。
どうやら星座を作るセンスと絵心は比例しないらしい。
「いや、肉巻き座って。それはさすがに分からないって」
「えーっ、そうかなあ?」
「そうだって」
二人でくすくすと笑い合う。
そしてまた夜空へと視線を移し、片手を伸ばして
「それじゃあまた私が作るね。あれとあれで――なんだと思う?」
「いや、分からないな」
桜彩の示した星を繋げていくが、先ほどと同じように形からは全く想像が出来ない。
「あれはね、エビフライ座」
「いやいや、エビフライ座って」
怜としては単なる長方形にしか見えない。
それをエビフライだと当てるのは流石に難しいだろう。
「それじゃあ次は俺の番だな。あれとあれとあれを繋いで――さあなんだ?」
「え? 今度は最初と最後が繋がってないよね?」
「答えはギザギ座」
「えーっ、それはちょっとずるくない?」
笑いながら頬を膨らませる桜彩。
「まあいいじゃん。それじゃあ桜彩の番な」
「うん。あれとあれで――なーんだ?」
「いや、分からないな」
「あれはね、ピ座」
「いや、ピ座って……」
思わず苦笑が漏れてしまう。
桜彩の作ったそれはただの円形にすぎないのだからもはや何でもありだろう。
「肉巻きにエビフライにピザって。さっきから桜彩の作る星座は食べ物ばっかりだな」
「むー、良いじゃない、別に」
「別に悪いとは思ってないぞ。むしろ桜彩らしいなって思ってる」
「むーっ! 怜、私のこと、食いしん坊だと思ってるでしょ!」
怜の答えに頬を膨らませる桜彩。
空いている右手で怜の胸をポカポカと叩いてくる。
正直それは桜彩の深読みなのだが。
「いや、そこまで考えてなかったって! それは桜彩の考えすぎだから!」
「えーっ、ホントに?」
「ホントホント」
本当にそこまでは考えていなかった。
実際に今のは桜彩の自爆だろう。
それで怒られてはたまったものではない。
いや、怜が口に出さなければ良かったのかもしれないが。
「それじゃあ今度エビフライ作るからさ」
「むーっ。食べ物で釣ろうだなんて。なんだかやっぱり食いしん坊だって思われてる気がする」
「それじゃあエビフライは作らなくても良いのか?」
「……作って」
少し恥ずかしそうに口を尖らせながら桜彩がそう要求する。
やはり食欲には勝てないのだろう。
「エビフライだけじゃ味気ないし、この前みたいにミックスフライにでもするか。いや、ハンバーグのエビフライセットってのも有りだな。ファミレスでよくあるやつ」
「ハンバーグ! 今日のミニハンバーグも美味しかったし期待しちゃうね!」
「ああ。付け合わせはポテトフライかな。ああ、ハンバーグにチーズをのせても良いかも」
「目玉焼きも良いんじゃない?」
「オッケー。目玉焼きも追加だな」
「ふふっ。やった!」
そう言って二人で笑い合う。
なんだかんだ言って、二人共食べるのは大好きだ。
「それじゃあね、あれとあれとあれと――分かるかな?」
「んーっ、いや、分からないな」
「それじゃあヒントね。今度は食べ物じゃないよ」
悩む怜に桜彩がふふっ、と笑いかけながらヒントを出す。
「食べ物じゃないのか。それじゃあ……猫座?」
「うんっ。大正解!」
半分あてずっぽうだったのだが当たったようだ。
やはり桜彩といったら『食いしん坊』と『絵』、それに『猫』だろう。
「それじゃあ俺も作るかな」
「うん。私も次のを作るね」
そして二人で握り合っていない方の手で夜空の星をなぞっていく。




