20話 進むを打ち、退を打つ
「迷宮核が敵の反応をキャッチしました」
アケミの声が響いた瞬間、全身に悪寒が走った。迷宮核から伝わってくる振動が、獲物を狙う捕食者の息遣いのように感じられる。
サジハリが体から魔力を発して立ち上がった。
鋭い紅蓮の瞳が空間を見据える。
サジハリの放つ魔力の質は高い。彼女の体と隣接している空間が歪むほど、大氣そのものが彼女の殺意に呼応するように空間が揺らぐ。
<血魂共鳴>を自然に感じた。
「ウタジ、血魂共鳴が自然と」
ミレイとの間に見えない糸が張り巡らされ、互いの鼓動が同期した理解。血流そのものが対話を始めたような感覚。
「あぁ俺もだ」
「うん、そして、敵は闇神リヴォグラフの勢力?」
「それか俺たちの敵か……」
ミレイは唾を飲む。
この迷宮は血妙魔の影響で強化されたばかりだ。
その防御能力を試される時が来たのか。
迷宮の出入り口付近で爆発音が連鎖し、足元から突き上げるような地響きが司令室を揺るがす。空氣が張り詰め、肌をピリピリと刺す魔力の圧が満ちていく。空間そのものが悲鳴を上げるように歪み、黒い亀裂が走った。
その亀裂から、音もなく異質な存在が滲み出てくる。
膨大な魔力を纏った人族風の男。だが、その本質は全くの別物だ。魂の芯を直接掴み、握り潰さんとするような、吐き氣を催す邪悪な魔力が渦巻いていた。
「……出入り口にいたゴーレムだが、他では見ない類の魔造生物、迷宮なら守護者級と呼べるが……見つけたぞ……」
と喋っては両腕と両足から魔力を放出させてきた。
魔術師風の男は、彫像のような端正な顔立ちを持ちながら、その美貌は腐敗した花のような違和感を放っていた。瞳の奥で何かが蠢き、見る者の魂を舐め回すような、原初的な嫌悪を呼び起こす。
「お前はだれだ、人族のようだが……」
「……」
答えず、俺を見てくる。
絶えず色を変える瞳の内には、悪意と狂氣があるように思えた。
そして、傍らにいるのは、体から放出している<血魔力>からして吸血鬼だ。
なぜ、人族の男、魔術師と一緒なんだ。
その吸血鬼が、
「……ヴァラキア様、この男と女がハルゼルマの生き残りのはず、直に面識はありませんが間違いありません」
と発言、俺たちを知る?
ヴァラキアと呼ばれた男が、
「あぁ? 当たり前だろう……お前たちは無能すぎる、ゴミか?」
嘲弄すると、もう一人の女性が、
「口が過ぎるぞ……」
「あぁ?」
魔術師の男の体の半身がいきなりブレ、その半身から無数の血肉と骨の刃が伸び、女性吸血鬼の下へと向かう。その体を次々に突き刺していった。
女性吸血鬼は「くっ……」と抵抗はしなかった。
魔術師風の男は睨み付けつつ、半身から伸びた骨と血肉を体に仕舞う。
権威と残忍さを誇示するように見えた。
ヴァラキアと呼ばれた男は、高祖級吸血鬼たちをゴミのように扱っているが、この男はいったいなんだ?
すると、
「さて、お前がウタジ・ラヴァレ・ハルゼルマ。ハルゼルマ家の<筆頭従者>だな?」
「そうだ。お前は? ヴァラキアと呼ばれているようだが、何者だ」
「氣にせず、いずれ分かる――」
ヴァラキアと呼ばれた男の両腕から閃光が走った。
魔刃が飛来――。
突如、その男との戦闘が始まった。
奴は組み込まれた秘宝由来の異能で迷宮の防御をねじ曲げ、歪んだ血魔術で再生を阻害する。
魔霊魂の傀儡は精神攻撃でアケミや迷宮眷属を混乱させる。
サジハリが、「随分といきなりだねぇ――」と言いながら、高・古代竜の威圧的な力を示すように衝撃波を発生させ、魔刃を吹き飛ばし、ヴァラキアに接近。
ヴァラキアは、「お前が、高・古代竜――」
と片腕を一瞬で溶かしたように奇怪な血肉と骨の壁を生成し、迷宮の天井と床に繋げると、サジハリの魔剣を、その壁で防ぐ。
更に、その壁から、奇怪な怪物たちを生み出していった。
「――魔霊魂ガミロンたち、この迷宮ごと、すべてを喰らい、回収だ」
「「「ウゴァァ」」」
ヴァラキアは胸元を煌めかせ、魔力を集中させると、吸血鬼たちを一点の異空間に吸収させるように消す。
「ほぉ……そこに何かがありそうだねぇ」
と、サジハリは上半身を赤いドラゴンの形態に移行させる。
人型を基軸とした、異形のドラゴンの女戦士と成るや否や、背から赤い鱗が上下に連なった刃状の物を突出し、両腕には赤鱗から変化させたであろう赤黒い長剣を握る。
柄と柄巻の部分は歪で、柄巻の頭は細まりつつも∞の文字を作るような孔があった。
お洒落な、赤黒い魔剣を迅速に振るい回し、ヴァラキアが誕生させたばかりの魑魅魍魎たちをばっさばっさと斬り倒し、薙ぎ払っては、ヴァラキアを吹き飛ばす。
サジハリは、
「――ファヅッロアガァァァァァァ」
爆発的な魔力を発して、無数の赤い鱗をヴァラキアに飛ばしていく。
胸元に赤い鱗が集中していく、ヴァラキアは「チッ」と舌打ちしつつ両腕を分厚い骨の花に変化させ、赤い鱗の遠距離攻撃を弾くが、すべては防げず、「グァァァァ」と叫び声を発し、頭部と下半身を残し、上半身は散り散りに消える。
が、すぐに上半身を復活させたヴァラキアは壁に両足を付け、サジハリを睨みつけながら、左右の異空間に干渉、そこから複眼を擁した怪物を生み出していく。
サジハリは肩に魔剣を担いだ状態で、己に近づく血肉と骨の怪物に向け、その魔剣を振るい落とし、倒していく。
バルミントも光闇の血魔力でヴァラキアへの牽制攻撃を繰り出す。
ミレイと共に<血魂共鳴>の絆を力に変え、ヴァラキア本体に斬り込んだ。
ヴァラキアは「フハハ、威勢がいいほど――」と笑いながら血肉と骨の盾で、魔刀鬼丸の突きとミレイの〝血ノ旭影〟の袈裟掛けを防ぐ。
ハルゼルマ流『隼の型』の下段でヴァラキアの足を狙う。
<血剣・斜鳴突>の突き出した。
ミレイも俺に合わせヴァラキアの頭部を〝血ノ旭影〟を振るう<血剣・悔返し>を繰り出した。
連携血剣術は流麗にして苛烈――。
かつてハルゼルマ要塞で幾度となく死線を潜り抜けた頃の冴えを取り戻している。
が、ヴァラキアは両手の前方空間に干渉を生み出しているように、血肉と骨の盾を生み出し続けて、二人の攻撃を往なしていく。
チッ、防御が硬い――。
魔刀鬼丸と覇王のシックルの斬り上げ、斬り下げに<血剣・叢雨>の血剣術を繰り出したが、ヴァラキアは、片腕を異形な骨剣と盾に変化させ、それを爆発させ防いできやがった。更に、ヴァラキアの前腕から骨の礫が飛来――。
覇王のシックルの形状を盾に変えミレイを守る。
「ありがとう、ウタジ、この敵は……」
「あぁ、だが、今の俺たちは昔とは違う」
「うん、信じてる――」
「俺も――」
覇王のシックルの形状を元に戻し、ミレイと共に前に出た。
骨の礫を掻い潜り、ヴァラキアとの間合いを詰めた――。
俺の覇王のシックルの突きとミレイの〝血ノ旭影〟の突きは、ヴァラキアの骨剣と骨盾に防がれる。その防御を揺るがそうと――。
<影刻加速>を用いた。
加速力と速度を上昇させる。
左腕の手に持つ魔刀鬼丸の切っ先を左斜めに伸ばし、右手に持つ覇王のシックルを正面に向け重心を下げる。
足下から<血魔力>が風のように吹き荒れた。
そのまま<血剣術>系統、ハルゼルマ流『化現縢り』の構えで走る。
「多少、速度をあげたところで無駄――」
ヴァラキアの骨剣を覇王のシックルの刃で上に弾く。
左手の魔刀鬼丸がヴァラキアの下腹部を狙うが、骨剣に阻まれる。間髪入れず、鬼刀鬼丸と覇王のシックルを双輪の如く振るう<血剣・双回し>を叩き込む。骨剣ごとヴァラキアの両腕を両断した。
「チッ――」
ヴァラキアは後退、両腕を瞬時に再生させる。
「お前を倒す――」
「うん――」
ミレイと共に<血道第三・開門><血液加速>を発動し、加速し前進――。
袈裟懸けに近い<血剣・叢雨>斬りスキルと、切っ先の突きと、剣身と柄をも打撃に利用する剣術連撃<血剣・斜鳴突>を繰り出し、覇王のシックルでヴァラキアを押し込んだ。
ヴァラキアは骨と血肉の盾を生成するが、斬撃を続け、ヴァラキアの腕を再度、斬ることに成功――。
「ハッ」
ヴァラキアは織り込み済みと言わんばかりに、斬られた傷口から、別種の蛇や魔獣の頭部を持つ触手を無数に生み出す。
その無数の触手は柔らかそうで歯牙を有して硬い――。
硬質な音が数十と響いた。
右手の覇王のシックルと左手の魔刀鬼丸の斬撃を防いできた。
ミレイも俺の動きに合わせ、<血剣・魔花穿>と<血剣・対牙突>と<血剣・愛華ノ舞>を連続的に繰り出すが、ヴァラキアは、俺とミレイの呼吸を読んでいるように、骨と血肉の形を巧妙に変え、左右に動き、往なす。と、前に出るフェイクを行ってから、後退し、再度、跳躍し天井に移動――。
俺たちも追撃、逆さま視点のまま天井を駆けた。
骨剣を弾き、幾度となく骨と血肉の盾を潰す。
ミレイと俺の<血剣術>の連携が精度を増した。
互いの位置、匂い、感覚、ミレイの心――。
不思議な一体感のままヴァラキアを押し込み続け、「くぅ、何ダ、お前たち――げぇ」と、ヴァラキアの片足の切断に成功する。しかし、ヴァラキアの再生力は高い、しかも、俺たちの斬撃を受ける致命傷を受けるたび、強度を増した状態で、復活させてくる――。
すると、ヴァラキアは俺たちに向け<血魔力>を放つ。
衝撃波であり、無数の骨の粒による遠距離攻撃――。
咄嗟に覇王のシックルを前に出し、形状を盾にして、ミレイを守る。
両足と腕が骨の礫に貫かれたが、傷は回復する。
刹那、ヴァラキアから膨大な<血魔力>を察知した。
吸血鬼系統ではないはずだが――。
ヴァラキアの前の床が蠢く、足下から<血魔力>の触手のような物が展開された。
迷宮の一部の色が変化し、血の触手に迷宮は侵食されたように別空間に変化し、その血の触手が積み重なって怪物の口のような物を形成、それが「グァァァァ」と奇怪な音を発し口を拡げながら――こちらへ突き出させてきた。
迷宮の床がその口の中に吸い込まれるように消えていく。
俺たちごと飲み込むつもりか。
「ミレイ、この奇怪な召喚は俺に!」
「うん!」
白焔が包む闇夜剣を意識すると覇王のシックルの湾曲した刃が直剣に変化。
その白焔が包む闇夜剣に<血魔力>を送りながら突き出す。
前に出て<血剣・白雷遷架>を発動させると、切っ先から白光の雷と赤光の雷が迸り、巨大な怪物の口ごと迷宮の一部を貫く――。
「なに!?」
更に白焔が包む闇夜剣を、左から右への返す一閃――。
覇王のシックルこと、白焔が包む闇夜剣から白焔の<血魔力>が夜氣を貫き、十字の奔流となって上下左右に迸った。
白き十字の奔流は、巨大な怪物が海抱いていた異空間を両断。
迷宮ごと俺たちを飲み込もうとしていた異空間は消えた。
「なっ……<血魂血臓・捕食孔>を……斬り捨てるとは……だが――」
動揺したヴァラキアだったが、体から無数の<血魔力>を有した触手を伸ばし、ミレイと俺の動きの阻害を狙ってきた――それら触手の遠距離攻撃の一つ一つを凝視するように<血剣・双回し>で斬り回り、ミレイと背を合わせ、俺たちに血の触手と骨の刃が集中したところで、互いに前に駆け、宙空に足場があるようにターンからヴァラキアに近づき、ハルゼルマ流『隼の型』のまま<血剣・一穿>を繰り出す。
ミレイは、反対側から〝血ノ旭影〟を振るい抜く。
ヴァラキアは左腕のすべてを骨の盾に変化させ、俺たちの斬撃を弾くが、体勢が崩れた。
俺とミレイは位置を交互に変化させながら、得物を振るい突いて、血の触手と骨の刃ごとヴァラキアの両腕を斬り、腹と足に斬撃を与えることに成功――。
ヴァラキアは、
「小賢しい連携だ――」
と、発言し、両腕に新たな、骨剣と骨盾を生成すると、前傾姿勢で間合いを詰めてきた。俺とミレイは、<血剣術>系統の両腕を突き出す動作の剣技<血剣・対牙突>――。
更に、<血剣・十字疾風>の一閃を繰り出し、続けざまに、<血剣・枇杷薙ぎ>を繰り出したが、ヴァラキアは、骨剣と骨盾を上下に振り分けながら、弾き、右と左に転移するような加速から前腕や右足からも骨の刃を生み出し伸ばす。
その骨の刃でも攻撃をしてくる。俺とミレイは得物を盾にするように弾いたが、後退。
ヴァラキアは笑みを崩さぬまま前進する。その両腕は骨の剣と盾に、しかし次の瞬間には全身から無数の骨刃が、血の触手が、予測不能の軌道で襲い掛かってきた。
近・中・遠、全方位からの苛烈な猛攻。常人ならば一瞬でミンチにされているだろう。
だが、ミレイと呼吸を合わせる。視線すら交わさず、互いの存在を魂で感じ取る。ミレイが〝血ノ旭影〟で右から来る骨刃を弾けば、その死角を補うように覇王のシックルで左からの触手を叩き斬る。空いた瞬間に魔刀鬼丸で薙ぎ払うが、ヴァラキアはそれを待っていたかのように骨盾で防ぎ、ふっと後退して見せた。
「ハッ、この程度で、偉大な主が氣にするとはな……」
と、嘲笑するように愉悦に歪んだ笑みを浮かべ、
「しかし、お前たちのその血の絆、血の繋がり、血剣の秘技は氣に入った」
俺とミレイとの<血魂共鳴>に興味を示した。
奴は足下から奇怪な骨と血肉が連なった鋼状の刃を生み出し、それを左右に振るって、ミレイの<血魔力>ごと寸断を狙う――。
血の絆、血の繋がりを攻撃対象と見定めたようだ。
構わず俺とミレイは、互いの<血魔力>が全身に絡み合いながら得物を活かすように<血剣・対牙突>と<血剣・斜鳴突>の連続剣舞のコンビネーションを繰り出す。
ヴァラキアの攻撃を往なし、<血格闘>系統の<血蹴刀>を合わせた連携技を繰り出し、左と右からヴァラキアを押し込む。
<血蹴刀>を左の骨盾で防いだヴァラキアは――。
ミレイを狙うように骨剣を小刻みに動かしながら〝血ノ旭影〟の魔剣を弾く。
左腕の骨剣と、その骨腕から細かな蛇のような骨牙が、〝血ノ旭影〟の腕を持つ手と、ミレイの半身に襲い掛かった。そのヴァラキアへと右から接近し、<血文王電>を発動――。体から雷属性の<血魔力>を放ち、血と雷の魔力文字が刃と化す攻撃で左にいるミレイを守る――。
ヴァラキアの体が<血文王電>に触れた。
ドッと重低音が響くと、その体と骨の腕と骨剣が溶け、ミレイに向かっていた無数の骨牙も連鎖したように溶けていく、ヴァラキアは、
「――チッ、血雷だと! ぐぇ」
と叫び、吹き飛ぶ。
だが、溶けた体の部位が異質な複眼を擁した怪物触手に変化すると、それを吹き飛んだ体に衝突させ、慣性を得たように壁へと両足を付けた。
「ならば迷宮を利用し、その血雷を無効にしてみせよう――」
と発言し、浮遊し、「フハハッ――」と嗤いながら、異質な<血魔術>を両腕から放つ。
――またも<血魔力>の血が、無数の触手となって宙空に浸透。
刹那、骨髄を直接振動させるような音波。内臓が裏返るような不快感と共に衝撃波――。
「くっ」
「チッ」
ミレイを守るように覇王のシックルを盾にして衝撃波と音波のような遠距離攻撃は防ぎ続けてきた。
ヴァラキアの異質な<血魔術>のせいで、俺たちの血の循環が乱され、連携が崩れかかると激しい痛みが全身を駆け巡った。
その時、ミレイとの血が共鳴した――まるで二つの川が合流し、激流となって敵意に立ち向かうように。血管を流れる生命の奔流が、互いの魂の境界を溶かし、新たな存在へと昇華していく。
<血魂共鳴>が、単なる連携の基盤からヴァラキアの異質な干渉に抗う力へと深化する――。
血管を駆け巡る熱い奔流を感じた。ミレイの心臓の鼓動が、俺の胸で響いているような錯覚――否、これは錯覚ではない。
二人の魂が、文字通り一つになった証しだ。
ピコーン※<血魂共鳴>が<血魂二刀・共鳴波断>へと進化※
脳内で何かが閃光のように弾けた。
ミレイとの<血魂共鳴>が、ただの連携ではない、魂そのものを編み上げた新たな絶技へと昇華された。
互いの血に刻まれた記憶、想いのすべてが共鳴し、ヴァラキアの邪悪な干渉を打ち砕く刃となる。
<血魂二刀・共鳴波断>。その名を、魂が理解。
互いの血に含まれる情報と記憶と魂の繋がりが、一つの防壁を築き上げたと理解できた。
「これが……俺たちの、血魂共鳴の、新たな力……!」
深化する血魂共鳴が、剣へと流れ込む。
覇王のシックルと血ノ旭影が、互いの血魔力を帯びて共鳴し、新たな力を紡ぎ出す感覚――。
「ミレイ、合わせろ!」
「うん! ――ウタジ、離れない」
ミレイの瞳に宿る決意の炎が、俺の迷いを吹き飛ばした。
彼女も同じ氣持ちだ――二度と離れたくない、という想いを込めて。
覇王のシックルとミレイの〝血ノ旭影〟が共鳴――。
光を放つ。血の奔流が剣の軌跡に沿って現れ、螺旋を描きながらヴァラキアへと収束していく、血と魂の共鳴が物理的な形を成し、ヴァラキアの異形な防御と干渉する共鳴波動となった。
<血魂二刀・共鳴波断>の共鳴波動の刃が――。
ヴァラキアに「ぐぇ」と直撃し、ヴァラキアの体を真っ二つ。
が、ヴァラキアはその体を再生させ、異形な肉体に変化させた。
筋肉など骨格が変化している、先程のような巧妙なバランスはないはずだ。
「ミレイ、やるぞ――」
「うん」
<血道第三・開門>、<血液加速>を発動、加速しながら<血剣・滑刹道>を繰り出す。
覇王のシックルの形状を元戻し<投擲>――。
同時に、ヴァラキアとの間合いを詰め、魔刀鬼丸を突き出す。
<血剣・叢雨>を繰り出した。
ミレイも<血剣・魔花穿>を繰り出す。
ヴァラキアの防御がわずかに崩れ、動きが一瞬鈍った。
初めて放たれた連携技の手応えを感じる。
しかし、ヴァラキアはすぐに体勢を立て直した。
「ほう……この程度の力で、我が秘術に抗えると思うたか!」
ヴァラキアの目は冷酷だ。
「……我が主、ケンダーヴァル様が創り出し、我が体にも刻まれし秘術の片鱗……<血魂血臓・封鎖宮>を超える……<血魂血臓・禁断収蔵聖域・魂縛ノ血書庫>これで、お前たちを閉じ込めてやろう!」
我が主ケンダーヴァル……。
やはり奴の手の者だったか。
ヴァラキアが両手を天に掲げると、迷宮の空間が粘土のように歪む。
玻璃の砕ける音と共に視界が反転し、巨大な渦が俺たちを飲み込んだ。血色の靄が立ち込め、古紙とインクの匂いが鼻をつく。無数の古書のページが魂を求める蝶のように舞い散っていた。
靄が晴れると、そこは禍々しい装飾が施された円形の図書館、あるいは歪な博物館のような異空間だった。
天井はなく、代わりに赤黒い星々のような奇怪なモノが不氣味に輝き、その中心には巨大な単眼が冷ややかに見下ろしている。
「ミレイ――」
先程の空間浸食の規模を超えている。
「――ウタジとミレイ、それは氣をつけろ――」
サジハリの警戒する声が後方から響く。
<血魂血臓・禁断収蔵聖域・魂縛ノ血書庫>とは、特定の強力な秘術に連なる系統の異空間生成か。
迷宮の構造と混じり合うような不完全さが目立つが……。
その力は強大――。
血の渦と目に見えない無数の魔線で、俺たちを拘束へと引きずり込もうとするが、それらを覇王のシックルと魔刀鬼丸で斬り刻む。
ミレイも〝血ノ旭影〟を振るい、血の触手と魔線を両断した。
すると、血のインクでできたようなローブを纏い、顔の部分が渦巻く文字のようになっている異形の眷属たちが、血の書物を操り――血濡れた紙片を寄越してきた。
血濡れた紙片を<血文王電>の血雷の刃で、迎撃――。
魔刀鬼丸と白焔が包む闇夜剣で、<血剣・双回し>を活かしながら前進し、血濡れた紙片を斬り刻む。
異形の眷族に肉薄し、再度<血剣・双回し>を繰り出したが
対象の動きを予測している――。
――お前はまた、守れない――
脳内に直接響く嘲るような声――。
目の前に、守れなかった者たちの幻影が次々と浮かび上がる。足が竦み、剣を握る手に力が籠らない。魂に直接楔を打ち込むような、陰湿な精神攻撃だ。
「――黙れッ!」
歯を食いしばり、幻影ごと邪念を振り払うように<血文王電>を迸らせる。血と雷の刃が、己の内側と外側の敵を同時に焼き払った。
途端に、異形の眷族は、手に持った血染めの羽ペンで空中に呪文を描き、紙片で構成された鎖を生成し、寄越してきた。
ミレイは<血剣・愛華ノ舞>を繰り出し、紙片を斬る。
俺は、覇王のシックルこと白焔が包む闇夜剣で、<血剣・白雷遷架>を繰り出した。紙片の鎖を斬るように弾いた――。
異形の眷族は「これ以上<魔文の鎖>を斬らせん――」と発言し、右腕を硬質な紙片の刃に変化させ、それを突き出す。
その紙片の刃目掛け<血剣・対牙突>を繰り出した。
白焔が包む闇夜剣の切っ先で、紙片の刃を横に弾き、剣身で下に再度叩き付けながら前進し、異形の眷族の頭部に切っ先が突き刺さった。貫いた周囲は蒼い炎に燃焼しつつ無数のネモフィラの蝶々の幻影を発し、蒸発するように消えた。
異形の眷族は蒸発するように消えたが聖域の空氣が揺らぎ、壁の一部に亀裂が走る。
しかし、ヴァラキアが「まだまだぁ」と叫ぶと、亀裂は即座に修復され、空間の歪みは濃密さを増す。
無数の血で綴られた古書が意志を持ったように宙を飛び交い、高速で対象に物理的な打撃を与えてきた。
刹那、書物はひとりでにページを開き、そこからメイラス、母、コトハなどの歪んだ姿が現れて、ぐぁぁぁ――。
「――フハハ、血の監獄へ堕ちるがいい! 主ではなく、我のコレクションにしてやろう!」
ヴァラキアの嘲笑が響き渡る。
血の魔線が肉に食い込み、歪んだ空間が魂ごと引きずり込もうと蠢く。
もがくように魔刀鬼丸と覇王のシックルを振るうが、斬り払った先から新たな眷属が湧き出てくる。まるで悪夢だ――。
冷たい絶望が背骨を伝い、心臓を凍らせていく。
このまま終わるのか――ミレイを再び失うのか。否だ、愛するミレイは守る――。
脳裏をよぎる最悪の光景に、全身の血が逆流するような感覚に陥る。嫌だ。それだけは、絶対に。この温もりを、今度こそ守り抜くと誓ったはずだ。
しかし、無情にも傷は増え、終わりなき猛攻に呼吸すらままならない。
アケミの迷宮も、サジハリの力も、この異質な拘束スキルには完全に抗いきれない。
「ウタジ……」
ミレイと共に自らの存在が血の渦に飲み込まれていくのを感じた。
失ったもの、守るべきもの、ケンダーヴァルへの憎悪、ミレイへの愛――すべての思いが交錯する。
母上の姿、コトハの最期の笑顔、サルジンとスゥンの無事な姿――。
ヴァラキアの嘲笑が、水底から聞くように遠のいていく。膝が折れ、もはや友とも呼べる覇王のシックルが、乾いた音を立てて手から滑り落ちた。ミレイの倒れた姿が霞み、輪郭を失っていく。血の匂いも、硝煙の香りも、何も感じない。終わりだ。この永い生の終着点が、またしても「喪失」だとは……。
意識が冷たい闇に完全に沈みきって、すべてが無に帰そうとした、その時。
ああ、これで、やっと――。
終わるのだと、どこかで安堵している自分すらいた。
――ベンッ
その完全な静寂と虚無を、弦を弾く一つの音が裂いた。
〝血魂の琵琶〟が、持ち主の絶望を拒絶するかのように、自ら鳴り響いたのだ。その音を合図にするかのように、目の前の空間が陽炎のように揺らめき始めた。
「若様、まだ終わりではありませぬぞ」
聞き間違えるはずのない、老練なメイラスの声――。
闇のトンネルから、彼がゆっくりと姿を現す。
その隣には、血の気の多いサルジン、無口だが頼れるスゥン、そして共に戦い死んでいった決死隊の仲間たちが、生前の姿のまま、静かにこちらを見つめていた。血を分けた同胞たちの魂が、時を超えて今、ここに。
「隊長! あの夜、〝血月の戦い〟で百体斬りを成した伝説を!」
「ウタジ隊長、俺の背中は今も預けてる――死んでもな」
「若様、我らが託した〝ハルゼルマの牙〟を、ここで折らせはしません」
「若様、あなたの剣は、我らの誇りです。忘れないでください」
「ウタジ様、あなたの血は、我々の血でもある。その血を、ここで絶やすことは許しません」
「「隊長!」」
〝血魂の琵琶〟の四相の弦が、まるで死者たちの指が爪弾くかのように震えた。『血』の弦は激しく、『影』の弦は静かに、『月』の弦は哀しく、『魂』の弦は力強く――。
一人ひとりの声が、言葉が、凍てついた魂に火を灯していく。そうだ、俺の血には、俺が覚えていないほどの仲間たちの想いが、確かに刻まれている。
「俺たちの血を、想いを、無駄にしないでください!」
「立て、ウタジ隊長!」
「我らの合言葉を!!」
メイラスが、力強く叫んだ。
――進むを打ち、退を打つ。
それは、ただの合言葉ではなかった。死線を共にした者たちだけが分かち合える、魂の誓いだ。
全員の想いが、声なき声となって魂に流れ込んでくる。
そうだ、俺は一人じゃなかった。この血には、この魂には、彼らの想いが、確かに生きている。
守る――。
憎しみでも、復讐心でもない。ただ純粋な想いが、魂の核で生まれた。
仲間たちが守ろうとしたハルゼルマを。彼らが愛したこの世界を。そして、今まさに目の前で奪われようとしている、ミレイという俺のすべてを。
〝血魂の琵琶〟が、その決意に応えるように高らかに鳴り響く。
千年の時を超えて響く魂の慟哭が、心を衝いた。
――もう失うものか。この喪失の恐怖こそが、俺の魂の奥底で燻っていた最後の封印を破壊する鍵だった。
内から膨大な力が奔流となって溢れ出すのを感じるまま覇王のシックルを振るう――四方八方から飛来してくる血の魔線を斬りに、斬るが、異形の眷族の薄い鋼の刃は斬れない。何度も硬質な音が響いた。先程よりも硬くなったが、弾くことはできる――。
異形の眷族は体の一部を無数の紙片に変化させると、それが刃と鎖へと化し、その刃と鎖を寄越してきた。
それを魔刀鬼丸で叩くように弾く。見た目は紙の鎖と刃だが感触は異なるが、覇王のシックルに<血魔力>を送ると、刃と鎖を溶かすように斬ることに成功――。
更に加速感を得て、異形の眷族と距離を詰めた――。
全身に<魔文の鎖>を喰らうが構わず、もう一度、覇王のシックルを振るう<血剣・枇杷薙ぎ>の袈裟斬りで、異形の眷族ごと異質な世界の一部を斜めに斬った――。
「これまでの白焔が包む闇夜剣とは、違う!」
内から膨大な力が奔流となって溢れ出す。それはもはや俺一人の力ではない。決死隊の、ハルゼルマの、数千年の想いを乗せた力の奔流だった。
手中の白焔が包む闇夜剣が甲高い金属音と雷鳴を轟かせる。刀身が脈動しひとりでに伸長し、叩き上げられた鋼のように幅を増し、中心に漆黒の核を宿した両手剣へと変貌を遂げた。
その剣から迸っている白焔状の白雷が四方に放出され、周囲の異形の眷族たちと血の魔線を穿ち、貫く――。
拘束を断ち切りながら加速し、一直線にヴァラキアへ――最後の一歩で身を低くしヴァラキアの懐へ潜り込む。
ヴァラキアは前腕を魔剣に変え伸ばしていたが遅い――。
変貌した白焔が包む闇夜剣で、袈裟掛けにヴァラキアの右肩を捉え、そのまま左脇腹を斬り斜めに両断した。
「げぇ――なっ――その剣――ありえ――」
存在そのものを断つ光条に見える斬撃――。
ピコーン※<血剣・白冥焔断>※スキル獲得※
※<血剣奥義・終焉ノ白冥刃>※スキル獲得※
血の書物も司書も、触れた瞬間に境界を失い霧散していく。
焦げた紙と鉄錆の匂いが鼻を突く。ヴァラキアの断末魔が耳を劈く。
この刃の前には意味をなさなかった。
振るわれた白焔が包む闇夜剣の斬撃、それが新たな絶技<血剣・白冥焔断>。
そして、魂の奥底から溢れ出た真の力、<血剣奥義・終焉ノ白冥刃>が世界そのものに亀裂を走らせた。
ヴァラキアの異形な肉体は自らの消滅すら理解できぬまま光と闇の粒子となって霧散していく。
組み込まれていた秘宝の輝きが虚しく明滅し、魔霊魂の傀儡も主の後を追うように断末魔を上げて消滅した。
ヴァラキアが消滅する直前、サジハリが高く跳躍した。
その身が爆ぜるように膨張し、瞬く間に人型の数十倍もの巨体を誇る赤竜へと変貌を遂げた。迷宮の天井に頭が届かんばかりの巨躯。サジハリは空間に合わせて身を捩るように一回転し、地響きと共に着地した。
迷宮司令室の空間に合わせて大きさを調整した竜形態となり、口から灼熱の炎を放ち、残存していたヴァラキアの眷属たちを焼き尽くした。
バルミントもその周囲を飛び回り、小さな体で果敢に攻撃を仕掛ける。
激しい戦闘の余波が残る迷宮の司令室に、静寂が訪れた。
荒い息をつきながら白焔が包む闇夜剣を見つめる。
白雷のような<血魔力>が片手半剣の大きさに変化している闇夜剣を包む。
すると、ヴァラキアが消滅した跡地に、一つのアイテムが顕現していた。
赤黒く輝く、複雑な紋様が刻まれた結晶のようだ。
サジハリが竜形態から人型に戻り、それを拾い上げる。
結晶からは、わずかに血妙魔に似た波動と血の氣配が伝わってくる。
サジハリの紅い瞳が、結晶から放たれる異質な魔力を読み取り、
「ヴァラキアは、魔霊魂ガミロンと言ってたが、その魔霊魂の異空間スキルの核かねぇ、この痕跡は特定の系統の秘術、ある種の異空間や、そこに囚われた存在に関わる……強力な拘束の力が込められている」
サジハリの声に、確信の色が浮かんでいる。
サジハリは一部地域で〝サーディア荒野の魔女〟とも呼ばれていると聞く。最古の高・古代竜の膨大な知識が、このアイテムの正体を見抜いたのだろう。
アケミがアイテムを見つめ、迷宮核の知識と照らし合わせるように呟く。
「はい、その結晶……迷宮核の記録にある、非常に古い時代の迷宮構造や、特殊な空間干渉の記述と似ています。ある種の空間への『鍵』、あるいは『座標』を示しているのかもしれません」
アケミの解説は、理論的で分かりやすい。
見た目は若そうで喋りも十代の人族のソレを感じたが、もしや、迷宮の主として長く生きているのだろうか。
サジハリは、ヴァラキアが残した結晶を見て、
「これの先、そこに囚われている者たちがいる。ウタジたちをハルゼルマと呼んでいた吸血鬼たちは、魔霊魂ガミロンたちと叫んだ、ヴァラキアの胸の中心に吸い込まれるように消えた。そしてヴァラキアは『コレクション』と、言っていたからな、それ関係の奴らを、使役していたことは確実」
と、断定した。
アイテムの力と俺たちの反応で確証を得たのだろう。
サジハリの分析と言葉が感覚を裏付ける。
あの吸血鬼たちは、ハルゼルマ家と同じく、ケンダーヴァルに家族を奪われた者たちがいるということか。
もしや、異形の眷族たちの大本は、吸血鬼たち? 異形の眷族の栄養源か?
ヴァラキアは単なる敵ではなく、ケンダーヴァルの秘術の一端、その秘密に繋がる手掛かりだったということか。
しかし、ケンダーヴァルと戦った場合、俺たちに勝算はあるのか。
底知れない不安を覚えるが、俺たちへの追跡は、ケンダーヴァルに取って俺たちが脅威だからだろう。
ならば、今の戦いのようにそれを逆手に取るまでだ。
俺たちが生き抜いた期間を舐めてもらっては困る。
必ず勝利をもぎ取ってやる。そして、このアイテムは、進むべき次の道を示している。
「囚われた吸血鬼たちが、異空間にいるのですね」
ミレイが、痛ましげな声で繰り返す。
隣に立つミレイの温もりを、確かに感じる。もう二度と、この手を離さない。新たに示された道、背負うことになった使命はあまりに重い。だが、死んだはずの自分たちがこうして生きている。それ自体が奇跡であり、先に逝った者たちへの最大の感謝だ。
だからこそ、この命を燃やし尽くす。仲間たちが繋いでくれたこの命を、俺一人の復讐のためだけには使わない。死者たちの無念を、生者の希望を、そしてハルゼルマの誇りを――そのすべてを乗せた刃を、ケンダーヴァル、お前の喉元に、ハルゼルマの千年の怨嗟を必ず届けてやる。




