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黒の貴公子  作者: 健康


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19/22

19話 闇神リヴォグラフの勢力との戦い

 アケミとサジハリたちに、


「俺たちがここにいてはケンダーヴァルたちの襲撃が迫るかもしれない」

「はい」

「え、ここを基地にしてもいいのですよ?」

 

 アケミの言葉がありがたい。だが、その温かさが、かえって胸を締め付ける。 隣のミレイと視線を交わし、無言のまま頷き合う。

 ミレイがその意を汲んで口火を切った。


「うん、基地にさせてくれるのは本当にありがたい。でも、アケミさん、ウタジと少しだけ外に出てみる」

「分かったわ、何があっても味方よ、あ、こちらも少しでも、戦力がほしいから言っているだけだから、氣にせず」

「ふふ、うん」

「では、悪いが、サジハリとバルミントもここまでだ。アケミも然らば――」

「あ、ウタジ、サジハリさんとバルミントも、またね――」


 と皆に別れを告げ、ミレイと共に司令室を後にした。

 アケミの迷宮内部は少しの間でも成長するようだ。

 血妙魔の影響で強化された迷宮内部は以前にも増して堅牢に感じられた。

 スライムの数が増えて、スライムの上に可愛らしい小形ゴーレムの騎士が乗っているモンスターが増えて、先程、アケミが創り出した血肉石塊ゴーレムが通路の警備についているのが見える。

 アケミたちの厚意が骨身に沁みる。彼女たちを既に危険に晒してしまったかもしれない。その事実が、鉛のように心を沈ませる。

 これ以上、自分たちの厄介事をこの温かい場所に持ち込むわけにはいかない。 そんな決意を胸に、迷宮から外の開けた地へと足を踏み出した。


 湿った空氣が俺の肌に絡みつく――まるで樹海そのものが、これから起こる戦いを予感して俺を引き留めようとするかのように。


 鼻腔に忍び込む腐葉土の匂いの奥に、かすかな鉄錆の香りが混じる。

 ――血の予兆か。樹海の薄暗い光が瞼の裏まで突き刺さり、懐かしさと警戒心が俺の背筋を同時に這い上がった。


 すると、警告通り、森の奥地から、おぞましい魔力の波動が押し寄せてきた。闇属性の魔力、腐敗の匂いもある。


 ……ハルゼルマ要塞の資料室で、闇神リヴォグラフの大眷属と眷族と、その軍隊の名と、<血魔力>を得た闇神リヴォグラフ側の戦術を幾つか学んだが……その氣配がある。

 【闇神異形軍】、【暗夜十三の執行者】などか?

 数にして、強硬偵察部隊を備えた二つ中隊規模か。大軍ではないが……。

 

「「ウボェェァ」」

「「ウボァァァ」」


 奇声と共に四眼四腕の魔剣師が森から現れた。

 続いて闇毒花のモンスターも出現。

 影に溶け込む魔獣といった異形の群れが、樹海の暗闇から次から次へと現れる。

 

 迷宮を出た途端にこれか――思考が断片的に弾ける。

 俺たち狙いか、迷宮か。答えを探る間もなく、目の前の異形が俺の記憶を刺激する。東マハハイム地方では見なかった忌まわしい姿。資料で見た、あの――いや、今は分析している場合じゃない。俺の剣が既に次の動きを求めて震えている。


「迷宮核に誘われる敵は多いと聞いていたが」

「そうなの、いつもこんな調子よ。偵察部隊のようだから、本格的な戦争ではないけどね」

「ならば、アケミたちの成長の糧となるかもだが、恩返しのつもりで、あいつらを倒すか」


 覇王のシックルを構え、ミレイも血ノ旭影を抜く。


「ふふ、了解」

「おう、ミレイ、昔のように戦えるな?」

「勿論」

「では、後続もろとも、すべてを仕留めようか――」

「うん!」


 前に出たところで、闇神リヴォグラフの眷属衆が、怒涛の勢いで俺たちに襲い掛かってくる。

 闇毒花のモンスターの毒の霧――。

 俺たちを冒険者とでも思っているのか――。

 毒の霧が肺を焼くように俺たちを包む――だが構わない。

 足が地を蹴る瞬間、ミレイの殺気が隣で弾けるのを感じた。

 霧の向こうで蠢く闇毒花の輪郭が、俺の剣が描く軌跡を既に知っているかのように震える。袈裟斬りの刃が肉を裂く感触、返す刃での逆袈裟が骨を断つ振動――すべてが俺の腕を通じて心臓まで響いた。


 闇と腐敗の瘴氣が、血に馴染む。なぜか、懐かしいとさえ感じてしまう。

 ミレイは、


「この闇神リヴォグラフの勢力は、エイジハル家たちが守った【ドムラピエトーの傷場】目的の一環だと思う、地上も地下も広いから、単なる餌目的かもしれないけど……」

「あぁ、ま、動機を探ったところでな――」


 ミレイが静かに頷く。

 それを合図に、血の狩りが始まった。


「ミレイ!」

「ウタジ!」


 阿吽呼吸で自然に<血魂共鳴>を発動していた。ミレイとの血が共鳴し、心臓の鼓動までもが同調したように互いの動きが完璧に繋がり、一つになったのを感じた。

 

 闇毒花の触手を魔刀鬼丸で断ち切り、切断面から黒い体液が噴き出す。

 四眼四腕の魔剣師の二度の斬撃を覇王のシックルで受け流す。激しい火花が刃と刃から発生し、返す刃で首を刎ねた。断末魔すら上げさせない。

 ミレイが血ノ旭影を横薙ぎに振るう――。

 影に溶け込もうとした魔獣は悲鳴を上げる間もなく腹を両断された。

 彼女は返り血の一滴すら浴びることなく、その血飛沫を力に変えるように加速し、右から左へと流星のように駆けながら地面を蹴り<血剣・悔返し>を繰り出す。上昇しながらの〝血ノ旭影〟の魔剣の刃が魔獣の胸と頭部を下から上へと抜ける。魔獣の頭部が左右に分かれ、鮮血が宙を舞う〝血ノ旭影〟とミレイの金髪へと曳航されるように移動していく。

 視界の端で金の軌跡が舞う――ミレイの剣閃を追うたび、呼吸が一瞬止まる。 あの動きは俺も知っている――。

 かつて共に磨いた剣技。だが今、血ノ旭影を纏った彼女の姿は、俺の記憶を超えて美しく、そして恐ろしい。戦いの最中にこんなことを思う俺を彼女は氣づいているだろうか。

 ミレイは宙空から、新たな魔獣に近づき、魔獣が迎え撃つために伸ばした歯牙の群れを斜め下へ突き出す〝血ノ旭影〟の剣身で弾きながら<血剣・対牙突>を発動した。その切っ先が魔獣の頭部を裂くように直進し、脊髄をも貫く。

 その魔剣〝血ノ旭影〟を引き抜き、倒れゆく魔獣の体を蹴り、右に跳ぶ。

 ミレイの体に引き寄せられていく血飛沫が月光に照らされ、ミレイが紅い霧のマントを纏ったように映った。


 そのミレイは、


「ウタジ、右から新手!」

 

 と声を発した。


「分かっている――」


 と振り返りざまに覇王のシックルを持つ腕から<血文王電>を放つ。

 指先から大氣を裂くような、幾重とした血雷の条が迸り、新手の二眼二腕の魔族、闇神リヴォグラフの眷属の得物と体を何度も貫く。消し炭にした。


 焦げた肉の匂いが鼻を衝く。

 消し炭になった骸に一瞥もくれず、その向こうにいるであろう新手の数を探りながら樹海を疾走する。

 〝血魂の琵琶〟を〝夜帯華紐〟から出し――覇王のシックルを撥に変えた。


 新手の敵を幻惑に誘うべく、『血』『影』『月』『魂』の四相に調律された琵琶から、『影』と『月』の音を爪弾く。


 <血魔力>の周波が周囲に浸透し、俺とミレイの影があちこちに生成された。


「なんだ!?」

「急に数が増えた」

「こなくそがァァ」


 手前の闇神リヴォグラフの四眼二腕の魔族が、俺を見つけたのか、魔剣を突き出しながら間合いを詰めてきた。

 その魔剣を覇王のシックルの湾曲した刃で受け流しながら、左腕を前に伸ばすように魔刀鬼丸を突き出す<血剣・一穿>を繰り出した。


 魔刀鬼丸の切っ先が、四眼の内の一眼を突き抜ける。

 ほぼ同時に、下段回し蹴りを喰らわせ「ぐえぁ」と吹き飛ばす。


 そこに、左右斜め前方から魔刃が飛来。

 後退し、左にあった樹の幹に跳ぶ、その幹を蹴って跳躍し、魔刃を飛ばしてきた敵の連続攻撃を振り切った。

 茂みに身を潜め、俺とミレイの幻影に斬り掛かり、通り過ぎていく闇の眷族へと飛び出し、その眷族の心臓を魔刀鬼丸で貫く。

 ミレイも近くの二眼二腕の闇神の眷族の首を刎ねては、返す〝血ノ旭影〟の刃で、胴の鎧ごと輪切りにして倒していた。

 そのミレイの横を駆け、左腕ごと魔刀と化すように魔刀鬼丸を突き出した。

 闇神の眷族の首を切っ先が貫く。

 すぐに左右にいる闇神リヴォグラフの眷族兵に向け、〝血魂の琵琶〟から<血道・音刹>を放ち、その動きを阻害した。

 覇王のシックルを白焔が包む闇夜剣に変化させ、右に出る挙動から低空を飛翔するように白焔が包む闇夜剣と魔刀鬼丸を同時に振るう<血剣・二薙醒>を繰り出し、闇の眷族を連続的に斬り伏せる。


 そして、ミレイの<血道・魔花衝>によって吹き飛んでいた闇神リヴォグラフの眷族に近づき、その体に噛み付き<吸魂>を行った。


 その血と魂を奪取した。

 鉄の匂いが鼻腔から脳髄へと這い上がる。血管が熱く脈打ち、皮膚の下で何かが目覚めようとしている――高祖の本能か。指先が痺れ、血が昂ぶり、魂が歓喜している。視界が赤く縁取られていく。この衝動、この飢餓感。今なら分かる、俺の中で眠っていたものが牙を剥く瞬間を。愚かな敵に知らしめる時が来た、俺たちが何者かを。


「ミレイ、狩りの時間だ」

「うん――」


 ミレイと俺だけで、闇神リヴォグラフの眷族衆を倒していく。

 やがて、追跡者の氣配が途絶えた。


 荒い呼吸が収まるにつれ、視界に異形の骸が浮かび上がってくる。

 月光が死骸を撫でるたび、俺の剣が刻んだ傷跡が銀色に光る。闇と腐敗の瘴氣が俺の返り血と混じり合い、奇妙な安堵感が胸に広がった。これが俺たちの通った跡――生者と死者を分ける、細い境界線の証し。

 一応、アケミたちに闇神リヴォグラフの勢力が、【竜と雲の毒森】に出現し、迷宮に近づこうとしていたことを報告したほうがいいだろう。


「ウタジ、また反応が出た」


 ミレイは少し溜め息。

 

「……増援を倒してもいいが、アケミの迷宮からは、もうかなり離れているから、俺たちも一旦撤収しよう、アケミたちへと移動しているなら、そいつを背後から仕留めていく」

「そうね、了解」


 ミレイと冷静に話をしながら狩りを行いつつ闇神リヴォグラフの勢力を屠り続けた――。

 これだけの敵を屠っても、息一つ乱れない。

 黒の貴公子の噂が立つほどかは知らないが、我々もそれなりの修羅場は潜ってきたということか――幹を蹴り、三角跳びを行いながら白焔が包む闇夜剣を振り抜き、闇神リヴォグラフの眷族と思われる存在の頭部を三つ有した大柄魔族の頭部を一瞬で切断し<影刻加速>を使う――。

 ハルゼルマ流『撞木の型』の構えから<血剣・枇杷薙ぎ>を繰り出した。

 魔刀鬼丸の袈裟斬りで頭部を失った大柄魔族の斜めに両断し薙ぎ倒した。

 ミレイが、


「ウタジの血剣術、ハルゼルマ流『撞木の型』からの<血剣・枇杷薙ぎ>よね」

「その通り」

「前よりも格段に魔刀の動きが洗練されていた」

「ありがとう、ミレイの血剣術に血道の威力は上昇していたな」

「ふふ、うん」

 

 無事にアケミたちの迷宮の前に到達。

 暫くここに立ち、何事もないか、警戒を続けた。


「もう大丈夫かな、ウタジ、アケミたちに知らせよう」

「了解」


 俺たちは踵を返し、迷宮の洞窟口へと引き返した。

 迷宮は何事もない。

 可愛らしい目と口を持つ、スライムたちが増えている。


 司令室に足を踏み入れた瞬間、アケミの瞳が大きく見開かれるのが見えた。


「あれ?」


 彼女の声に戸惑いが滲む。

 サジハリが眉を上げ、バルミントが小さく首を傾げる。


「戻ってきてくれた! ふふ」


 アケミの頬に安堵の色が広がっていく――俺たちを本当に心配していたんだな、と胸が熱くなった。


「ウタジさんとミレイさん!」


 と嬉しそうなアケミが駆け寄ってくる。

 息を整えながら、

「あぁ、ただいま、アケミさん」


 と短く答え、


「外で、闇神リヴォグラフの強硬偵察部隊と遭遇した。奴らは迷宮を狙っていたようだが、そのほとんどを始末した」


 サジハリの紅い瞳が鋭くなる。


「闇神リヴォグラフの偵察部隊か、ありがちだねぇ」


 闇神眷属との戦闘の顛末をアケミたちに報告する。

 情報共有は大切だ。

 俺とミレイは<吸魂>により、闇神リヴォグラフの眷族やモンスター兵から<血魔力>に魂を得て、消耗はないが……。

 司令室の一角で休憩を取らせてもらった。


 張り詰めていた糸が、ふ、と緩む感覚がする。

 たまには、こういう時間も悪くない。

 アケミやサジハリが、迷宮の防御状況について話し合っている。

 迷宮の強化された防御が、闇神リヴォグラフ側の本格的な侵攻があった場合、どれだけ耐えられるのか……。


 ミレイは俺の隣で静かに座り、安堵したように息をついていた。

 顔にかかった血糊をそっと拭う。

 

 その時、足元でぴょんぴょんと跳ねる氣配がした。

 可愛らしい目玉をきょろきょろさせる、小さなスライムのスラ吉が、


「あの、ウタジさん! ミレイさん! 大丈夫でしたか!?」


 と、聞いてきた。

 そのスラ吉は心配そうに俺たちを見上げている。


「あぁ、大丈夫だ、スラ吉、外で少し厄介な連中とやり合っただけだ」

「そうですか! 無事で良かったです! アケミ様も心配していました!」


 スラ吉は安堵したように、何度かぴょんぴょんと跳ねた。


「闇神様たちは、しつこいので、また来るかもしれないですが……でも、ウタジさんたちがいてくれたら、大丈夫ですよね!」


 純粋な信頼の視線に、少しばかり氣恥ずかしくなる。


「はは、まあな」


 俺がそう言うと、ミレイがクスッと笑った。


「ウタジ、照れてるの?」


 視線を逸らし、ぶっきらぼうに呟く。「ち、違う」

 その声が、自分でも驚くほど上擦(うわず)った。

 ミレイは更に楽しそうに笑う。そこにアケミが寄ってきて、


「ふふ、ウタジさんとミレイさんは、本当に仲が良いですね!」


 俺たちに微笑みかけた。


「ミレイさんが血骨重騎士だった頃も、ウタジさんの名前をよく言っていたんですよ」

「え!?」


 俺は思わずアケミを見た。ミレイも頬を染めて、アケミを慌てて止める。


「アケミさん! もう!」

「ひゃひゃひゃ、お前たち、面白いな」


 サジハリが会話に加わる。


「闇神リヴォグラフの連中は、亜神ゲロナス、魔人帝国、魔神帝国の連中と同じく、粘着質で厄介な連中だが、この迷宮の防御があれば、そう簡単には破られまい」


 サジハリの話を聞いていると、彼女が昔からこの迷宮とアケミたちを守り続けてきたことが、ありありと伝わってくる。

 サジハリの話から、闇神が単なる破壊者ではないことが見えてくる。

 奴らは特定の目的――傷場や永劫の血石といった、根源的な力を求めて動いているのだ。


「しかし、この迷宮も異質だ。迷宮核に生命の神アロトシュの血妙魔の影響が加わるとは、私も初めて見た」


 サジハリは、アケミの迷宮の根源的な異質さに言及する。


「はい。ウタジさんの血妙魔のおかげで、迷宮核が進化しました」


 アケミが嬉しそうに言う。


「闇神の攻撃にも、以前より耐えられると思います」


 アケミは、迷宮の新たな能力の地形変成と反射障壁などについて、スラ吉たち眷属を例に説明してくれた。

 スラ吉たちは、アケミの説明に合わせ体を揺らしたり、体を縮ませ伸ばしたりして、跳躍をしてはアケミの肩に乗って甘えていた。コミカルな動きを繰り返す。

 その様子は健げで可愛らしい。

 アケミたちの眷属たちは異質さもあるが、純粋な信頼をアケミに向けている。また迷宮核への強い思いもあるように見えた。


 数時間は休憩を続けた。迷宮の司令室に再び静けさが戻ってきた。

 闇神の眷属たちの氣配はまだ遠くに残っているが、直接的な脅威は一時的に去った。

 サジハリやアケミも、警戒は怠らないが、少し安堵しているのが分かる。


 すると、静謐に包まれていたアケミの迷宮司令室が突如として警報めいた振動に揺れた。

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