21話 夜明け前の絆
サジハリは結晶を睨み付ける。
ヴァラキアが残した結晶から<血魔力>が溢れると、サジハリの手から離れ、閃光を放つ。
中心が結晶の核となり粘菌の胞子のようなモノが周囲に広がっていた。
「……アケミの迷宮核と繋がったのか? アケミ、先程、『鍵』や『座標』言ったが、大丈夫なのか?」
と聞いていた。
アケミは、
「はい、ウタジさんとミレイさんの<血魔力>に、ミレイさんを救った秘宝の影響で迷宮核が強まったので、大丈夫です。そして、ヴァラキアの異質な時空属性の能力の一部を取り込んで、迷宮核は強化された」
「俺の〝血妙魔・十二指血始祖剛臓〟と、ハルゼルマ家の<血魔力>、吸血神ルグナド様の血でもあるが、その影響か……」
「はい、ミレイさんが血骨重魂騎士だったことが強く影響されている」
「私の……」
ミレイは呟く。
サジハリは結晶と迷宮とアケミを交互に見ては、
「興味深い」
と発言。アケミは、
「魔核結晶と呼べるアイテムには、時空属性系の高度な魔法力、魔法、魔術、魔法陣、魔方陣などの技術が内包されている。強力な拘束力の術式、少し調べてみます……」
アケミは迷宮核と通じているだろう壁面の巨大な鏡を引き寄せる。
巨大な鏡に片手を当てた直後、鏡は水面のように揺らめき、前腕と手は鏡の中に吸い込まれた。
アケミは目を閉じて集中していく。
額から薄っすらと汗が滲み、迷宮全体がその呼吸に合わせて脈動し始めた。
サジハリは、
「しかし、ウタジ、その白焔が包む夜のような魔剣は強力だねぇ。聖剣か神剣にも思えるが、中心は闇、おっ、シックルに形状がまた戻ったか」
「あぁ、名は覇王のシックル、これは、生まれた時からあった。ハルゼルマ要塞が健在だった頃からの付き合いだ」
そこでミレイと頷き合う。
サジハリは、
「形状変化とは珍しい武器だ」
「あぁ、それも苦労の末の形状変化。最初の頃は失敗しまくっていた。訓練し続けた成果だ」
サジハリは細い顎に人差し指を当て、
「ウタジの<血魔力>と精神力を媒介にした形状変化か。覇王のシックルの元、製作者を知っているのかい?」
「……製作者は不明だ。これは、俺の父の遺品でな」
一瞬、言葉を切り、仲間たちの顔を見渡す。ミレイの案ずるような視線、サジハリの探るような鋭い眼光、そしてアケミの純粋な好奇心。永い間、己の根幹として誰にも明かさず、胸の内に秘めてきた事実。それを今、この新しい仲間たちに託す。それは一つの賭けであり、覚悟の表れだった。
「ソレグレン派という、異星から来た吸血鬼たちの技術力が大本だと思う」
「異星の吸血鬼?」
「そうだ。吸血神ルグナド様の因果律ではない吸血鬼。黒き環からの来訪者と言えば分かりやすいか」
サジハリは俺をジッと見てから頷いて、
「……あぁ、なるほど、黒き環は様々な者たちが出現するおおいなるゲート。魔軍夜行などの大本……そこから出現する理が異なる吸血鬼たちか、光属性や太陽が苦手などは共通点なのか?」
「そのようだが、時間と共に耐性が付くのと、驚くべくは、<血魔力>も同じ概念になる」
「ほぉ……」
高・古代竜のサジハリとて、黒き環を利用したことがないようだ。
「ソレグレン派の東郷という名の父と、ソーニャ、吸血神ルグナド様の<筆頭従者長>の母の<血魔力>と<錬金術・解>、<血鍛冶>、<血練成>など様々な研究成果の一つが、覇王のシックルには注がれ、改良が施されている。更に、母は、秘密裏に俺の体にも入っていた〝血妙魔・十二指血始祖剛臓〟の一部も、覇王のシックルと共に、研究し改良を重ねていた」
「……魔界と神界にソレグレン派の吸血鬼……そして神をも利用する<錬金術>系統の成果か……神話級に、進化する秘宝と言える代物かねぇ」
サジハリの呟きに頷いた。
鑑定は<血鑑定>が得意だった<従者長>ジョイもいたが、あまり鑑定は利用したことがないが、等級などはそうなるだろう。
父と母と俺、ハルゼルマ要塞の数千年の積み重ねは伊達ではない。
ミレイも改めて、俺の覇王のシックルを凝視している。
サジハリは、
「先程の剣撃スキルは異空間のスキルごと、ヴァラキアを斬っていたが、奥義か何かかい?」
「その通り、まさに進化した。戦っている間に俺と共に成長した」
「……ふむ」
すると、アケミが、
「サジハリ様、迷宮核と、その魔核結晶は繋がりを得たことは確定です。時空属性系統、その秘術の異空間、座標も得ました」
アケミの声は緊張を帯びている。
サジハリは睨みを強めて、
「やはり、では、ここも戦場になる可能性が高いな」
と呟く。
ミレイは、
「はい。その秘術の異空間に、ヴァラキアが連れていた吸血鬼たちがいるようですね」
頷いた。
アケミは、
「ヴァラキアが利用していた異空間、異空間は極めて高度な術式。魔霊魂ガミロンとやらの能力も利用しているようですが、その空間座標に閉じ込められている者たちがいることは、確定かと」
「先程戦った異形の眷族たち、紙を武器に変化させているような連中がほとんどだったが……血の図書館のような異空間だった」
サジハリとミレイは頷く。
表情にも確信が見て取れた。
サジハリが魔核結晶と融合した柱に近づき、その表面に刻まれた紋様を鋭い紅瞳で読み解いていく。
「……ヴァラキアの体に埋め込まれていた魔霊魂ガミロンの魔核結晶……その中身は古い……とても古い術式、それがアケミの迷宮核と融合、ならば、アケミとこのわたしの迷宮に手を出したのは、その大本だ。そこに行こうか……アケミ、座標を得たならこちらから奇襲も可能なんだろう?」
〝サーディア荒野の魔女〟の知識に、時空属性系の高度な魔法、魔術はあるか。
アケミは、
「はい、迷宮ごと転移が可能、更に、魔核結晶を得た迷宮核は外に持ち出せるようになりました。わたしは外に自由に出ることができる……」
「「おぉ」」
「アケミ様、やりましたね!」
「アケミ様が更に強くなられたということです!」
「剥き出しの脳髄を支えている腕のソジュとスライムたちが、祝福していく。
アケミは嬉しそうに、「はい!」と喜んでいた。
サジハリは、
「アケミ、喜ばしいが、攻めるぞ。ウタジたちも当然ついてくるだろう?」
「勿論だ」
「はい」
ミレイもすぐに同意。
アケミは、
「はい、魔核結晶にアクセスを試みますと、この迷宮が異空間と繋がるまでに少し時間がかかると思います。そして、大本の術者と遅かれ早かれ対決は不可避となるはず」
「大本ごと潰してやるさ」
そのサジハリと皆に、
「皆、ヴァラキアの上司は、大魔術師ケンダーヴァルだ。俺たちは、永年、そいつに追跡されている。そして、パイロン家と古代狼族などを利用してハルゼルマ要塞を襲った張本人でもある」
サジハリは、睨みを強め、
「共闘し、ケンダーヴァルを討伐しよう」
「あぁ、宜しく頼む、しかし、俺のせいでもあるが……」
「ハッ、過ぎたこと。お前も侵入者ではあったが、理由は正統。ミレイは吸血神ルグナドの<筆頭従者長>ハルゼルマの<筆頭従者>だったのだからな。しかも、数千の付き合いのある女を捜して、ここへの到達だ……私もしばし、心が震えたさ。そして、そのミレイをアケミの迷宮核が助け、血骨重魂騎士となったことで、わたしの迷宮は助かった面が多々ある……更には、アケミの迷宮核と〝血妙魔・十二指血始祖剛臓〟は繋がった、ウタジを追っていたように、ケンダーヴァルは、この迷宮に手を出し続けてくることは明らかなのだ。もうお前たちと共闘は絶対条件となる」
高・古代竜のサジハリが仲間になったのは大きい。
アケミは、
「はい、ケンダーヴァルが、この迷宮を標的にしてくることは確実です……ウタジさん、ミレイさん、私たちと戦ってほしいです。お願いいたします!」
アケミは頭を下げてきた。
ミレイと視線を交わした。言葉はなかったが互いの瞳の奥に同じ答えが灯っているのが分かった。ミレイが小さく、しかし力強く頷く。それだけで十分だった。
アケミに向き直り、二人で深く一礼する。
「……ああ、共に戦おう。俺たちの宿敵はケンダーヴァル。君たちの力は、我々にとって何よりも心強い。こちらこそ、よろしく頼む」
「はい、私も、共に戦うから! そして、血骨重魂騎士だった私の感覚も強く残っている……自分のことでもあるけど、アケミたちを助けたい氣持ちも強いの、不思議だけど、ふふ」
「ハハッ、不思議じゃないさ」
「ふふ、はい」
「ふふ、そうですね」
サジハリとアケミもミレイは笑顔をとなった。
ミレイの<血魔力>が自然と血骨重魂騎士だった頃の幻影を生み出していた。
俺が永く放浪している間に、ミレイにも、ミレイの繋がりができていたということ
サジハリは、
「高・古代竜に喧嘩を売ったことを後悔させてやろう……そして、ヴァラキアが自慢げに言ったスキル名は、<血魂血臓・禁断収蔵聖域>。それがケンダーヴァルの秘術の一端と見ていいだろうな」
「はい、そのスキルで、先程の吸血鬼たちが閉じ込められている」
サジハリとアケミの言葉に頷いた。
「生命体ごと特異空間に閉じ込め、あるいは使役が可能なスキルかねぇ、また、特定の魂を生きたまま標本として保存する魔法技術の欠片の可能性もあるさ、歪んだコレクションだねぇ」
サジハリの語りに、憎悪が再び燃え上がる。
ケンダーヴァルは、ただ殺すだけでは飽き足らず、魂さえも玩具にしている可能性もあるということ。
皆に、
「この迷宮ごと、俺たちを取り込もうとしていたのかもだ。また、ケンダーヴァルの目的には、俺の奪取もあるはず」
「ふむ、〝血妙魔・十二指血始祖剛臓〟が目的だな」
サジハリの言葉に皆が頷く。
そのサジハリは、
「アケミたち、乗り込む準備は? ウタジたちも今すぐ行けるかい?」
「いける」
覇王のシックルを掲げ、白焔が包む闇夜剣を意識、<血剣・白冥焔断>を発動。
覇王のシックルの刃が、直線状に伸びて、白焔が包む闇夜剣に変化。
ミレイも「うん、いつでもいける――」と〝血ノ旭影〟を掲げてから振るい、そして、俺の持つ白焔が包む闇夜剣に〝血ノ旭影〟の剣身を重ね当てた。
かすかな金属音が響き、ミレイと<血魔力>が共振した。
ミレイの鼓動に呼吸を感じた、ミレイも俺を見て、
「ウタジを感じるわ……<血魂共鳴>は凄い」
「あぁ」
しばし、見つめ合ったままミレイを感じた。
このミレイがいてくれるだけで、俺は……。
互いの剣を重ね、見つめ合う俺とミレイ。
数百年の時を超えて再び交わった魂が言葉なくして語り合っている。
二人だけの世界。その周りには、もう孤独の影はなかった。
「わぁ~、きれい……」
スラ吉が感嘆の声を漏らし、アケミも頬を染めてうっとりとその光景に見入っている。 サジハリは興味深そうに口の端を上げ、ソジュまでもが、その異形の姿で静かに、俺たちの共鳴を見守ってくれた。
張り詰めた決戦前の空気の中に、一瞬、温かな時間が流れた。
「ふふ」
サジハリは両腕を左右に広げて、何かを言おうとしている。
アケミは嬉しそう微笑んでいる。
サジハリは、「なんなら、もう少し時間をおくかい?」と言ってきた。
ミレイは「あっ」と言って、頬を朱に染めつつ〝血ノ旭影〟を離し、
「いえ、今すぐのほうがいい、奇襲になる」
頷いた。
「そうだな」
「私も賛成だ。アケミ、迷宮核を狙ってくる大敵がケンダーヴァル、急ぎ、反撃を試みようか」
アケミは、「はい」と言うと、ソジュとスライム状の人型騎士と戦士に、小さいスラ吉という名のスライムと、他のスライムたちと、新しい血肉石塊ゴーレムたちを見てから、俺たちを見て、
「……座標に迷宮核を繋げたら、先程の異空間と繋がり、そこにいる者たちと戦闘が起きるはず。もしかしたら、中で囚われている方々を救えるかもですよ」
「「おぉ」」
「ほぉ……」
アケミは俺たちを見据え、力強い視線のまま、
「迷宮核と魔核結晶による干渉で、魂縛ノ血書庫と推測される異空間に風孔を開け、近くの地上か地下に迷宮の出入り口が生成される。そこに移動させることもできるはず。しかし、術者のケンダーヴァルも当然私たちのことに氣付くでしょうから、助けるなら急いだほうが良いでしょう」
「了解した。助けられるなら助けよう」
「うん、吸血鬼たちは同胞だからね」
「あぁ」
ミレイとならば不思議と負ける氣が起きない。更にサジハリに強化しているアケミたちがいるなら、ケンダーヴァルに一泡吹かせることも可能なはずだ。
アケミは、
「では、準備は良いですね」
「「はい」」
剥き出しの脳髄と、それを支える腕だけの異様な姿をしたソジュとスライムの女性騎士も賛成した。
「ガォォ~」
小形のドラゴン、バルミントも鳴いて、サジハリの頭部に乗った。
サジハリの頭部に角が伸びると、バルミントは体からハーネスを伸ばし、サジハリの角に結び付けて固定していた。
スライムの戦士も、
「アケミ様の名の下、そのケンダーヴァルとやらを倒してみせます」
と発言。
アケミは、
「はい、では、魔核結晶と迷宮核の<迷宮転移>の新しいスキルを試します――」
アケミは魔核結晶に触れると、その魔核結晶から灰色の閃光を放った。
迷宮核の力を最大限に引き出したように迷宮が振動し、周囲と足下の色合いが変化した。
異空間への侵入ルートを探っているのか。
サジハリは掌に魔力を帯びた石板のような魔道具を出して、その上に幻想的な円環の魔法陣図形を出現させて、己の言葉で、その模様が変化していた。
古の知識を総動員し、ケンダーヴァルの秘術の弱点を見つけ出そうとしている?
バルミントは体から光を帯びた光と闇の<血魔力>を放出させた。
サイデイルの黒髪の女に、槍使いと黒猫も使っていた光と闇の<血魔力>、このバルミントも自由に<血魔力>を扱えるということか……。
ミレイは、
「ウタジ、<血魂共鳴>の準備に訓練を、手を出して」
「あぁ――」
ミレイの片手を握る。覇王のシックルと〝血ノ旭影〟の剣身も重ねた。
ミレイの<血魔力>を自然と吸収し、俺も<血魔力>を送る。<血魂共鳴>は更なる深化を遂げるための訓練に入った。
「……ぁ……うん……ウタジの<血魂共鳴>もっと深く、もっと強く」
ミレイの血ノ旭影と、俺の覇王のシックルが振動。
火花が散り、<血魔力>が螺旋を描いて昇華していく。
<血魂共鳴>は、単なる連携を超えた何かへと進化しつつあった。
互いの血が、魂が、存在そのものが溶け合うような感覚。
それは恐ろしくもあり、同時に、これまでにない安らぎをもたらした。
「凄い、ウタジを強く感じる……」
ミレイの声が、直接魂に響いてくる。
「あぁ、ミレイ……これは……」
言葉にできない何かが、俺たちの間で育っていた。
それは愛とも絆とも違う、もっと根源的な繋がりだった。
すると、アケミが、
「すいません、そろそろです。こちら側の壁がすべて消えるはず、そこから先は、ヴァラキアが使用していた<血魂血臓・禁断収蔵聖域・魂縛ノ血書庫>の異空間に変化をするはず、同時に、私の迷宮核がその<血魂血臓・禁断収蔵聖域・魂縛ノ血書庫>の浸食を開始し、その異空間から外の地上か地下に新しい迷宮を数個自然と繋がるので、逃げる場合はその出入り口にある、私の〝迷宮紋章陣〟を触り、外に飛び出てください。それに触れば、どこにいても、追いかけることできます」
「了解したさ」
「「「はい」」」
頷き、
「分かった」
「出ます、数秒後、繋がります」
アケミが警告する。
その時、眩い光を放った。空間が歪み、現実が軋む音が響く。
「来るぞ!」
俺たちは壁の前に陣を組んだ。
サジハリの詠唱が始まり、バルミントも吼える。
アケミの迷宮核の力が加わり、ミレイと俺の<血魂共鳴>が全体を包み込む。
空間に亀裂が走る。そこから吹き出すのは、古紙とインク、そして乾いた血の匂いが混じり合った、おぞましい吐息。亀裂の向こうには、血のように赤い空の下、無数の書物が乱雑に積み上げられた、巨大な図書館の如き異空間が広がっていた。
魂が啜り泣くような低い音が、空間の歪みから漏れ聞こえてくる。
「先程の異空間と似た世界だね。だが、格が違う。行くよ!」
「ガォォッ!」
「おう!」
サジハリたちを追って、血の図書館、魂の監獄――ケンダーヴァルの歪んだ精神世界そのものである聖域へと、迷わず身を投じた。




